ぼくの悪の幹部おじさん　短編版

　お礼参りは終わったのだろう。

　アナウンサーが、ひどいありさまの映像をバックに、難しいことをまくしたてていた。　

　「なんか、無敵だったね」

　僕が言うと、ママは出かける支度をした。

　「スーパー行くよ。とんかつ作るんだから」

　僕は、昼間のカツカレーの話を思い出して、

　「わあい」

　と、正義と悪が泣いている様子のテレビの電源を切った。

　そんなわけで、夕ご飯は、カツカレーだ。

　パパとおじさんは、ビールをたくさん買って帰ってきた。喉が渇いたのだそうだ。いつもの第三のビールじゃなくて本物のビールだったので、

　「なにしてくれてんだ」

　とママは目を剥いたが、パパのきらきらした笑顔を見て、

　「しょうがないなあ」

　と、またでれっとしていた。

　おじさんは、カツカレーを前にして、

　「ううう…」

　やっぱり泣いた。

　パパは、そんなおじさんをからかいながら、おいしそうにカレーもカツもお代わりして、

　「やっぱ、運動のあとのビールはうめえな」

　そう愉快そうに笑った。

　「あんな迷惑な運動が、あるもんか」

　これには、おじさんも笑った。やっぱり、二人は兄弟だ。似た顔だ。

　僕が、

　「パパもおじさんも強かったねえ」

　ときらきらした目をすると、おじさんは、

　「今まで、魔法をそんなに使ってなかったからねえ。びっくりしただろう」

　と愉快そうにしていた。

　悪の組織に就職することになったおじさんは、魔法を使えることは黙っていたらしい。そこらへんは、

　「超地底魔法王国の王家の血を引く者として、やっちゃいけないことだと思った」　

　きりりと、おじさんは胸を張った。

　「そんなに、ってことは、ちょっとは使ったのか？」

　パパが訊くと、

　「バスを他人様のお宅の塀にこすった時に、バスと塀を元通りにするのに、ちょっと使った」

　おじさんは、気まずそうに言った。

　パパたちの大暴れは、世間で話題になったらしい。

　なにしろ、主人公やその仲間たちがフルボッコにされて、正義の基地が一刀両断だ。

　「ありゃまあ、こりゃまた、どうしましょう」

　となった。

　なにしろ、パパのマルス・ソードは炎の剣だ。一刀両断のあとに激しい火事となった。延焼の危機があったのを察して、おじさんが魔法で火を止めなかったら、サイキョウ・ベースも悪の総本部も、もっとひどい火事になっていただろう。ナイスだぜ、おじさん。

　「悪の総本部は、火災保険の手厚いのに入ってたかなあ」

　そう心配するおじさんに、

　「ああいう襲撃じゃ、入ってても保険金はおりねえんじゃねえか？」

　その襲撃をしたパパが、のんびりと答えた。

　ネットも、大変だ。

　パパは『キレまくった謎のイケメン』と世間を騒がせ、おじさんは、『あの仮面をとったら、ものすごいイケメン現れた♡』効果で、これまた世間を騒がせている。

　おじさんは、部下に慕われる上司だったらしい。

　おまけにあんな力を見せたものだから、悪の組織にいる昔の部下から、

　「帰ってきてください。俺たちの力で、帰ってこれるようになんとかします」

　と言われたし、大神官から、

　「俺がトップになったから、これからは、お前がナンバー２だ。戻ってこいっ！　名前はブラックジェネラルでどうだ？」

　とも誘われたりもしたらしい。

　飲み屋で酔っぱらって弱気になった悪の怪人アクーダさんから、

　「ブラックシュバリエさぁん、帰ってきてくださいよぉ。ブラックシュバリエさんが移動中のバスでかけてた昭和や平成の曲が、今、また人気が出てきているんです。また、あの日々を取り戻しましょうよぉ」

　そんな電話が深夜にかかってきて、これにはおじさんも泣けてしまったそうだ。

　それでも、

　「もう、自分に嘘をつくのは嫌だ」

　おじさんは断ったそうだ。

　おじさんはおじさんで、自分で自分の姿を偽って魔法を封じた挙句にサイキョウマンたちにやっつけられたり、僕たち家族の姿を見て、

　「これは俺の生きる道じゃない」

　と思ったそうだ。

　無職になったおじさんは、次の仕事が見つかるまで、しばらく僕んちにいるらしい。モブ顔の魔法で素顔を隠している。

　「…いろいろあっても、人生は続くんだよ」

　僕と駄菓子屋の前を通ったおじさんは、店の横で雨ざらしになった古いゲーム機を眺めて、

　「昔は、ああいうので遊んだんだよ…」

　もの悲しい口調で言った。

　僕は、おじさんの手をぎゅっと握った。

　するとおじさんは、

　「もう、キミにカッコ悪いところは見せないよ」

　にっこり笑顔になった。

　まだまだ世間の騒ぎは終わらない。

　サイキョウ・ベースの偉い人が、パパとおじさんを探しているらしい。

　「追加戦士枠で、雇いたい！」

　そう、声明を出していた。