第五章

余興 主犯にしか分からぬフーダニット

 死にたい。

 え……。死にたい。めっちゃ死にたい。死にたくてたまらない。考えたくない。どこまでも未来に希望が持てず、過去に押しつぶされて体が動かない。えー……死にてえんだけど……。

 あーこれ、鬱期入ってんな。

 ベルフェゴールは地獄の底の底。己の根城であるボロ小屋の、ごちゃついた寝室のベッドで唸る。あー、やばい。どこまでも死にたい。どうやって死んでしまおうか。天国にでも行って天使に殺してもらおかなあとは思いつつ、でも動けない。動きたくないのか動けないのかわからないけど、とにかく取り返しのつかない過去と希望なんて微塵もない未来がどっかりとベルフェゴールに腰を下ろしている。または根を張っている。またまたはぎゅうぎゅうとベッドに縛り付けている。


「……あー」


 くま耳フードを引っ張って、赤色の両目(片目は黄色いボタンだけど)を閉じる。ボサボサの黒髪をさらにボサボサにする。ベッドの上から動けない。不毛な思考を止められない。

 死んでしまいたい。

 毛布とシーツの間で、ベルフェゴールは厭世観をひたすら育んでいく。これでも大罪の魔王、怠惰の悪魔ベルフェゴールだ。並大抵のことでは死なぬ。前、海に面した崖から飛び降りつつ首を吊りついでに二酸化炭素も吸ってリスカしてみたんだけど死ななかった。あらら……打つ手なし。こんなに残酷な話があるか? ない。生きとし生けるもの全ては自ら死を選ぶ権利がある。なんだ? ベルフェゴールは生き物じゃないとでも? なんてひどい話なんだろう! 自殺さえままならないなんて、この世で一番不幸な思考物体だ! ベルフェゴールはだらだらと涙を流す。嗚咽も出ねえ。

 死にたい。

 ベルフェゴールはどこまでも死を救済とするから、死にたい。

 全ての不幸は死ぬことで解決すると思っているから、死にたい。なんで死なないのだろう? 別にあんたが苦しもうが苦しまなかろうが、主は、神はあんたのことなんて微塵も気にかけてねえけどと言ってやりたい。神様の救いなんてないのだ。どれだけ祈っても、逆に祈らなくても、結果は同じ。これならまだ悪魔の方が優しいね。あの偏愛主義のクソ親父は、なんだか一人の人間に執着しているようだが、結構どうでも良かった。ルシファーあたりがなんかしているようだけど、ベルフェゴールには関係ない。


「……いたいなあいたいなあ」


 痛いのである。

 痛々しい傷痕が残る己の頬から喉。バッサリと切られた形跡のあるそこを撫でて、ベルフェゴールはため息を吐く。ウリエルの野郎を宿したガキにやられたのだ。ベルフェゴールはただ現世で死にたい人を死なせてあげただけなのに、英雄とか言われている少年にちょっかいを出しただけなのに、祓われた。ベルフェゴールの発明品を使うという、最も屈辱的な方法で痛めつけられた。ハッキリ言って最悪である。


「死にたい……」


 死にてーのである。死んでしまいたいのである。過去の自分が恥ずかしすぎる。あんなカッコつけてたのに最後の最後で無様にやられるなんて、マジでセルフ切腹だ。切腹は元からセルフだって? 知るか黙れ。ベルフェゴールが言ったことこそが正義だ。オーケイ?


「うあー……」


 過去に押しつぶされる。未来が嫌になる。死にたい。死んでしまいたい。ベルフェゴールはなんとか腕を伸ばして、ベッド周りに散らばっていたナイフを手に取った。

 死んでしまおう。

 どうせベルフェゴールがいなくなったって、誰も困らないし。

 ナイフはギラギラと輝いている。お久しぶりのお仕事に喜んでいる。躊躇わず真っ直ぐに、ベルフェゴールは喉を切りつけようとして──



「はいはいはーい! 怠惰の旦那ア! お元気にしていらっしゃいますかア?!」



 ……途中で止まった。

 ガサガサガサ! と音がして、扉周りの発明品が崩れていく。ちょっと暴発して爆発したり壁を傷つけたり破裂音が鳴ったりビカビカ光ったりしてる。


「いやはやお久しゅうございやす! 怠惰の旦那、ベルフェゴール! 我が同胞!」


「……うるさいねえうるさいねえ。騒がしくてしょうがないよ」


 萎えて、ナイフを放った。床に突き刺さって停止する。

 ベルフェゴールは扉を見やった。

 一人の男が立っている。瑠璃色の髪と瞳。和洋折衷な格好に、遜った口調と金属を擦り合わせたような声。個性をぐちゃぐちゃに煮詰めて腐らせた商人モドキ。


「騒がしくしないといけない契約でもしたの、マモン」


「そんな契約は死んでもごめんですなあ、怠惰の旦那」


 強欲の悪魔、マモンがその身を現した。

 同じ大罪の魔王とはいえ仲がいいかと聞かれればんなことは全くねえ。お互いがお互いのことをうっすら『全員死なねーかなー』ぐらいに思っている。そんな悪魔が、なぜベルフェゴールの根城にやってきた?


「ふしぎだなあふしぎだなあ。なんでマモンがベルフェゴールのお家にきたの? 不愉快極まりないんだけど?」


「まあまあ、そうおっしゃらずに。あっしだって燃やされたばかりなんでゲス。わざわざ鬱期に入りかけの怠惰の旦那の元へなんて行きとうなかったのですがねえ」


 よく見ればマモンの体はあちこち焦げて炭となっていた。ちょっと焦げ臭い。

 ベルフェゴールは毛布にくるまったままマモンを睨んだ。


「……さっさと要件を言ってよ。面倒だよ」


「おっとっと。そうでしたなあ。それでは、ご用件を」


 マモンはゴホンとわざとらしく咳払いをして、もったいぶるようにベルフェゴールに言う。


「此度の雇用主サマ──憤怒の旦那から、桐生渚の外見データを譲ってもらってこいと、そう命じられまして」


「……はあ」


 桐生渚。……桐生渚? ああ、いたね。そんなやつ。もう飽きたから夢の底に他のゴミと一緒にほっといたんだった。そんなゴミの外見データなんて何に使うんだと問い詰めたくはなるが、面倒なので素直に夢の底までの扉を開いた。ただえさえごちゃついた小屋の床に真っ黒い穴が開く。


「桐生渚ならその下にいるよ。どーぞご自由に、皮でもなんでも剥いだらいい」


「へへっ! ありがたく頂戴いたしやすっ! あ、あっしはただの小間使いでゲスんで、もし金銭の要求があるのなら憤怒の旦那をお尋ねくだせえ」


「面倒くさい……」


「なんとも欲の無いお方ですなあ」


 ベルフェゴールはも一度毛布をかぶって枕に顔を埋める。死にたい……。とりあえず死にたい……。あの商人モドキと会話をしたことでさらに疲れてしまった。死にたいけど自殺は面倒だ。誰か殺してくれんかなと他力本願な思考をダラダラと回しつつ、ベルフェゴールは目を瞑った。



 ……



 これでおしまい。しまいおしまい。

 しかし、物足りない。



 ……



 舞台変更だ。せっかくの来訪者を無碍にするわけにもいかぬ。



 ……



 カチンとスイッチを入れ替えて、語り部はあのお姫様に。



 ……



 ……さて。



 ……



 さてさて。さてさてさて。



 ……



 昔話でも語ろうか。

 そうそう、この話だけじゃつまらないからな。兎内沙羅ではないが、語りたいことだってあるのだし、少しだけこの場をお借りしようじゃないか。ご興味が無いのであれば回れ右。興味深々ならばもう少し時間をお借りしよう。

 それでは、はじまりはじまり。

 ……なんちゃって。



 ……



「……起きてます? お嬢」


 おずおずとした声と控えめなノックが聞こえた

 わたしは目を開ける。いつもの天蓋とレースが見える。わたしは自室の、一人では到底使いきれないほどのベッドから起き上がった。

 部屋の中は暗い。

 どう考えても起床時間ではなかった。真夜中も真夜中。深夜も深夜。時計は見えないので正確な時刻はわからないけど、とりあえず起きなきゃいけない時間では無いと思う。

 なんでわたしは目が覚めたのだろう?

 いつもならぐっすりで、こんな小さな声とノックじゃ起きないのに、なんで起きられたのだろう?

 疑問は尽きないけれど、とりあえず自身の成長ということにしておいた。もう小学一年生のお姉ちゃんだもの。一人で起きれる。えっへん。えらいえらい。わたしは寝ぼけ眼を擦って、とりあえずベッドから降りた。部屋の扉を開ける。


「……おはよ」


「ええ、おはようございます。お嬢」


 部屋の扉をノックしていたのはわたしのボディガードである青年で、わたしの兄のような男の人だった。いつものくたびれたスーツ姿。ちょっとだけ乱れた黒髪。だらしないけど、いざという時はとっても頼もしいわたしの兄。

 彼はなんで自分がここにいるのかわからないとでもいいたげな雰囲気だった。ポリポリと頬をかいて、わたしに問いかける。


「深夜にすみません。旦那さんからなんか聞いてます?」


「……お父さん? 聞いてないよ?」


 深夜に起こされるような予定はなかったはずだった。彼もわたしも、深夜に呼び出されるようなことはないはず。

 兄はええと声を出して、まいったなあとこぼした。わたしだって何が何だかわからない。とりあえず旦那さんが呼んでるんで、着替えましょうと言われ、わたしはまた部屋に引っ込んだ。電気をつけて、パジャマから白のワンピースに着替える。なんとなく落ち着かない。というか、眠い。着替え終わって、鏡で己の姿を確認しながら、あくびを噛み殺しつつ。わたしは長い茶髪をどうにかしようと兄を呼ぶ。


「お兄ちゃーん。髪結んでー」


「……ボディガードにやらせるようなことですかねえ」


 鏡の前に座って、彼に櫛を渡せば、丁寧にとき始めた。なんだかんだいいつつ、兄は甘い。業務範囲外の仕事もやってくれる。複雑に編み込まれていく髪を見ながらうつらうつらして、もう一度目を開けたら、わたしの髪はすっかり整えられていた。


「どうです?」


「褒めて遣わす」


「どこで覚えてきたんですか……」


 えっへんと胸を張った。そのまま手を繋いで、父の元へと向かう。暗い廊下をひたすら歩いていく。


「お父さんが連れてこいって言ったの?」


「そうですよ。旦那さんからお嬢を連れて書斎にこいと言われましてね。もう真夜中だってのに、人使いが荒いんだから」


「大変だねえ」


「他人事みたいに……」


 実際他人事である。わたしは兄といられればそれでいいし、父と一緒ならもっといいよねというなんとも単純な思考であるので、深く考えていなかった。


「今度の遊園地、一緒に行ってくれるよね?」


「ああ、あの話ですか……。まだお家騒動が片付いていないので、当分先になるのでは? 一回空中分解してたでしょう。ぶっちゃけ、もう無理なんじゃ」


「お父さんは今週の土曜日に行ってくれるって言ってたよ?」


「……どういう心変わりで? ま、よかったじゃないですか。一緒にいきましょ」


「やった! お兄ちゃんは何に乗りたい?」


「そうですねえ……ジェットコースターとか」


 ひたすら長い廊下を歩く。歩く。遊園地楽しみだなあと思いながら。なぜ父がわたしと兄を呼び出したのか。そんなことすら考えずに、ただ歩く。

 書斎前についた。

 こんこんこんと、兄が扉をノックする。すみませーんとか、控えめに声をかける。

 返事はない。


「……どうしたんだろ?」


「おかしいっすねえ」


 二人揃って首を傾げつつ、とりあえず寝てんのかもだし勝手に開けちゃえとなり、兄が開けますよーと声をかけながら扉を開いた。



「──ヨオ、生贄」



 不愉快極まりない声が聞こえて、声の主を探そうと部屋に入った瞬間。


「っ! 危ない!」


 目の前が光って、兄に突き飛ばされて、わたしは転んだ。

 ビチャ! と足に生温かい液体がかかる。痛む腰をさすりながら、なぜか薄暗い部屋の中を見回した。

 まず、書斎のデスクに座っていたのは父ではないことに気づいた。

 鳶色の長い髪を持つ、とんでもなく美しい青年である。ギラギラと輝く琥珀の瞳でじいっとこちらを見ている。観察している。その長い足を遠慮なくデスクの上に乗せている。誰なのと問いかける前に、兄の異変が目に入った。


「お、じょう」


 兄の下半身がなくなっていた。

 正確には、分断されていた。兄はわたしの足に縋り付くように手を伸ばしてくる。自分の血液に濡れた指先を、まっすぐにわたしに向ける。


「にげ」


「さっさと死にやがれ、下等生物!」


 また目の前が光った。

 反射的に目を瞑る。温かい液体が顔にかかり、鉄のような液体がが口の中に充満した。飲み込んで、やっと目を開ける。

 兄の首が転がっていた。

 コロコロと、ボールのように移動して、止まった。


「なーに生き残っちゃってくれてんの? 生贄は生贄らしく殺されとけってんだ! オレサマがわざわざ楽に殺してやろうとどこぞの聖母並みの優しさを発揮してやったのに!」


 ガラスを引っ掻いたような、不愉快な声が響く。恐る恐る顔を上げ、声の主である青年を見る。

 暗闇に目が慣れたのか、意外とよく見えた。先ほどまで見えていなかったものが、はっきり見えた。

 それは、それはそれはそれは! 彼が手に持っているのは! あれは──


 父の首だった。


 髪を掴んでぶら下げられている、首。ポタポタと切断面から血が滴り落ちて、机に水溜りを作っている。


「……う」


 口を押さえて必死に嗚咽と吐き気を抑え込む。息が荒い。苦しい。血の匂いも味も何もかも、気持ち悪い。


「……まだ残ってんじゃん」


 青年が面倒臭そうにため息を吐いた。

 わたしは震える喉を駆使して、なんとか問いかける。


「あ、あなたが」


「……あ?」


「あなたが、殺したの?」


「そうだなア……」


 青年は父の首を投げる。わたしの真横に落ちてきた。ぐちゃ! と潰れるような音がする。


「正確にゃあ、アンタのジジイが、殺した」


 ──アイツか!

 あの男に、アイツに、父と兄は殺された! あの男に──皇鈴助すめらぎれいすけに! 


「それじゃあな、嬢ちゃん」


 また光って、ようやくその正体が何もかも飲み込む光線だと気づいて。

 わたしの首が落とされた。



 ……



 正直なカンソー。

 言ってしまえば、面白えガキだと思った。父が殺され、兄が殺され、さてさて、今から自分も殺されますよみたいな状況で、殺した張本人にアンタが殺したのかと聞けるその性根も。悲鳴一つあげずに状況把握に努めるその精神力も。年齢に見合わない復讐心も何もかも! 人間としては違和感しかあらず、それ故にひどくおもしれえ!チョーいい女だ! と、そう思ったワケだ。

 肉親が死のうが保たれる冷徹さと、他人を思いやれる優しさ。その両方を矛盾なく同居させるイカレっぷり! しかも日常生活では、意識することなくその違和感を隠し通しているとみた! いいね。これはいい暇つぶし。少なくともおっさんについていくよりは、よっぽどいいと思われた。

 だから、生かしたのさ。



 ……



 目を開けた。

 部屋は明るい。いつもの天蓋とレースがよく見えた。

 わたしはゆっくりと体を起こす。首が痛い。


「おはよ。最悪な朝だな?」


 横から不愉快極まりない声が聞こえた。

 わたしは息を吐く。どうやら肺と気管は繋がっているらしい。首をさすれば、手触りに多少の違和感はあるものの、それでもバラバラになってはいないようだった。


「……オイオイオイ、無視? オレサマ傷ついちゃうぜ?」


「……元から傷つく心も無いくせに」


「ひっでえ言いようだなア! やっぱいい女だ!」


 やっと横を向く。

 ベッド横に腰掛けていたのは、鳶色の髪をもつ、どこまでも美しい青年だった。ゲラゲラ笑いながら、その琥珀の瞳をグルンと一回転させ、皇の顔を掴む。


「なあ、契約しようぜ」


「……契約?」


 唐突すぎてよくわからなかった。息を吐く。続きを、説明を促す。


「契約は契約さ。オレサマはアンタの盾となり矛となり下僕となり友人となり愛人となり家族となり仇敵となり宿敵となり他人となる。その代わり、アンタはなんか差し出せよってやつ。ポテチ買う時は金払うだろ? それと同じだ」


「……契約したらどうなるの」


「言ったジャン。オレサマはアンタの全てになってやるよ」


「もっと具体的に。あなたは何ができるの」


「ああ、権能のハナシ? 明けの明星と未来予知。明けの明星ってのは、アンタも見たと思うが、あの光線な。大抵の生きもんは死ぬぜ」


「へえ……」


 コイツが何者だとか、そういうのはもうどうでも良かった。

 わたしはただ、殺したい人間がいる。亡くしたい人間がいる。この世界全てが一夜にして、五分にも満たぬ殺戮劇で、大嫌いになってしまっている。相変わらず単純明快な脳みその作りだ。しかしながら、先程まで輝いていた未来が血塗れに染まってしまったのはどうしようもない事実であり、悲しいかな、世界はわたしが嫌いになるのに十分なほど醜悪だってことに気づいてしまったから。

 わたしは、ただ世界が嫌いで、神様が嫌いになった。


「契約すれば、殺してくれるの」


「そりゃ殺すぜ。誰も彼も。何もかも。一から十まで。こっからここまで。この棚の人間ぜーんぶ殺してなんてお願いは、そう珍しくもねえからな」


 なるほどなるほど。

 わたしは彼に顔を掴まれたまま、その美貌を真正面から浴びながら、思考を回す。元々回す必要性なんて無いけれど、それでも回す。考えなくていいことをもう一度考える。


「代金は」


「ああ、代償? そうだナア……。寿命半分、内臓三割、あと記憶少々、それと色素と痛覚。それだけでいいぜ。お買い得だろ?」


「内臓三割? わたし死んじゃわない」


「死なねえよ。機能は補ってやるから、安心しとけ。新手のやりすぎダイエットだって考えてくれりゃあいいさ」


 ゲラゲラ、ゲラゲラ、笑う。うるさい。うるさいけど、耳は塞げないのでとりあえず耐え忍んだ。

 わたしは言う。

 人間ではないであろうこの青年に。怪しさしかないこの青年に。わたしは縋り付くしかないと察していたから。


「殺したい人がいるの」


「へえ、いいね」


「亡くしたい人がいるの。壊したいものがあるの。潰したいものがあって、無くしたいものがあるの」


「だから?」


「契約させて」


 青年は、どこか満足そうに頷いて。


「イイぜ、お嬢さん。──このオレサマ、傲慢の悪魔ルシファーは、アンタ、皇五十鈴と契約してやる。オレサマはアンタの盾となり矛となり下僕となり友人となり愛人となり家族となり仇敵となり宿敵となり他人となる。アンタの、皇五十鈴の、全てとなってやる。代償は寿命半分、内臓三割、記憶少々、色素と痛覚だ。後悔すんなよ皇五十鈴。どんな未来が待ち構えていようとも、アンタが選び取った選択だ。アンタが望んだ予想図だ。──アンタが、全部悪い」


 ルシファーが楽しそうに唱えて、わたしは目の前が真っ暗になった。



 ……



 お話はおしまい。これにて此度の舞台は、前座は、余興は、しまいおしまい。

 面白かったかね?

 何、つまらん話だっただろう? 私とルシファーの出会いであり、今の皇五十鈴の下地である、くだらん話だ。

 父と兄は、祖父に──皇鈴助に殺された。

 言ってしまえばそれだけの話だ。つまんねえ、ありふれた悲劇だ。金持ちの跡取り騒動。どうしても自分が死ぬまで頂点に立ち続けたかった祖父により、ルシファーが召喚され、そして、父と兄が殺された。きっと私も殺すつもりだったのだろうな。ルシファーが祖父に見切りをつけ、私と契約したからそこらはウヤムヤだが。

 ま、とにかく。私は全てが嫌いだ。嫌いで嫌いで仕方ない。救ってくれない神を捨てて、私は悪魔を頼り、嫌いなものをぶっ壊すことにした。私と同じような、神に見捨てられた子供を集めた。利用した。幸せにしてやろうと思った。秋月佳奈も狐ヶ崎恭介も兎内沙羅も桐生渚も。鳴海志保はイレギュラーだったが、それは置いといて。

 私はただ、不幸な子供を利用し幸せにする。

 例外はない。


 ──かの英雄にされた子供だって。


 不幸だから、幸せにしてやるのさ。



 ……



 面白いハナシ。

 そう、皇五十鈴はひどく面白い。愉快である。痛快である。と、オレサマは……ルシファーは定義する。

 てか皇家自体もロミオとジュエリットぐらい面白えんだけどな。悪魔信仰者である五十鈴の父親は、オレサマを呼び出して皇財閥の全てを捧げようとしたんだけど、それを五十鈴のじいちゃんがサタンを呼び出して止めた。父を殺させた。それが真相。巻き込まれ役は五十鈴と、あの強欲少年と同じ名前をもつボディガードだ。かわいそうったらありゃしねえもん。

 ……五十鈴は、そうは考えていないようだけど。

 それでも、それが真相。元から狂っていた父のせいで兄は死に、自分が殺されかけた。祖父は止めようとしただけ。

 サタンによって殺された父。間に合わず、オレサマによって殺された兄。全て勘違いして、祖父のせいにした脳みその足りねえガキが世界を滅ぼそうなんて!

 なんともまあ、面白え話じゃねえか。

 そう思うだろ? サタン。

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