第22話 心を込めた贈り物
「あのね、これをマグナスさんに」とヴェラは白色のスカーフを差し出した。
出かける約束をした後、マグナスのために買った上等なスカーフだ。
「おれに?」
「前みたいに急に欲しいって言われても困るし、貴婦人の物には劣るけど・・・・・・」
緊張して両手に力が入り、新品のスカーフにくしゃりと皺が寄る。
前の武芸大会の決勝でマグナスが兜に付けていたのは、ヴェラの使い古したスカーフだった。対戦相手が美しい布を付けてるのを見て、ヴェラは恥ずかしく思った。
だから、次はできるだけ良い物を贈りたいと考えていた。
マグナスは何も言わずにスカーフをじっと見つめている。ヴェラの手に汗がにじんだ。
「あ、えっと、いらないわよね。他の人にもらうのよね。先走っちゃったわ」
気づいてすぐに、スカーフを持つ手を引っ込める。どうして次もマグナスがヴェラのスカーフを欲しがると思い込んでいたのか。
「待って。欲しい」とマグナスは奪うようにスカーフを手に取った。そして、胸の前でしっかりと握りしめる。
「ありがとう。すごく嬉しい」
「本当に? 気遣いで言ってるなら、無理しなくていいのよ?」
「そんなんじゃない。ヴェラちゃんが用意してくれてると思わなくて。嬉しすぎて、すごく幸せだ」
マグナスがまぶしいくらいの笑顔を見せると、ヴェラは心が温かくなっていくのを感じた。
マグナスはスカーフを広げてヴェラの首に巻く。
「何をしてるの?」
「新品じゃなくて、使って匂いが付いてるのがいいんだ」
「やだわ。あたしなんてマグナスさんみたいに良い匂いじゃないもの」
「ヴェラちゃんはおれの匂いが良いと思うんだ? 好き?」
「あ、えっと、嫌いじゃないわ」
匂いが好きかと問われただけなのに「好き」と返すのがためらわれる。匂いも含めてヴェラはマグナスが好きなのだ。
「おれはヴェラちゃんの匂いが好きだよ」
マグナスはヴェラの首からスカーフを外し、鼻に近づけた。
マグナスの口から「好き」と聞くたび、その「好き」がヴェラが思う気持ちと同じならいいのに、と思う。
「優勝した騎士さまは何と言うの?」
「言うって、愛の言葉のことか?」
「たぶん、それね。遠かったし、歓声がすごくて、何を言ってるか聞こえなかったのよ。でも、動きがすごくきれいだと思ったわ」
「じゃあ、おれがやって見せるよ」
マグナスは片膝をつき、青色の瞳で真っすぐにヴェラを見上げる。その眼差しはヴェラを捉え、目をそらすことが許されないと感じた。
「あなたの草原にたたずむのは、わたしだけでありたい。あなたのバラを摘むのは、わたしだけでありたい。わたしの心を奪ったあなたのことを、昼も夜も思わずにはいられません。あふれる熱が身を焦がし、あなたを欲してやまないのです。どうか、永遠に愛することをお許しください」
ヴェラに両手が差し出される。
「えっと、今のってどういう意味なの?」
ヴェラがきょとんとすると、マグナスは照れくさそうに笑った。
「緑色の目でおれだけを見てほしい。バラ色の唇でおれだけに口づけをしてほしい。死ぬほど好きで、死んでも好きだ。ってことだな」
貴婦人にはマグナスの愛の言葉が意味を持って伝わるのだろう。教養のないヴェラは説明されなければ理解できない。
「難しい言葉も使えるなんて、やっぱり騎士さまってすごいのね」
ヴェラは悲しみをごまかすように明るい声で言った。
貴婦人をうらやましく思い、胸が痛いほどにぎゅっと締めつけられる。
「手を」とマグナスは言って、差し出した手をさらに伸ばす。
ヴェラは首をかしげた。
「手を取って『許します』って言うんだよ」
「え?」
「だから、手を取って騎士の言葉に応えて」
マグナスが「さあ」と手を取るように促す。ヴェラは少し手を動かしたところで、ぴたりと止めた。
「それをあたしがするのは違うと思うわ」
そう言うと、マグナスは未練を残すようにゆっくりと手を下ろした。
「階段を上ったらお腹がすいちゃったわね」
話題を変えようと、ヴェラはしゃがんで足元のバスケットを手にした。
「こっちがパイでね、こっちはビスケットよ」と二つの包みを開いて見せる。
「おれが頼んだのはパイだけだよな?」
「ビスケットはあたしからの贈り物なの」
「宿泊客のためにしか焼かないはずじゃ?」
「これは作り方が違うから、ビスケットだけどビスケットじゃないのよ」
「ははっ。ビスケットじゃないビスケット?」とマグナスは笑う。
「そうよ。宿のビスケットとは違って、ミルクや木の実を混ぜてあるの」
ヴェラが得意げに作り方を話していると、マグナスはビスケットを一つ手に取って頬張った。
「今じゃなくて練習中に食べてほしくて焼いたのに」
「だって、早く食べたかったんだ」
そう言った口の中にはビスケットが残っていて、かけらがぽろっと落ちる。ヴェラより七歳上の男が見せる子どもっぽさも心をくすぐる。
マグナスの嬉しそうな顔を見ると、ヴェラの心は幸せで満たされていく。だから、マグナスのためにできることを全てしたいと思った。とはいえ、ヴェラにできることは多くない。
幸いなことに、ヴェラにはレシピを売って得た銀貨があった。結婚の準備に使うものとして叔母ベルカが管理している。頼んでそれをスカーフとビスケットに使わせてもらったのだ。
心を尽くしたとて、ヴェラの恋はかなわない。妬心にさいなまれることだってある。それでも、マグナスから笑顔を向けられれば、少しは報われたという思いになった。
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