第9話 怪異が住む世界

 「カシラ、次はどこですか!」


 凪夜が声を上げる。

 カシラからは、小型イヤホンを通じて返答がされる。


『南町の工場だ!』

「み、南町……」

『ええい方向音痴が! そこから真後ろに向かって跳べ・・!』

「……! 了解!」


 凪夜は足に呪力を込め、方向転換しながらんだ。

 すると、ポーンと面白いように体がね上がる。


「ママー、今誰か飛んでったよ?」

「ふふっ、気のせいでしょ」


 少しばかり人の目にもつくが、今はそれどころじゃない。


 数分前、「上級怪異が複数発生」と緊張報告が入った。

 それに準じて、初~中級の怪異も発生しているようだ。

 報告の瞬間から、凪夜たちは討魔にあたっている。


『上級はお前に任せるしかない。頼むぞ!』

「は、はい!」


 一緒にいた疾風はやてとは分かれ、凪夜は単独で動いている。

 上級を一人ではらえる者など、他にはいないからだ。

 凪夜はすでに、三体の上級怪異を祓っていた。


 相変わらず討魔だけは心強い凪夜に、カシラも懇願こんがんするように指示を出す。


『なるべく人目につかず、なるべく早く向かえ!』

「めちゃくちゃ言いますね!?」

『お前ならできるだろう』

「が、頑張りますけど!」


 すると、すぐに怪異が見えてくる。


「見えました!」

『ギャオオオオオ!!』


 大きなトカゲのような怪異が、工場に張り付いていた。

 人々は怪異が見えてなければ、声も聞こえていない。


『被害がない内に、頼む!』

「あ、もう終わりました」

『!?』


 だが、今回のは中級怪異。

 その程度、凪夜には数秒も必要ない。


 遠方の空中から呪力の衝撃波を飛ばし、一撃で討魔した。

 お得意の呪力の拳だ。

 工場には傷一つ付いていない。


 すると、着地した後ろから悔しがる声が聞こえる。


「くぅ~! やっぱ師匠は化け物っすね!」

「は、疾風はやてさん!」


 の討魔にあたっていたはずの疾風だ。

 ならばと、凪夜はカシラにたずねた。


「終わったんですか!」

『ああ。二人を含め、全員よくやってくれた! 被害はゼロだ!』

「「……!」」


 凪夜と疾風は顔を見合わせた。

 そのまま、疾風に合わせて凪夜も手を挙げる。


「やったっすね!」

「う、うん!」

 

 勝利のハイタッチだ。

 初めての出来事に、凪夜は高揚こうようが止まらない。


「じゃあ師匠、このまま外食でも──」

「……ごめん、ちょっと待って」

「ん?」


 だが、冷静になった凪夜は、ふと何かを考える。

 一件落着という雰囲気の中、凪夜は首を傾げたのだ。


「どうしたんすか?」

「いや、ちょっと……」


 確信はないが、凪夜には疑問が浮かんだ。

 この怪異の出現が仕組まれたかのような。

 まるである地点から遠ざけられている・・・・・・・・・・・・・・ような。


 疑心を持ちながら、凪夜はカシラに一つたずねた。


「あの、御神楽さんは今どこですか?」





「──ん?」


 天音がふいに目を覚ます。

 だが、違和感はすぐに感じた。


「なによ、この場所……!?」


 周りを見渡せば、びついたような薄暗い場所。

 空気もよどんでおり、思わずむせ返りそうだ。

 遠くからは『ォォォ』と嫌な声も聞こえる。


 すると、目の前から一人の者が歩いてきた。


「どうもこんにちは」

「だ、誰……!?」


 近づいてきたのは、少年。

 髪は黒く、前髪が目にかかっている。

 どこか大きな特徴はなく、天音と同年代ぐらいだろう。


「ボクは『ウツロ』とでも名乗りましょうか。君をさらった張本人です」

「……っ!」

「あー、ほどけませんよ、それ・・。呪力を使わなければね」


 天音は透明な“何か”でしばられている。

 身動きが取れないようだ。

 だが、反抗する姿勢は変えない。


「ここは、どこなのよ!」

「『常世とこよ』と言います。他には黄泉よみ、冥界なんて呼ばれ方もしますね。怪異が本来住んでいる場所ですよ」

「怪異が住む……?」

「ほら、そちらに」


 ウツロが天音の後方を指差す。

 恐れながらも振り返った天音は、その光景に目を見開く。


「か、怪異……!?」

「ね? “地獄”みたいでしょ?」


 天音たちがいるのは、崖の上。

 その下には、多くの怪異──魑魅ちみもうりょうがいた。

 遠くで『ォォォ』とうなっていた声は、怪異のものだったのだ。

 

「ああいった怪異がこの『とこ』を飛び出し、たまに現世に現れるんです」


 軽く話を終えると、ウツロはニヤっと笑みを浮かべた。

 まるで自分の力に酔うかのように。


「ちなみに、討魔師は来ません」

「……!?」

「今の討魔師ごときに、現世と『とこ』をつなげる者など存在しないでしょう」

「あ、あんたは、何者なの……?」

「ふむ」

 

 天音の問いには、少し考えて答える。


「“現世に絶望した者”とでも言っておきましょうか」

「……っ」


 同時に浮かべたのは、恐ろしい笑顔だ。


 多くの怪異に、謎の少年。

 度重なる恐怖に天音は声を上げた。


「どうして、どうしてわたしが狙われるのよ……!」


 今回だけじゃない。

 先日の鬼の一件も、それよりずっと前からも。

 天音は“普通の生活”を送れてこなかった。


 その全てに対する叫びだ。

 しかし、ウツロは容赦ようしゃなく事実を叩きつける。

 

「あなたが“特別な存在”だからですよ」

「また特別それなの……!」

「もちろんです。あなたは、自身が思っているよりずっと特別な存在だ」

「わたしはそんなの望んでない!」


 だが、天音の叫びに反して、現実は非情。


「……もっと賢い方だと思ってましたが、これ以上話すのは無駄みたいですね」

「!!」


 ウツロの背後から大きな怪異が現れる。

 彼をおそわないことから、“使い魔”のようだ。


「いいですか。あなたの魂を手中に収めれば、それこそ世界をるなんて夢じゃない」

「グルルルゥ……」


 邪悪な笑顔を浮かべるウツロは、怪異を指示した。


「なので、あなたをコイツに喰わせます」

「グルアアアアァッ!」


 向かってくる怪異に、天音は目を瞑った。


「……っ!」


 討魔師は来ないと言われた。

 それでも、天音はどこかで信じていた。

 保健室で伝えられた心強い言葉を。


『ぼ、僕が守ってみせます、から!』


 ──その想いは、とこまで届く。


「うおおおおおお!」

「グルァッ!?」

「なっ!?」 


 何もない空間から、呪力の拳が飛んできた。

 すると、にゅっと出現した穴から声が聞こえてくる。


「あれ、なにかをぶっ飛ばしたような」


 異空間の穴から出てきたのは、一人の少年。


「あ、御神楽さん!」

「アンタ……!」


 凪夜だ。

 その後ろからは、疾風も出てくる。


「師匠、やっぱここ常世っすよ!」

「みたいだね」


 その二人の姿に、ウツロは声を上げる。


「と、討魔師か!? なぜ常世ここに……!」

「なんか、空間を殴ったらいけました」

「はああ!?」


 先ほどの拳のことだろう。

 ウツロは目を疑いながらも、可能性を考えた。


(時空をゆがめるほどの拳で、強制的に扉をこじ開けたのか……!?)


「チィッ!」


 信じられる力ではないが、討魔師が駆けつけたのは事実。

 ならばと、ご自慢の怪異に指示をした。


「だったら、お前らから喰わせるだけだ!」

「グルオオオオオオオオ!」

「「……!」」


 凪夜と疾風はとっさに構えを取る。

 対して、ウツロは余裕の笑みを浮かべた。


「バカめ、こいつは“特級怪異”! お前ら程度に──は?」

「グ、オオ……」


 上級怪異“百体分”とも言われる、特級怪異。

 だが、それは一瞬で崩れ去った・・・・・


「僕は怒ってるんです」

「……っ!」

「また御神楽さんを巻き込んで」


 凪夜の拳によってはらわれたのだ。


「そんな雑魚・・じゃ話にならない」

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