夢中になれる時④

 ようやく金曜日を迎えた。アイマジのリリースが水曜日だったので、帰宅時間にしかプレイができず、長時間プレイできなかったことで他のプレイヤーとは差ができているはずだ。そんなことは気にしてはいけない。自分のペースで進めていくことが大事なのだ。



 天山のストーリーは七話まで進めることができた。徐々にストーリーを解放する難易度が上がっていくので先に進めるのがだんだんと難しくなっていく。金曜の夜、ようやく八話を読むことができた。


 天山はユニットを組むことで周囲を見れるようになった。今までは自分の事だけを考えてきたが、他のメンバーを見ることで、自分を客観視する時間もできた。その時に初めて気づいた。


「私って今までこんなステージをしていたのね。『私を見て』『私を認めて』って言ってる。他のメンバーのことなんて何も考えられていない。こんなんじゃセンター失格ね。でも、一人の時だけでもこんな感じだったのよね。私に足りなかったのは周りを見る、お客さんを見る、そして自分と向き合うってことだったのかもね」


 天山は前の事務所にいた時から足りなかったものをようやく手に入れたようだ。それがマネージャーとの出会い、ユニットを組んでようやく気付いたのだ。さて次は大会で優勝しないと見られないストーリーだ。周回していく内に徐々に優勝に近づいてはいるが、まだ優勝はできていない。


 ナマガルシップスもサスもその辺りのストーリーを見れているようなことを言っていたので優勝はできているのだろう。コンビニでエナジードリンクとちょっとした夜食は買ってきた。今日はクリアするまで寝ないぞ。


 そう意気込んでプレイしたものの全く上手くいかなかった。一時間半プレイしてもなかなか優勝できず、九話を見れずにいた。ふと時計を見るといつも聴いているラジオ、「ブルームのブルーミングタイム」が始まる五分前だった。いつも楽しみにしているラジオを忘れるほど熱中してしまった。急いでパソコンでインターネットブラウザを立ち上げてラジオを聴く。



 今回はカナン、しずるんの回だ。ネットで言われているが最も不人気のメンバー回とも言われている。だが、俺にとっては最高の回だ。二人のトークは案外弾むし、話にメリハリがあるので聞きやすい。春と言えばというメールについてカナンから話し始めた。

「春と言えば競馬のGⅠシーズンですね。放送日的に近いのは天皇賞(春)でしょうか。その後はマイルやオークス、ダービーと三歳戦が続きますね。私はそれが楽しみです」

「あっ、ダービーとか天皇賞とかはCMで聞いたことがあるよ。結構大きなレースなんだよね。カナンは注目しているお馬はいるの?」

「あっ、じゃあ開催が近い天皇賞からいきます。昨年の菊花賞馬は前哨戦の阪神大賞典でも勝っているので注目してますし、昨年の冬に長距離路線で勝っている馬も買いたいな。あとは冬から調子を上げている馬が何頭かいるからその馬を相手に選ぶかな。あっ、競馬知らない方がいたらすみません」


 カナンの競馬好きはラジオで明かされた。お祖父さんはボートレース好きだが、お父さんはその反動で競馬好きになり、その影響で競馬が好きになったらしい。そのトークに付いていくのはメンバーの中では、しずるんだけだ。恐らく詳しいわけではないのだろうが、メンバーの話を聞いて出てきそうな話題の勉強をしているのだろう。そういう真面目なところも彼女のいいところだ。


 番組のエンディング中に嬉しい知らせがカナンから発表された。

「えー、ここで私達からお知らせです。この番組『ブルームのブルーミングタイム』ですが、公開録音イベントの開催が決定しました!」

「わー。ぱちぱちぱちぱち。出演メンバーは江戸川果南、市川沙羅、松島浅見、そして私、浅舞静流の四人全員になります。詳しい日程や会場はこの後、番組のSNSで投稿されますのでそちらをご確認ください」



 番組終了後、イベントについての詳細情報が投稿された。キャパシティは百五十人程度の小さな会場だ。いつものライブ会場と比べると大分小さい。もう少し大きい会場でも良かったんじゃないだろうか。


 すぐに花林から電話が来た。こいつも反応が早いな。

「もしもし。イベントの詳細見たでしょ?お互い連番で申し込むよ。こういうキャパの小さい会場は当たるかどうかだからね」



 少し興奮気味に話す花林は少し早口だった。

「了解。でも、なんでこんなキャパが小さいんだ?この間のライブなんてこの四倍くらい大きなキャパだっただろ」

「それは開催側が少し弱きなんだと思う。まだ番組もスタートしたばかりでどのくらい人が入るか読めないところもあるからね。あと、ライブイベントとトークイベントだとライブイベントの方が集客は良いわけよ。ライブに来る人が必ずラジオを聞くとは限らないし、その逆もあるんだよね」


 花林がそういうのだからそうなんだろうな。俺にとってはどっちも行きたいけど、ライブだけ参加したいという人も多いんだろうな。

「ところで一翔、今は大丈夫だった?周りが静かだから家なんだろうけど」

「それ今聞くか?大丈夫だよ。この後、少し夜更かししてアイマジやるつもりだから」

「ふーん、みんなハマってるね。じゃっ、頑張ってね」


 そう言われ電話を切られた。この感じだと花林はアイマジはプレイしていないんだろうな。イベントの申し込みは今日の午後からだったので、起きたら申し込もうか。さて、俺はアイマジのプレイを再開する。

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