欺瞞と矛盾

 松戸未冬と住吉周真。

 学校のアイドル的存在の女子と、地味なオタク男子。

 この夢物語のようなカップル成立は、毀誉褒貶きよほうへんを浴びる結果となった。


 もちろん、好意的な声も少なくはなかった。

 とりわけ男子の間では、住吉周真を選ばれし勇者のように讃える空気すらあった。

 冴えない男が美女を射止めるという王道のストーリーは、男子たちにとって憧憬と希望の象徴となったのだろう。


 対して、女子からの反応は否定的なものが大半を占めていた。

 特に、これまで散々未冬を持ち上げていた層からの反発が最も大きかった。


 人気者の女子が不人気の男子と付き合えば、その分、人気上位の男子を狙うライバルが減る。そんな風に周囲に受け取られるものかと思いきや、現実は、そう単純な話でもなかった。

 女子たちは、自分が「価値が高い」と認めた女が、安易に下位層の男と結ばれることを良しとしなかったのだ。


 別に私は、住吉周真のスペックがとりわけ低かったとは思わない。

 “未冬なら”、もっと相応しい相手がいるはずなのに、という話である。


「絶対おかしいよ! 私、未冬ちゃんを助けたい!」


 そんな風に泣き喚いた子もいた。にわかには信じ難いが、本当に存在したのである。

 彼女はおそらく、『松戸未冬』を自身の理想として自己投影していた層だった。




「住吉くんって、自分が未冬ちゃんと釣り合うと思って付き合ったのかな?」


「あれじゃない? 住吉くん、あの青川丞くんとも友達らしいから……」


「あー、それで勘違いしちゃった系か」


「ぶっちゃけさ、すーくん(笑)とか呼ばれてニヤニヤしてんの、ちょっとキモいよね」


「ちょ、キモいって。さすがに住吉くんがかわいそーだって(笑)」


 住吉くんに対する陰口も、当然のように出てきた。私は、それに気付いても止めることはしなかった。

 集団による陰口に積極的に参加することはなくとも、内心では「わかる」と共感して。

 そうだよ、住吉くんなんかが未冬と付き合っていいはずがないって。



「松戸未冬、どういうつもりなんだろうね」


「決まってんじゃん。“陰キャオタクとも付き合える心の広いわたし!”ってアピールでしょ」


「言えてる、本命は青川丞だったりして」


「その布石としての住吉ってこと?」


「ウケるんだけど。布石の住吉(笑)」


「松戸未冬の踏み台になる運命の、憐れな男」


「それ、未冬がクズ女すぎる(笑)」


 私がどうしても許せなかったのは、このような、未冬に対する中傷だった。


──未冬はそんな子じゃない。


 未冬は絵里加に気を使って、青川くんに直接話し掛けることすら避けているのに。


──何も知らないくせに。


 未冬を──私の未冬を、悪く言うな。


 しかし、未冬の陰口を叩く連中は、未冬自身ともさして親しくなく、私とは会話したことすらないようなグループだった。

 だから陰口を耳にしてしまっても、私はどうしても、正面切って出て行くようなことはできなかった。


 なら、中傷をやめさせるにはどうすれば良いか。

 未冬が叩かれる前の状態に戻れば良いのではないか。

 つまり、未冬が住吉くんと別れれば、全てが収まる──。

 未熟な私が思い付きそうなことだった。


 結果としては、住吉くんが未冬に別れを告げ、自ら身を引くかたちで幕が降りた。

 本当は、未冬の方が愛想を尽かして住吉くんを振ってくれたら一番良かった。それなら未冬が泣くこともなく、すっきりと片がつくはずだったのに。




「……別に、住吉くんを追い込もうと思ったわけじゃなかった。二人が離れてくれればって、確かに、ちょっとは思ってたけど」


 話しながら、私は青川丞の顔を直視できずにいた。

 忘れていた。いや、自分の都合のいいように記憶を作り替えていた。


 そこにが絡んでいたことも忘れ、『未冬を泣かせた住吉くん』におこがましい怒りを持ち続けてきた。そんな資格なんて、最初から私にはなかったのに。


 でも。


 でも、私がやったことなんて大したことじゃなかったはずだ。


 住吉くんへの陰口が本人の耳にも届くように、ちょっぴり誘導しただけ。

 少しだけ、自分から住吉くんのことを悪く言ってしまったことはある。

 けれど、誹謗中傷って程じゃ──。


「貴女は住吉に悪感情を抱いていながら、それを本人や友人の前では巧妙に隠し、どころか、自ら住吉に向かって親しげに話しかけていただろう」


 青川丞の声が、ずしりとした鉛のように胃に落ちてくる。


「正直、気味が悪かったよ」


 声色は変わらない。あくまで淡々と。こちらに貴殿を責める意図はないのだと、冷静に立場を表明するように。

 しかし彼は、人ならざるものを評するかのような『気味が悪い』という表現を、あえて使用してきた。青川丞の本心を推し量るには、その事実だけで十分すぎるほどだった。


「……仕方なかったの。未冬に嫌われないためには、住吉くんにも良い顔をしなきゃいけなかったから」


 それについて、青川からの返事はなかった。

 分かっている。

 私の言っていることには筋が通っていない。

 いや、今の発言だけじゃない。


──私の言葉と行動は、いつだって、欺瞞と矛盾だらけだった。

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