万年筆の枯れる頃

初音硝子

① Why ?

  とある、とあるほしのとあるまちでとあるおんなほしていました。


 二階建にかいだてのちいさなおもちゃのようなおうち屋根やねにちょこんとすわって、おんなそら見上みあげておりました。


 でもくらそらまたたほしはほとんどありません。


 大人おとなたちがみんなべてしまったからです。


 かろうじていつつ、っつが夜空よぞらかんでいましたが、おんなわるかったのでぼんやりとしかえませんでした。


 そのおんなはリリといました。


 でもリリは"リリ"という名前なまえをあんまりきではありませんでした。


 いじわるな継母ままははのおばさんが付けた名前なまえだからです。


 屋根やねしたから大人おとなひとんでいます。


 リリは適当てきとう返事へんじをするとはしごを使つかって地面じめんまでりました。


 さっきんでいた大人おとなひといかけてはししたリリは小石こいしにつまずいて、すてんっ、ところんでしまいました。


 ひざこぞうがすりむけてあかがにじんでいます。


 とってもいたかったですがリリはぐっと我慢がまんします。


 もっといたにあうのはいやだからです。


 さっきの大人おとなひとはもうおうちはいってしまいました。


  ワンピースについたがらすの欠片かけらをはたいてリリはまちなかのほうを見上みあげました。


 リリがっているみちまわりはたくさんの建物たてものおおわれているので半分はんぶんくらいしかそらえません。


 でもとおくのほうにそらさるようにとうえます。


 とうはつるっとしたねぎみたいなつつかたち一番上いちばんうえはぎざぎざしていて、まるでおおきな千切ちぎられたみたいにえます。


 リリのむかしからくありませんでしたが、それでもあのとうだけははっきりとえていたのです。


 だからリリはまちのどこからでもえるあのとうきでした。


 リリはくるりとかえってさっきの大人おとなひとさがします。


 ひかりこぼれる横道よこみちがるとくろいローブのひとがリリをってくれていました。


 ドアはいていて、なかからはランプのひかりれています。


 でもこのいえはおばさんのおうちです。


 リリのかおにすこし、がかかりました。


  大人おとなひとにはリリのようなかおがありません。


 よこみが何本なんぼんはいっているだけだったり、四角しかくあないているだけだったり。


 だから大人おとなひとちかくでみるのはすこしこわいのです。


 それに、大人おとなひとはどうやらリリのことがあんまりきじゃないみたいでした。


 リリはよくほんみます。


 だからみんなよりすこしだけ〝ものごと〟がかるのでした。


 大人おとなひとはそれがにいらなかったのかもしれません。


 けれど、リリにはそれもなんとなくかってしまっているのでした。


 ちいさな積木つみきみたいなおうちにはいって玄関げんかんけると左手ひだりてのほうには簡単かんたんなリビングダイニングがあります。


 ダイニングテーブルのおくにはキッチンがそなけられていて出来上できあがったシチューがコトコトと湯気ゆげをあげていました。


 おばさんと大人おとなひとはもうせきいてとろとろのシチューをすくっています。


 リリのぶんはもうよそってテーブルのすみっこにいてありました。


 おばさんのいえ食卓しょくたくはとってもしずかです。


 かちゃ、かた。 ぱた、ことん。


 なんのことばもこえません。


 まるで空気くうきおとつたえるのをいやがっているみたいです。


  シチューをわったらすぐにおさらもコップも全部ぜんぶキッチンにかたづけます。


 おばさんになにをされるかからないからです。


 リリはゆきうさぎのように2かい自分じぶん部屋へやみました。


 リリの部屋へやにはベッドとちいさな勉強机べんきょうづくえ、そして大きな、空っぽの本棚ほんだながあります。


 リリの部屋へやにはもともとたくさんほんがあったのですが、もういまはせっかくの立派りっぱ本棚ほんだなもただの置物おきものです。


 リリはすこまよってからベッドのしたしをけます。


 するとそこには、たった一冊いっさつの、リリがおばさんたちからたった一冊いっさつだけまもいた手記しゅきがありました。


 かどまるく、かみやわららかくなっています。


 リリはベッドにすわってなるべくおとてないようにしながらはじめました。


  それは不思議ふしぎ手記しゅきでした。


 たしてどこでれたんでしょう。


 んでいるとあたまえて、いてある文章ぶんしょうとはあんまり関係かんけいのないかんがごとがよくすすむのです。


 だから、何度なんどんでいる手記しゅきなのだけれど、リリはその内容ないようをよくかっていませんでした。


 かえし、かえし、何度なんどんでみてもからない。


 ちょっとおおく〝ものごと〟がかるからとってなんでもかるわけではないんです。


 ずっとかんがえています。


 むかしから、かんがえています。


 内容ないようとは関係かんけいのないことを、かんがえています。


 どうしてリリは大人おとなひときらわれるのでしょう。


 きっとやかましいからだとおもったのではなすのをやめたのですが、ちがいました。


 どうしてリリは大人おとなひところされないのでしょう。


 きらいなものなのに、てずに、こわさずに、わざわざそばにいておくのはおかしいとおもいます。


 どうしてリリは大人おとなひとうそをつかれるのでしょう。


 かなりまえのことですが、リリのはなしいてくれていると、リリが一方的いっぽうてきおもっていたひとがいました。


 でもその人はリリがきらいでした。


 きたくもないのに、いているだなんて、よくえたものだとこどもながらにおもいました。


 まだリリの「どうして」はあります。


 ありあまっています。


 どうしてリリはにじのしずくをべてはいけないんでしょう。


 大人おとなひとがいつもべているのに。


 どうしてリリは「むずかしい」なんでしょう。


 どうしてリリはらなくていいんでしょう。


 どうして。


 どうして、リリのほんてられるんでしょうか。


 リリはかりません。


 どうしてなんでしょう?


 なんで、こんなに「かんない」ばっかりなんでしょう?


 かくしたいことでもあるんでしょうか。


 だれかがっていました。


 「大人おとなのぞんでなるもンじゃない。らなくちゃいけないことをって、たくないものをて、子供こどもでいることに違和感いわかんかんじたが最期さいご、おまえという子供こどもに、あたらしい大人おとな一人ひとりまれるンだ。」


 ───リリはそんなことしんじません。


 リリはいろんなことをっているからです。


 リリはいろんなものをているからです。


 でもリリは大人おとなじゃありません。


 かおあななんていてないし、うでげてもギコギコったりしません。


 リリはふつうのヒトのこどもです。


 Homo Sapiensホモ・サピエンスぞくする人間にんげんなんです。


 そしてリリは、普通ふつうでいるこどもは大人おとなきらわれないということをっています。


 それなのに、どうしてなんでしょう。


 リリはかんがえています。


 たった一人ひとりかんがえています。


 一体いったいどうしてなのか。


 ずっと一人ひとりで、一人ひとりでずっと、ひとりでにかんがつづけるのです。

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