未冬からの手紙

 ドサ、とベッドの上に鞄を放り投げた。

 白い紙袋はローテーブルに下ろして、その向かいのベッドに脱力するように腰掛ける。

 疲れた。まだ昼間なのに。


 こうして見慣れた空間に戻ってくると、昨日から続いた一連の出来事が幻か何かのように思えた。

 私の部屋。

 広いとは言えない部屋だ。しかし独り身だし、元々物を溜め込む方ではないから、この面積が性に合っていると感じる。

 社会人であるがゆえに服だけは大量にあるが、クローゼット付きの物件であるため、その物量を感じさせないところも気に入っていた。

 部屋にある家具は、ベッドと、ローテーブルと、コンパクトな鏡台くらい。

 鏡台は、内側に鏡の付いた蓋を閉じればデスクとしても使えるという多機能型だ。華美ではないけれども、シンプルな生活スタイルにはよく合っている。

 なんだかんだ自分は上手く生きてるほう。

 今までは、そう思ってきた。


 ふと、テーブルの上の紙袋に目をやる。

 開封する時間もなく、ここまで持ち帰って来てしまった。

 手を伸ばして引き寄せる。中を覗くと、コスメブランドのロゴが箔押しされた化粧箱と、高級紅茶のギフトボックスが確認できた。その他、質の良いパール紙でできた、手触りの良い藍色の封筒も入っている。


 その封筒を手にしたとたん、感情がぶり返してきたように胸が詰まった。

 封筒の宛名シールには、丁寧な文字で「茉侑子へ」とある。

 この時代に、わざわざ手書きのバースデーメール。


 しばし封筒を眺めてから、シーリングスタンプを模したシールを剥がし、中の便箋を取り出した。


『茉侑子へ。


 お誕生日おめでとう!

 大好きな茉侑子のお誕生日を今年もお祝いできて、私は本当に幸せ者です。

 予定、空けてくれてありがとうね!

 これを書いている今、茉侑子をいっぱいお祝いできる当日が楽しみすぎて、すごくドキドキしてます。』


 未冬のきれいな手書き文字。

 小学校の先生が児童のお手本として板書するような、くせのない楷書だ。未冬は保育士だったはずだけど、そちらも「先生」と呼ばれる職業だったなということをぼんやり思い出した。


 私は、どちらかといえばくずし字を多用してしまうほうだ。自分の書く字は嫌いではないけど、こんなふうに丁寧な文字にはちょっぴり憧れがある。


 結局、会うことは叶わなかったけれど、本当に来てくれるつもりはあったのだな、と思う。

 会って謝りたいとの連絡も、未冬の誠意の現れではあるのだろう。

 問題の『夫には言いません』発言は、その字面のせいでややこしくなってしまっているが、『今度は夫には丸投げせず責任を持つ』という宣言のつもりなのかもしれない。


『プレゼントの中身は、茉侑子がいつも使ってるって(前に泊めてもらったときに)教えてくれた化粧水とパウダーです。

 一緒に入ってる紅茶は、パッケージがおしゃれすぎて、ひとめぼれして買っちゃったものです。

 茉侑子もたぶん好きだよね?

 気に入ってもらえたらうれしいです。』


 そこまで読んで、封筒に入っていた二つの箱を取り出した。

 普段使いのわりに高価な消耗品だとか、自分向けには滅多に買わない良さげな飲み物だとか、天然に見えて、外さないプレゼント選びをしてくるところも未冬らしい。

 そう、やはり一言で表すと、“ずるい女”なのだ、あの子は。


『今はこーくんが小さいからたくさんは会えないけど、落ち着いたあかつきには、ゆっくり茉侑子とおでかけできたらなって夢見てます。

 私たちよく迷子になってたし、また迷子になっちゃうかもしれないけどね!

 埼玉のすごく大きいイオンに行ったときなんか、お店の建物から一生出られないかと思ったもん。

 ……でも、今ではいい思い出だよね?笑

  色々思い出してると、胸があったかくなってきます。

 なんか、うまくまとまらなくてごめんね。

 来年のわたくしの文章力にご期待ください。

 茉侑子の新しい一年が、幸せな年でありますように。』


 未冬からの手紙はそのように締めくくられていた。

 茶目っぽく、自分の名前である「未冬」の横に、ゆるキャラの「松戸さん」を描いて。

 もう、姓は変わっているはずなのに。


──私は、これを終わらせなきゃいけないのか。


 正直、きついな。……そう思ってしまうくらいは、許してもらえるだろうか。


 未冬は、どうして私の人生から離れようとしないのだろう。

 詩歌の言葉を借りれば、もう終わった関係のはず。それをどうしてまた繋げてきたのか。なぜ、無邪気に「大好き」などと言えるのか。

 いや、疑うべきはそこからか。未冬は本当に無邪気なだけだったろうか。


 私は彼女の大切な人を傷付けた。それは、未冬自身を傷付けたのもまた、私であったことを意味する。

 それでも私を手元に置いておくのは……。


 結局──松戸未冬は、何をどこまで知っていたのだろう。



(4章 終)

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