いのちのかみさま

成田紘(皐月あやめ)

プロローグ

 冬の夜空には、数えきれないほどの星が瞬いていた。

 それらはすべて、役目を終えた魂の輝きだという。生まれ落ち、歩み、愛し、そして散っていった命たちが最後に灯す光。

 地上では今も、新しい命が産声を上げ、また別の命が静かに幕を下ろしていく。

 すべては時の輪を巡り続けている。


 その星空を、静かに見上げる影があった。

 夜の静寂を破らぬよう凛と佇む大きな鴉。

 その瞳は無数の星の瞬きを映していた。


 彼の役目はひとつ。

 この世に未練を残し彷徨える魂を輪廻へと還すこと。

 まばゆい星空は、彼の長い旅路の証だった。




 

 冬の夜気が細く流れ込む縁側の向こう、庭の楡の木は黒い影となって月を背負っている。

 布団に身を沈めたままの少年は、少しだけ顔を上げてその光景を瞳に映す。

 葉を落とした枝が、白い月を掬うように空へ広がり、そのいちばん高い枝先に、濡れたように黒い鴉が佇んでいた。

 少年が瞬きする間にそれは人の形を成し、音もなく少年の枕元に降り立った。


「……やあ。一年ぶり、かな」


 少年が、胸の痛みを堪えながら言葉を発する。その声音には、待ち侘びた者に向けられた歓待と、そして諦観の響きがあった。


 少年は、間もなく自分の命が尽きることを悟っていた。けれどそれは彼にとって恐怖ではない。静かに受け入れた結末だ。

 だがひとつだけ、気懸きがかりなことが残っていた。


 厚い掛布団から伸びた枝のようにやせ細った腕が、今や黒衣を纏った青年に変化したモノに伸ばされる。

 青年は片膝をつき、その弱々しい手を握った。




 遠い空の向こうでは雪の気配がする。

 静寂だけがふたりをそっと包み込んでいた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る