触れる時③

「おっと、すみません。会社から電話が来てしまいました。少し席を外しますね」


 ナマガルシップスは携帯を持って店の外へ出ていってしまった。席には四人残され無言の時間が生まれる。いつものメンバーに友達の友達が混ざっている空間だ。急に気まずい雰囲気が流れる。


 とりあえず携帯は弄りにくいので目の前にあるスイーツとコーヒーに口を付ける。花林もサスも同じようにしている。沈黙に耐えかねたのかドマドナが口を開いた。

「ラジオ聴いてて思ったけど市川ちゃんと松島ちゃんって、あまり仲良くないのかな?今日もなんか雰囲気悪い時あったよね」


 やっぱりそう思うよな。俺達もその辺はなんとなく感づいていた。今日のトークでもこんなことがあった。


 収録が終わり、会場にいる人のお便りの中で声優志望の高校生からのアンケートが読まれた。『声優を目指すにあたり今やっておいた方がいいこと』、という内容だった。内容からもアンケートを書いた本人もかなり不安な様子だった。それに対して、まあさの解答はこうだった。


「私は声優になる為に演劇部の活動が役立ったかな。あんまりお金をかけられる家庭でもなかったし、高校生活も大事にしたかったから」

 それに対し、さららの解答はこうだった。

「私は高校生活よりも自分の夢を追いかけてたかな。バイトしながら声優の学校に通って、少しでも早く声優になる道を選んだんだよね。浅見みたいに高校生活は楽しめなかったけど、そのお陰で今こうして声優として仕事をさせています」


 と後半は少し笑いながら話していたが、少し嫌味も入っていたような感じがした。その話を聞いて、まあさも笑顔は見せなかったが良い気はしなかっただろう。

「まあ、私と浅見ちゃんも高校卒業してからは同じ声優の専門学校に通ったんだよね。オーディションでは良い結果が出たけど、声優としてデビューできるか不安な一年間だったよね」


 しずるんが間に入りフォローしたが、会場には重い雰囲気が流れたままだった。こういうことはイベントや生放送の中でも時々あるのだ。さららがまあさの事を少し敵視しているというのがファンとしての総意だと思う。


 まあさは事務所の中でも今売り出し中の声優だ。出演数が多いということもあり、ライバルとしての意識が高すぎるのだろう。

 こんなトークが繰り広げられるの絵、二人でラジオのパーソナリティーをする時は話が広がらなかったりすることが多々ある。そういう時は構成作家さんが上手く誘導し、話をまとめていく。


 どこのユニットにもいるのだが、相性が悪い相手というものがいるのだ。これは人間の性格上仕方のないことだ。ドマドナにもそのことはサラッと伝えた。そうすると、

「ああ、やっぱりね。あの二人の回だけ雰囲気も会話のテンポも悪くなるもんね。個人的にあの二人の回だけは聴くの苦手なんだよね」と納得した様子だ。


 五分程経つとナマガルシップスが戻ってきた。

「いやー、すみません。仕事でトラブルが起きたようで応援に行かないといけないようです。とりあえず私はここで抜けさせてもらいます。お会計はとりあえずこれを置いていきますので、足りなかったら連絡してください」

 そう言って足早に店を出て行った。置いていったお金は千円、飲み物だけしか注文していないので十分足りるのだろう。






 また沈黙が流れる。ここはもう中心人物がいなくなったので解散した方がいいのかもしれない。他の人もそう思っていると思って、目の前にある食事に手を付けようとした。

「いやーナマガル、元気そうで良かった。一時期かなり塞ぎ込んでたけど、流石に時間が解決してくれたかな」

 ドマドナが興味深そうなことを話し始めた。ナマガルシップスが昔塞ぎ込んでいた?そんな話は特に聞いたことがないぞ。十年以上声優オタクをやっているとは言っていたけど。


「えっ、ナマガルさんって昔何かあったんですか?」

 花林は考える前に口に出した。花林らしいといえば花林らしい。

「あっ、みんな知らないのかな?うーん、言って良いのかなこれ」

「ナマガルさんとの付き合いは七年くらいになりますけど、そんなこと全然なかったですよ。いつなんですか?」


「えっ、あっ、うーん。どうしようかな」

 言ってはいけないような事をポロっと言ってしまったような感じか。少し興味はあるが、聞いてもいいのだろうか。その前に話してくれるのだろうか。

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