ウルフムーンなんかこわくない
坂本悠
1 ふさふさふらふら
じりじりと暑かったり、急に寒かったり、曇りっぱなしで雨ふりや雷がつづいたりとなんだかせわしない一年が過ぎた一月の半ば、夕暮れの里山の枯れ草でおおわれた肌色の斜面をオオカミがふらふらと歩いていた。
オオカミのうしろに延びている長いしっぽの影のゆれも、かろやかとはいいがたい。
オオカミはいささか参っていた。というのも、とてもお腹が空いていたからだ。
待って……これはちょっと想像できないほどの空腹だぞ――オオカミは毛がふさふさのお腹をかかえる。
こんなことってあったっけ……あったかもしれないがとんと記憶にない。
このままだと目のまえに出くわしたものは、キツネだろうがたぬきだろうが、手当たり次第にぺろりといただいてしまいそうだ。うむ、お湯をそそいで待つほうじゃないぞ?
そもそもオレさまには好き嫌いもない。木の実だろうが、葉っぱだろうが、魚だろうが、肉だろうが、どんとこいの美食家だ。雑食ってすてき。
オオカミは目前にぴょろんと現れたよく知らない長い草の先端をむしって食べる。ちょっと苦い。
ふと、近くのカサカサの葉がゆれる尖った樹から鳥がとびたった音がして、顔をむける。
ツグミ? ルリビタキ? そう、とり肉もよいね……願うならば、翼がほしい――。
オオカミはかぶりをふる。
ああ、いかんいかん。つい食べもののことばかり考えてしまう。生きるってむずかしい。
うん? 生きるってそういうこと?
ふぅむ。
オレさまはもともとロボとブランカのようなイカしたオオカミをめざしているのに、このままじゃ、本能とよだれがダダ洩れのイカれたオオカミになってしまうじゃないか。
それはちっとばかし望まぬ未来というものだ。
オオカミはふんふんと鼻息をふく。
斜面に、鼻息とリズムを合わせるように、冷たい風がスーっと吹く。
ああ、こんなふさふさでみごとな銀色の毛並み(灰色っていうな!)をもっているというのに、うすら寒く感じてしまう……そういえば、初もうでのねがいごとで、乱れた食生活の改善なんて念じてしまったのがいけなかったのかもしれない。
気どったりせずに、ブランカみたいな白い毛並みがふわふわのクールな彼女がほしいって願っときゃよかった――やれやれ、オレさま、新年初失態……。
オオカミはぶつくさ文句をたれながら、斜面を降りていき、きょろきょろと周囲をみまわしてみたものの、草原の向こうにこんもりとした森がみえるだけだったので、ため息をついてしまった。
日が落ちてきているせいもあって、風の吹きつける森は巨大なまっくろのアメーバがぶにゃぶにゃゆれているようにみえる。その妖しさたるや、まるで、くらやみのくも……。
それでも冬枯れた平原よりはマシな食いものがあるかもしれない――そう思いなおして、オオカミは森へ向かった。
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