触れる時①
六月中旬の土曜、俺と花林は「ブルームのブルーミングタイム」の公開収録の会場にいた。倍率が高いと予想されていたチケットはご用意された。
とは言え、二人で応募して片方しか当たらなかった。ナナガルシップスとサスも同様で、連番で応募して片方しか当たらなかったらしい。入場前に出くわした時にそんなことを話していた。キャパシティが小さいというのも考えるものがあるな。
イベント会場へ入場した後、ナマガルシップスは見かけない人と話していた。誰なんだろうか、二人が話し終えて別れた後に聞いてみた。
「ああ、あの方は昔の友人ですよ。最近はこういうイベントに来れていなかったようですが、今日はタイミングがあって来れたようですね。イベントが終わった後にご飯に誘おうと思います。一緒にどうですか?」
「俺は良いですよ。ベアリンにも話してみます」
ナマガルシップスはいつもより機嫌が良さそうな声だった。昔の友人に会えて機嫌が良かったのだろうか。
「そういえば明日も、まあさのイベントなんでしたっけ?」
「そうですよ。明日と来週がアニメの先行上映イベントですね。同じクールで二作品もメインの役が来るとは思いませんでしたよ」
まあさは七月から始まるアニメで二作品メインの役を演じる。一つは異世界モノの主人公、これは五月中旬ごろに発表されていた。
もう一つは週刊少年誌で連載されている恋愛マンガのヒロインだ。これは三月の大きなアニメイベントで出演が発表され、サプライズでイベントステージに登壇していた。後からそのシーンを見たが感極まって泣き出す姿もあり、その姿にナマガルシップスはもらい泣きしたらしい。
二作品のイベントが控えているのだから嬉しいよな。メイン作品を持たない声優のファンとしては羨ましい限りだ。
ところで俺の推しである、しずるんはどうかというと、四月からの三か月間でモブとして四作品に出ていた。その他にも新規でリリースされたアプリゲームのキャラクターの声もあてていたが、つい最近サービス終了の文字を見た。
まあさと同期とはいえ、色々と格差を見せつけられる。こうしてイベントに出演するのも二月のイベント以来なのだ。今はこうして推しを見れることを喜ばなければならないな。
開演時間になりイベントが始まる。公開収録に参加するのは初めてだったのだが、基本的にラジオ一本の尺を二回収録する流れだった。
ふつおたのコーナーではラジオネームを読み上げた後、「いらっしゃいますか?」とパーソナリティーが投稿者がいるか会場へ問いかけていた。いたらその人が手を挙げ、会場から拍手が挙がる。いなかったら、そのまま進むという様子だった。
こうして四人を見ているとそれぞれが違う動きをしている。さららは笑顔で会場全体に話すような話し方をしている。
まあさは、そこまで会場を気にせず自分の世界を貫いている。
しずるんは観客、パーソナリティーを見て、気を使いながら話しているのが分かる。
カナンは落ち着いていて観客、パーソナリティー、ラジオスタッフ、それを全て見るかのように進行を進めていった。芸歴の差というか、なんというか、四人の中のまとめ役として動いいた。最近、先輩声優と競馬のラジオをやっているのも活きているのかもしれない。
二本分の収録が終わった後も四人はステージに残っていた。進行のカナンが話し始める。
「さて、ここからは会場に来ていただいた方々限定のトークになります。改めてになりますが皆様、このイベントにご参加いただきありがとうございました」
その言葉に会場から拍手が挙がる。イベントに人が来ることが当たり前ではないとカナンは以前ラジオで話していた。この言葉は本心なのではないか。
「ここからはご来場いただいた方のアンケートを読ませていただきます。テーマは『夏と言えば』です。あっ、作家さんが今持ってきてくれました。ラジオネーム、ドマドナさんです。あっ、ありがとうございます」
さららがラジオネームを読み上げると、慣れたように手を挙げている人物が席の後方にいた。あの人はナマガルシップスと話していた人物だ。
ドマドナって、ブルームのラジオでもよくメールが読まれている投稿者だ。
「『夏といえば、サーフィンですね。私は海が近いところに住んでいるので夏になれば波に乗っています。海の風を感じながら休むのもサーフィンの楽しみの一つですね。皆さんの海の楽しみ方を教えてほしいです』ということです。ありがとうございました」
「海かー。一応、海の近くに住んでたけど、当たり前すぎてあんまり海を感じたことなかったかなー。あと良い思い出ってあんまりないんだよね」
まあさは自分に正直な事を話す。出身地からすればそうだよな。彼女らしいといえば彼女らしい。
「私は内陸の方だったからあんまり海って馴染みがないんだよね。でも、水族館が海の方にあって、その辺りで見た海は凄く印象的だったな」
「しずるんはそうなんだっけ。私はお爺ちゃんに連れてもらったボートレース場が海に近かったからそこで海を感じてたかな。うねりが起きてボートが流れていった時に悲鳴が聞こえたのが思い出と言えば思い出かな。さららは何かある?」
「小さい頃は連れて行ってもらったけど、大きくなってからは特にないかな。ブルームの単独ライブが海の近くの会場でできるなら、みなさんともいい思い出が作れると思います」
カナンから渡されたバトンを、さららが上手くまとめていった。これも彼女らしい回答だったな。
そうして、入場時に書いたアンケートを読んでいき、時間になるとトークコーナーが終わった。その後、
「さて、ここでみなさんに一つ重大な発表があります。私達、この冬にライブを開催します!」
カナンが抑揚をつけてそう話した後、四人の後ろにあるスクリーンにライブ開催という言葉と日付、会場が映し出されていた。日付は十二月中旬、会場は新宿のライブハウスのようだ。場所はよくわからないので後で調べてみるか。
「私達も聞いて会場を調べた時はびっくりしました。こんな広い会場で私達がライブして良いのかなって」
「二月の1stライブの会場の倍の大きさになります。今の私達の力だけでは足りないと思います。皆さんの力をお借りいただくことになります。よろしくお願いします」
まあさ、さららと続いてコメントをした。まあさは率直な感想、さららはビジネス的な部分も含めての挨拶だった。
その発表を以ってイベントは終了となった。その後はいつものメンバー、プラス一人で近くのファミリレストランで語ることになった。
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