第8話 ひねくれ者の祖母
ヴェラと叔母ベルカは、服職人の工房に向かって歩いていた。祖母テイナの指示で、ヴェラの新しいマントと服を作ることになったのだ。
村に住んでいた時と同様、礼拝の日には良い服が必要だ。
「こんな服しか持ってないのかい。これじゃあ、連れて行けないじゃないか」
ヴェラが持っている服を見て、テイナは意地悪い口調で言った。
両親との思い出が詰まった、ヴェラにとっては大切な服だ。家に火の手が迫る中、父が運び出してくれた。
それを悪く言われて怒りが湧いたが、口答えするのをぐっと堪える。母が言った「我慢しなければいけない時」なのだと思った。
この場所にヴェラを導いたのは神だ。神に間違いなどあるはずがない。つらい思いをしても、逆らう行いは慎むのが正しい。
とげのある言葉をテイナは放つ。これはヴェラに対してだけのことではなく、そういう言い方をする人なのだという。
「ブラシェルトの冬は寒いんだよ。ヴェラが持っている服じゃ、凍えちまうだろうね。そうやって言えばいいものを、どうしてあんな言い方しかできないのかね」
ベルカは不服そうに言った。
「毛皮の薄いマントだなんて、ヴェラが住んでいた所は暖かったんだろうね。きっと冬になったら、寒さに驚くだろうさ」
「そんなに寒いの?」
「慣れてるあたいだって寒いと思うくらい寒いんだよ」
ベルカは肩をすくめる。
今でさえ寒いと感じるのに、厳冬期にはどれくらい寒くなるのだろう。ヴェラには想像することもできない。
「厨房は暖かいし、寝る時はみんなでくっつけばいいんだ。心配することはないさ」
ベルカは優しい笑みを浮かべた。父に似たその顔は、ヴェラの心を和らげていく。
王都の大通りは、街道と同じように舗装されている。新年祭と同時に開かれるブラシェルトの大市では、広場だけでなく大通りにも露店が並ぶという。
ひとたび路地に足を踏み入れると、道の状態はあまり良くない。
建物で光が遮られた路地裏ともなれば、暗い森のようで近づくのが怖いと感じる。
工房までの道すがら、服の材料を買うためにいくつかの店に立ち寄った。
王都では様々な仕事が分業化され、それぞれに専門の職人がいる。村で農民がしていたパン焼きも糸紡ぎも、職人の仕事だ。
店の窓の鎧戸が上下に開かれ、陳列棚になっている。そこに並ぶ物の多くは、ヴェラが見たことのない物だ。
災害で秋の収穫が少なかったため、青果店の品揃えは乏しい。
救援物資の一つである麦は、次の収穫までヴィード家から供給されることになっている。それ以外の食材は入手するのが難しい。
「やあ、ベルカ。いらっしゃい」
服職人の工房に入ると、主人と思しき男が声をかけてきた。
作業場の奥から女が顔を出す。
「あら、いらっしゃい。今日はどんな用で?」
ベルカより少し年上に見える女が、愛想よく笑って近づいてきた。
「この子のマントと服を仕立ててほしいんだ」
ベルカがそう言うと、女はヴェラに視線を移す。
「ベルカの知り合いの子かい?」
「いや、うちの子だよ」
「ベルカのとこは男の子だけ・・・・・・ああ、うわさで聞いたね。ジェイロの子だとか?」
「そうさ。兄さんの娘をうちの子にしたんだ」
「ジェイロは、残念だったね」
「あの災害じゃ、ここらでも大勢が死んだからね。仕方ないさ」
ベルカと親しげに会話をするのは服職人の妻で、古くからの仲だという。
服職人の家庭は、ヴェラの叔父オーバルの宿の食堂を利用している。
オーバルの宿は、食堂としての役割を大きく担っている。
王都の家の多くは台所を持たない。食事は店で済ませるか、持ち帰って食べる。
料理がおいしいという以外に、安心して飲食できる点でも評判が良い。
客に出すのは薄い酒か果実水、あるいはハーブ湯で、酔客が多い酒場のような荒っぽい雰囲気がない。
さらに、大通りに面していて明るく、巡回する騎士の目もある。そういう場所で悪事を働こうとする者は、めったにいない。
「しかし、食堂に行っても姿を見ないから、ただのうわさだと思ってたよ」
「母さんが表に出したがらないのさ」
「どうして?」
「怖いんだよ。兄さんみたいに突然いなくなるんじゃないか、ってね」
ベルカは大きくため息をついた。服職人の妻は慰めるようにベルカの肩に手を置いた。
「ジェイロが出てった時なんか、みんな驚いたもんねえ。『あのテイナさんが寝込んだ』って」
「そうさ。病も寄せ付けない母さんが寝込むもんだから、あたいだって驚いたさ」
当時の落ち込み様はヴェラにも想像できる。
時折、テイナは寝言をつぶやく。
「ジェイロ・・・・・・ジェイロ・・・・・・」
悲しげに絞り出すような声は、いつもの威勢のいい姿とかけ離れている。
父が家を出たことで、残された家族はどれだけつらい思いをしたのか。両親の罪を実感して、ヴェラは胸が苦しくなった。
「本当は兄さんの恋だって反対してなかったのにさ、ああいう言い方をするもんだから、激しく争っちまったんだ。兄さんが家を出た原因は母さんにもあるんだよ」
「テイナさんは何であんなにも素直になれないんだろうね」
「さあね。昔からああなのさ」
「そういや、オーバルは『料理しかできないんだから、黙って厨房にこもってりゃいいんだ』って言われたんだったね」
「そうさ。母さんなりの優しさだってのは、わかるんだけどさあ・・・・・・」
ベルカは不満げにうめいた。
オーバルは話すことが得意でない。子どもの頃、滑らかに言葉が出ないのをからかわれて、あまり話さなくなったそうだ。
テイナの言葉は「ベルカに接客を任せて、オーバルは料理に専念すればいい」という意味を含んでいる。
口の悪さに不愉快な思いをすることもあるが、テイナの手が優しくヴェラの髪を編み込むことも知っている。
ベルカと服職人の妻が会話を弾ませている間に、ヴェラの採寸は終わっていた。
「その子の婚礼の服は自分たちで縫うのかい? うちに依頼してくれてもいいんだよ」
「まだまだ先の話さ。でも、考えとくよ」
「テイナさんが生きてるうちは期待できなさそうだけどね」
「だろうね」
ベルカと服職人の妻は冗談めかして言い、笑い声をあげた。
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