第3話

一生分の幸せがぎゅっと詰め込まれたような日だった。


こういう時、シャロンは思ってしまう。

この幸せはいつか終わりがきてしまうと。


いつか自分の正体がばれて処刑される。

そのとき、フィンやジーンはどうなるのか。

それが一番怖い。

いきなり、今の幸せが壊されることが怖い。





少ない荷物をまとめ、ベッドに入る。


フィンは疲れたのか、もう寝ていた。


体がすごく気だるい。

身の丈に合わない量の幸せを摂取したからに違いない。


シャロンはベッドに入るとすぐに寝た。





シャロンは苦しくなって目が覚めた。


暑い。息が苦しい。

視界が少し煙たい。


そして体が動きづらいのに気が付いた。


あたりを見ようと顔を動かそうとするが、簡単に動かないのだ。


「フィ・・ン・・・。」

声もうまくでない。


ぱちぱちという嫌な何かがやける嫌な音が聞こえた。


やっとのことで顔を動かすと、扉が少し空いていて、その隙間から煙が入ってきていた。


火事だ。


炎こそ見えないが、少しずつ入ってきた煙を吸いすぎたせいか、もう体が動きづらい。


嫌な予感があたった。


すぐにフィンとジーンのことが頭に浮かんだ。


この二人を死なせるわけにはいかない。

この二人は、シャロンの全てと言っていい。


シャロンは、力を振り絞った。


私は月の勇者だ!

大事な人すら守れなくてどうする!


シャロンはうまくベッドから降りられずに、床におちる。


床に打ち付けられたところが痛い。

それでも顔をあげた。



容赦なく煙は部屋に入ってくる。



どうか。お願いだ。

私の大事な人たちだけでも無事でいてくれ。


シャロンの視界は真っ暗になった。







「誰か出てくるぞ!」


燃え盛る屋敷の中から、凛とした姿でこちらに歩いてくる人影があった。


消火活動をしていた村人のひとりが叫ぶと、村人が指さした方を凝視した。


火の粉が舞う中、それを全く気にせず、人が力強く歩みを進めてでてくるではないか。


金色の三白眼の目が強い意志を持っているのを示すみたいにきらりと光る。


そして、その両腕のなかに抱きかかえられているのは人だった。


「侯爵さまだ!」


一人が言うと、あたりはざわついた。


侯爵ともあろう人が、農民を両手で抱えていた。

その農民の腕はだらりと垂れていて、生きているのか死んでいるのか、わからない。


侯爵領とはいえ、一介の農民のために侯爵が危険を払うのか。


すぐに侯爵の使用人が何人も出てきて、侯爵を介抱した。


侯爵が抱えていた農民は、救護を行っていた村人に引き渡される。

意識はないが、まだ生きていた。










シャロンは、目を開けた。


白塗りの天井が目に入る。

見覚えのない風景だ。


「目が覚めたんですね!大丈夫ですか?」


横から声がして、その方向を見る。


金髪に金目の三白眼。

見透かされているかのように感じる目だ。


自分の正体を言い当てた、あの貴族がベッドのすぐそばの椅子に座っていた。


すぐに起き上がろうとするが、思うように体が動かない。


「無理に動いてはいけませんよ。」


それどころか、この貴族はシャロンの体を支え、またベッドに寝かせた。


どうしようもない感情が溢れてくる。

なぜ、自分はしぶとく生きているんだ。


シャロンは、このまま地面の底に落ちていきそうな気がした。


ああ、自分はこのまま処刑台に送られるのだ。

最後はなんて惨めなんだ。


「少し、待っていてください。」


そういうと貴族は立ち上がり、ドアの外で待機していた誰かに何か伝えると、またもとの位置に座った。


「今、医者を呼んでますから。」


貴族は品よく微笑んだ。


シャロンは、貴族を精一杯の力で睨んだ。

体が思い通りに動かせそうでないのに加え、声まで出せそうでないので、せめてもの抵抗だった。


「そんな顔しないでください。せっかく、あの火事の中、助かったのですから。それに、私はあなたに害を与えることはないので、心配しないでください。」


シャロンは意味がわからず、ますます、こめかみの筋肉に力をいれた。


「私はあなたを密告するつもりはありません。」


金色の瞳は、まっすぐシャロンを見た。


「残念ですが、あの家の屋敷の主人、その息子は亡くなりました。住み込みの小作人の生き残りはたった3名。屋敷の主人の息子と結婚したばかりの女性、そしてその兄も亡くなりました。」


絶叫した。

が、声は出なかった。

心はぐちゃぐちゃにかき乱されていた。


この貴族が嘘をついていると思いたかった。


すうっと涙が流れた。


大事な人さえ、守れなかった。


やはり、自分は無力なのだ。


シャロンは、顔を天井に向けた。


もう、どうでもいい。2人がいない世界なんて。



「ごめんなさい。こんな辛いこと…。すぐに伝えた方がいいと思ったんですが。」


貴族は謝った。

が、そんなのどうでも良かった。


「どうでもいい…。」


いつの間にか声が出ていた。

掠れた小さな声だった。


「なぜそんなことを言うのですか。」


が、貴族は聞き逃さなかったらしい。


「あなたは私が支えます。」


妙に力強く聞こえた。


「嘘でありません。あなたがもう一度、輝けるように、私が力になります。」


真っすぐな言葉は、シャロンの心には届かなかった。


「貴方は月の勇者です。昔も今もこれからも。」


シャロンは侯爵をちらりと見た。

金色の目は真剣そのものだ。


薄くてきれいな形をした唇は、シャロンの欲しかった言葉を発した。


「貴方は、何を恐れているんですか。」


私にはあの時、聞こえた音が聞こえない。

シャロンは、その言葉を飲み込んだ。


「何か失ったものがあるのなら、私がその代わりになります。」


侯爵はシャロンの右手を両手で包む。


「貴方は誰が何と言おうと、貴方自身がなんと思えど、ずっと月の勇者。貴方が輝けるように、私が夜になります。」


ずっと誰かに言ってほしかった。

肯定してほしかった。

全てを失ったけど、まだ自分は大丈夫だと。

全てを持っていた自分に戻れると。





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あなたは私の月 けんじょうあすか @asuka_9701

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