廃になるまで
ついに、この文芸部が廃部になる。
部員が僕一人だけになってから約半年。なんの部活にも入っていない友人やその友人の友人達に名前だけ貸してもらい、なんとか部活動として人数がそろっているように見せていたが、ついにその実態が教員たちにバレてしまった。
秋学期が始まる数日前、僕は文芸部の部室に居た。部室として使っていた教室を引き渡さないといけなかったからだ。
「それじゃあ運んでいきますね」
教員が呼んだ数人の作業員たちが部室だった部屋の物を運び始めた。
本棚に入っていた本が入った段ボールが運ばれていく。
この段ボールたちは、僕の家か先輩たちの家、図書室に行くことになっている。
置いてあった本のうち、半分くらいは卒業していった先輩が僕たちのために残していってくれた本だった。もう半分くらいは去年の秋に、神田古本まつりで先輩たちと一緒に購入したものだった。
「やっぱり、文芸部を名乗るなら、イワナミの緑や黄色はそろえておきたいよね」
すでに本がたくさん入った紙袋を二つも僕に持たせていた先輩は僕にそう話しかけた。 店先の路上に並べられた本棚に入った本を吟味している先輩の頭上では、等間隔につるされた真っ赤な提灯がぼんやりと光っていた。
ダークブラウンの木目調の本棚が運ばれていく。
元々置いてあった本棚と、僕たちで新しく置いた本棚があったが、どちらも学校の方で有効活用されることになっていた。
「壁に貼ったら怒られるけど、ここならだれにも怒られないよ」
そう言いながら先輩は、どこかの街の文学賞でもらった自分の賞状を何枚も貼った。
それも綺麗にはがされた本棚が運ばれていくのをよく見てみると、貼ってあった場所だけが若干白っぽくなっていたのに気が付いた。
学校の備品のパソコンが運ばれていく。
文芸部の活動に必要不可欠だと力説した先輩のおかげで使わせてもらっていたものだった。
「書き終わったから読んでみて」
少し黄ばんでいたキーボードから手を離した先輩は、ちょいちょいと手を動かしながら僕を呼び、出来立てほやほやの小説を読ませてくれた。
薄汚れた画面に表示された活字たちは、それさえも気にならないくらいに美しい世界を僕に見せてくれた。
「それじゃあこれで作業は終わりましたんで」
真っ青な服を着た作業員たちはそう言い、この部屋から去っていった。
何もなくなった空っぽの部屋の真ん中に立ってみる。
本も棚も机も椅子もにぎやかさも、なにもかもが無くなった部屋の真ん中に。
かつて僕たちの楽園だった、部室だった部屋の真ん中に。
ふと、窓の外を見るとバケツツールで塗りつぶしたかのような蒼い空にひとつの入道雲があった。
その雲を見つめていると猛烈な何かが僕の頭を襲う。
「このままでは……いけない」
廃部が決まった時、なんとなく受け入れていた自分が居た。
諸行無常だ、仕方ないんだと。
栄華を極めた平家でさえも源氏でさえも滅んでいったのだからと。
しかし、やはりまだ諦めきれない自分に気が付いた。
誰もいない、何もいないこの部屋の真ん中に立つ僕は、ズボンの右ポケットからスマホを取り出し、スワイプし、メモ帳のアプリを開く。
「ついに、この文芸部が廃部になる」
そう書き始めた僕の指は止まってはくれなかった。
時時刻刻 六原 @rokuhaaraa
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