青川夜風

「でも、そもそも想定してた状況とぜんぜん違ったんだよ?」


 詩歌しいか改め青川あおかわ夜風よかぜは、そのような主張を繰り広げた。手は渋々ながら、私を簀巻きにしたシーツの拘束を解いている。


 その兄も兄で、仏頂面で妹の話を聞きつつ、固い結び目を解くことに集中力を注いでいた。

 その顔は高校時代よりも大人びているが、やはり私の記憶の中の青川丞の面影がある。冷たい印象すら受ける端正な顔立ちが、当時と変わらず、そこにはあった。


 二人がかりでの救助。気まずい空気が流れ、私にとってはかなり屈辱的な状況だった。……救助にあたっているうちの一方は、私を縛った張本人だけれども。


「奥さんの未冬みふゆさんが来る予定だったのに、実際にお店に来たのは周真さん本人だったんだもん。その周真さんも、マユさんにキレられて速攻で追い出されちゃうし」


 そうこうしている間に、上半身の圧迫がするっと緩んだ。青川兄が、手際良く白いシーツを取り払ってゆく。

 一瞬、シーツの下に何も着ていなかったら、ヒヤリとしたが、脱いだ形跡も乱れた形跡もなく、一応、人間としての尊厳は保たれていた。


「で、そこで機転を利かせられるのが夜風わたしという女なのですよ。すぐに作戦変更してマユさんに話しかけたの、ファインプレーだったと思わない? ねぇお兄ちゃん、もっと妹を褒めてくれてもいいんですけど?」


「夜風、そこちょっと代わって」


 話に夢中で手元が進まない妹を押しのけるように、兄が場所を代わった。それから程なくして、脚の拘束も解かれる。

 青川丞はシーツをくるくると回収すると、それを別室に置いて、すぐにこちらへ戻ってきた。


「末の妹が乱暴をして、本当に申し訳なかった」


 疲れ切った目を伏せて謝罪をされる。


「……末子という自由な立場ゆえか、夜風は家族の中でもひときわ奔放な性格なんだ。それを理解しながら、この度の事を防げなかったのは、ひとえに俺の責任だ。謹んでお詫び申し上げたい」


 その横で不満そうに頬を膨らませるのは、木場詩歌──ならぬ、青川夜風。


「……この子は、青川くんの妹さん、なんですか」


 私はやっとのことで、それだけ吐き出せた。


「ああ。妹の夜風が迷惑を掛けてしまった。もっと綿密に制御できれば良かったのだが、勤務時間中ではそう上手くも行かなくて」


「え、ええと、ここはいったい……?」


「この部屋か? ……俺の名義で借りている自宅だが。妹を住まわせることを条件に、両親に家賃を援助してもらっている。騒がしい妹と同居しなければならないことを差し引いても、住み心地:ちょうかいてき」


「……あの、ごめんなさい。正直に言って全く話が見えないし、この状況について、何から尋ねて良いかも分からないんだけど」


「──心中、拝察する」


 ひとつ息を吐くと、青川丞は私の向かいのソファに腰を下ろした。脚を組み、その膝の上に両手を重ねる。

 青川夜風は、いじけた顔のまま兄の隣に寄り添うように腰掛けた。


「妹が招いてしまった事態だ。この際だから単刀直入に質問させてほしい」


 その時、刺すような視線を感じて、本能的に身震いをした。

 青川丞の表情は平静そのものだった。

 しかし先の一瞬だけ、私は確かに、犯罪者でも見下げるような冷酷なまなざしを感じたのだ。


「飯田茉侑子さん。貴女が高校時代、住吉周真を陰湿なやり口で精神的に追い込んだことには察しが付いている。それを踏まえた上で訊くが──今さら貴女が住吉の家庭に近付くのは、何が目的なんだ?」


 ざらりと、心臓がやすりで撫でられるような感覚がした。



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