ノスタルジック・ダンジョン

敷知遠江守

第1章 魔法少女プルシェリア①

第1話 ああ、最悪

「課長のハゲはムカつくだろうけどさ、上手くスルーする事考えなよ。真面目に捉えても疲れるだけだよ」


 もう仕事を辞めたい。そう先輩に愚痴ったら、仕事終わりに呑みに行こうと誘ってくれた。

 就業間際に仕事をアサインされそうになったけど、先輩が「えぇ? こんな時間から?」「呑みに行こうと思ってたのに、残業確定じゃん!」と大声で言ってくれた。課長の奴、周囲から白い目で見られて、思いっきりバツの悪そうな顔して、「明日で良いよ」なんて言ってきやがった。

 でも聞こえてるんだよね。その後で「新人が用事とか言ってるんじぇねえよ」って言いやがったの。


「ああ! ほんとにムカつく! 新人いびりして何が楽しいんだろ、あの人」


「純粋にマネジメントって事がわかってないんだよ。ようは無能なの。でもさ、皆もう知ってるじゃん。仕事突発で依頼すると顔や態度に出すじゃん。新人なら反抗しないだろうって思って、真穂まほに声かけるんだよ」


「そんなの弱い者いじめじゃないですか」


「そういう小さい奴なんだよ。だからね、真面目に捉えても疲れるだけだって言ってるの」


 ビールの大ジョッキを片手に、二人同時にぐびぐびと喉に流し込んでいく。「ぷはぁ!」と酒気を吐き出す。すでに私も先輩もすっかり出来上がっていて、顔は酔って真っ赤。


 散々呑んで食べて、終電近くまで課長への愚痴を吐き出しまくって、飲み会はお開きとなった。


 先輩と二人で薄手のコートを羽織り、お会計を済まして店を出る。


「ああ、最悪、雨降ってる」


「真穂ちゃん、なんだか今日は踏んだり蹴ったりだね」


「あの馬鹿課長のせいですよ! 全部あの人のせい。最悪です!」


 酔ってるせいか、声のボリューム調整が全然効かない。きゃははと笑う先輩もボリューム調整が壊れている。女性二人、パラパラと霧雨の舞う夜の繁華街を駅に向かって歩いていく。その歩様は完全に千鳥足。


「真穂ちゃん、また明日から一緒に頑張ろ。私も応援してるからさ」


「はい、私はあんなハゲになんて負けないですよ。にゃははは」


 なんか、今日のお酒、楽しい! そんな気持ちが大勢を占めているんだけど、ほんのちょっぴり反省している自分がいる。こういうの癖になったら、嫌な事があるたびに酒に逃げそうって思っちゃう。


 酒で火照った体に霧雨が心地良い。


「いつもいつも、あのハゲ! ムカつくんだよ!」


「……ちょっと、真穂ちゃん、止めなって」


「何言ってんですかあ、先輩。あんなハゲに遠慮する必要なんて無いですよ」


「だから、真穂ちゃん、駄目だって……」


 足を止めた先輩の顔が、なぜか強張っている。よく見ると私じゃない、どこか違う所を見ている。先輩の見ている方にゆっくりと視線を移す。


夢野ゆめの。ずいぶんと楽しそうじゃないか」


 まさかのハゲ課長が目の前に立っていた。


「良い身分だな、ええ? お前が先に帰ったせいで、お前の先輩が残業になったんだぞ。そんなベロベロになって。先輩に悪いとは思わないのか、お前は」


 き、気持ちが悪い……


「こんな大通りで騒ぎやがって。少しは人様の迷惑も考えたらどうなんだ?」


 き、気持ちが悪い……何か奥の方から込み上げてくる……


「そんなに呑んで、明日の仕事に差し障ったら困るとか、考えないのか?」


 もう、限界!

 ここまで呑んだものと食べた物が一気に逆流して、課長に向けて噴出。さすがに課長までは届かなかったが、課長の足元は吐瀉物まみれ。


「言わんこっちゃ無い。最低だな、お前。明日絶対遅刻するんじゃねえぞ。今日頼もうとした仕事分、別の仕事をやってもらうからな」


 ハゲ課長は私の吐瀉物を避けて駅の方に行ってしまった。

 先輩が背中を撫でてくれているけど、なんだか涙が止まらない。惨めという感情で心が一杯になってしまっている。


「真穂ちゃん、ほんとに気にしないで良いからね、あんなのの事。明日、気分が悪いようなら休めば良いから。別の課長に今日の話をしてあげるから、ね」


 私は……何をやっているんだろ……

 こんな思いをするために、一生懸命勉強して大学に入ったのかな?

 こんなクソみたいな会社に入って、あんなハゲにいびられるために、私は頑張って勉強してたのかな?


 明日会社行きたくないな。きっと会社に行ったら、あのハゲにいびられてしまうから。ああ、胃が痛い。頭も痛い。


 もういっその事、どこか別の世界に逃げ出してしまいたい。



 ゆらりと立ち上がったのだが、お酒が回っていて、足下がふらふらとしてしまう。

 霧雨に濡れたリクルートスーツ。吐瀉物で汚れた革靴とストッキング。視界にはそれだけが映っている。


「ちょっと真穂ちゃん、危ないったら!」


 先輩にぐっと服を引っ張られる。

 だけど、頭が痛すぎて何も考えられなくなってしまっている。


 車のエンジンの音?

 今、目の前を通って行ったのは何?

 何か巨大な塊が凄い速さで目の前を通り過ぎて行ったんだけど?


 ギャシャッ!!


 え、車?

 ぶつかった?  


 あ、破片が飛んできた!


 え?

 私転んじゃったのかな?


 車から人が降りてきた。私を見て何か言ってる。何語だろ?

 あ、逃げた……


「きゃあああああああああ!」


 え?

 先輩?

 何でそんな暴漢に遭ったみたいな事件性のある悲鳴を?


 あれ?

 声が出ない?

 喉に何かが刺さってる……


 あ、これ私死んだわ……

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