第6話 白い本の噂
一年生の
「どうだ、見つかったか?」
勅使河原が後輩たちに声を掛ける。
「ないっすねー。会長、本当にそんな七不思議あるんすかー?」
栗花落はとうに諦めて椅子に座った。
「本当かどうかは知らんが、俺も先輩に聞かされてただけだからな」
「・・・つまり、今回が初めての捜索と?」
「まあな」
「勘弁してくださいよー!図書室にどれだけの本があると思ってんすかー!」
栗花落はやさぐれて、大きく足を組んだ。片ポニーテールの髪をかきむしる。
「しかし、魔物を呼び寄せる本は実在するらしいぞ。昔、OBの人が魔物を呼び出すことに成功して、望みを叶えてもらったらしい」
「へー、そうなんすねー」
栗花落は人差し指を舐めて唾を眉に塗っていた。
「会長、本当にその本の背表紙は真っ白なんですか?」
仁美は再度、確認を取る。
「ああ、本のタイトルも無く表紙も真っ白らしい。ただ、その一ページ目に書いてある呪文を唱えると魔物が現れるらしい」
「でも、これだけ探してないんすから、図書準備室にでも引っ越したんじゃないんすかね?」
栗花落の発言を聞いて、勅使河原はパチンと指を鳴らした。
「おお、冴えてるな栗花落!早速職員室に鍵を・・・」
そう言いかけた勅使河原だが、下校のチャイムが鳴り響いた。
「あー、残念。下校時間っすねー。じゃあ続きは明日ってことで!」
ビシッと敬礼をすると、栗花落はさっさと図書室を出ていった。
「仕方ない。雲類鷲もお疲れさん。また明日な」
「ちょ、ちょっと先輩方ー!?もう、諦めが良すぎですよー!」
「諦めなさい、仁美」
ずっと机に向かって宿題を片付けていた
「それより、仁美。今日は宿題見てあげられなかったけど、良いの?」
「はうっ、そうだったー!」
「もう、仕方ないなー。今夜ウチで見てやろうか?」
「わーい、ありがとう、円ちゃん!」
仁美は円に抱きついて(空想の)尻尾を振っていた。
「じゃあ、行こうか」
「はーい!」
仁美は机の上に置きっぱなしだったカバンを肩に掛け、円の後に続いた。
下駄箱に移動すると、円の親友である
「ヤッホー!お疲れさん!」
ショートカットが良く似合う空手部のエースが横ピースで声を掛けてくる。
「摩利も大会近いから大変でしょ?お疲れ様」
「どれだけ疲れてても、親友との下校は欠かさないのが私だよ!」
靴を履き替えた円は小首を傾げた。
「何それ?別に疲れてるなら先に帰っても良いのよ?」
「あーもう!円ってば、ツンデレなんだから!私の部活が終わるまで図書室で待ってくれてるのを、私は知ってるよ!」
「いや、単に宿題を片付けてただけだし」
呆れながら円は二人を連れて校門を抜ける。
「それより、仁美ちゃん。またオカ研で何か変なことしてたね?」
摩利がニヤニヤ笑いながら聞いてくる。
「変じゃないですよ!
「もう、とっくに七つ超えてるんじゃなかった?」
「オカ研の使命は学校内の不思議を解明することだからね!」
チビッ子の仁美は無い胸を大きく反らした。
「この間、あれだけ怖い思いしたのに全然懲りてないわね」
円は処置なしと言わんばかりに肩を竦めてため息をついた。
「あー、でもほら!霊能者のお姉さんからもらった数珠があるから!」
確かに霊験あらたかなブレスレットは手首に巻かれてるが、わざわざ自分から火を持って火薬庫に入る必要はない。
商店街まで来て摩利と別れると、円と仁美は歩き出す。
「そういえば、
「多分ね。大丈夫だよ、リビングは広いから」
環は円の弟で、美甘は同級生の妹だ。
「あ、円さん、今帰り?」
エコバッグをぶら下げた同級生、
「神酒くん、お疲れ様。毎日大変だね」
「まあ、仕方ないよ。家に親がいないから、僕がやるしかないからね」
「榊先輩は毎日お料理とかしてるんですか?」
仁美が榊を見上げながら問いかける。
「最初はレシピ本を見ながら格闘してたよ。今はほとんどアレンジで作ってるけど」
「凄いですね。私は食べるの専門だから尊敬します!」
「仁美、この際だから神酒くんに料理を教えてもらったら?」
「んー、今のところ、誰かに食べさせる予定もないから、パス」
「仕方ないなー。今からでも練習しておいたほうが良いよ」
「うー、じゃあ円ちゃんはどうなのさ!」
「私は簡単な料理なら出来るよ。カレーとか」
「なんだ、鉄板じゃん」
「お、言ったな?良し、今夜は私の手料理を食べさせてやろう」
「本当?やったー!あっ、でも宿題は?」
円は小首を傾げて考えたが、
「そうだ、神酒くん。夕食食べに来ない?代わりに仁美の宿題見てやって欲しいんだけど」
神酒に頼ることにした。
「え、まあ別に良いけど」
「良し、決まりね!」
商店街の半分はシャッター街になってるが、たまにここに店が現れることがある。しかし、今日は誰も怪異に行き遭ってないようで、雑貨店は見当たらなかった。
(まあ、平和なのが一番)
そう思った円だったが、半透明の女性が、商店街を出たところにある川の上に佇んでいるのが視えた。円は元々この世ならざる者が視える体質だ。しかし、関わるとろくなことにならないのでスルーするのが基本だ。
(
妖魔とは人間の空想や負の感情が生み出す化け物だ。人間の生命エネルギーを奪うので危険な存在である。妖魔を視かけた時は専門家に頼むのだが、今日はその必要はなかった。
「ただ今ー」
円はまずリビングに顔を出す。
「お帰りなさい、円お姉ちゃん」
「おかえりー」
美甘と環がリビングのテーブルで宿題を片付けていた。
「美甘ちゃん、今夜はお兄ちゃんと仁美も来るよ」
「そうなんですか?仁美お姉ちゃんは何をしに来るんですか?」
「美甘ちゃんたちと同じだよ。宿題を神酒くんに教えてもらうんだよ。後、今夜の夕食は私が作るからね」
「そうなの?円ったら、そういうことはもっと早く言いなさいよ。もう野菜切っちゃったわよ」
母がキッチンから顔を出す。
「お母さん、メニューは何?」
「肉じゃがだけど」
「あ、じゃあ問題ないよ。カレー作るつもりだから」
「そうなの?じゃあ後は任せようかしら?」
「うん、すぐに用意するね」
円は自室に入り、私服に着替えるとキッチンに向かう。
神酒と仁美がやって来て、取りあえず夕食となった。
「美味しい!」
「本当だ、美味しい!円お姉ちゃん、レシピ、教えてください!」
「うーん、本当に美味しい!」
榊兄妹と仁美からは高評価をもらった。
「これはねー、隠し味に牛乳を入れるのがミソだね。後、ニンニクも効かせてるわよ」
「円ったら。それは私が教えたレシピでしょ?」
「しー!黙ってて、お母さん!」
「円ちゃん、今度一緒に作ろうよ!」
「あら?仁美は食べるの専門じゃなかったっけ?」
「むー、カレーだったら私でも作れそうな気がするんだけど」
「ハイハイ、また今度ね」
夕食が終わると神酒が仁美の宿題を見てくれる。その間に円と美甘、環はお風呂に入った。環と美甘はすっかり慣れたようで、お互いの身体を洗いあっている。円が髪を洗い身体も洗って浴槽に入ると、小学生組が身体を預けてくる。
「美甘ちゃん、もう危ないことに首を突っ込んでない?」
「はい。
雲母というのは美甘の親友だ。以前、七不思議関連で行方不明になり、円が専門家に頼んだことで無事に戻ってきた。
「うん、それが一番だよ。触らぬ神に祟りなしだからね」
風呂から上がると、仁美の宿題は片付いたようで、対戦ゲームで盛り上がっていた。
「仁美、家に帰らなくていいの?」
円が指摘すると仁美はスマホを見て、慌てて立ち上がった。
「はわわ!帰らなきゃ!お邪魔しましたー!」
「はい、また遊びに来なさい、仁美ちゃん」
母はのんびりと手を振っている。
「さてと、僕もこれで失礼します。ご馳走さまでした」
「神酒くんもまたいらっしゃいね」
「はい、ありがとうございます。じゃあ、美甘。あまり迷惑かけるなよ」
「もう。分かってるよ、お兄ちゃん」
パジャマに着替えた美甘が口を尖らせる。週三くらいで泊まりにくるから、神酒も寂しいのかもしれない。
美甘と一緒に自室に入ると、部屋の隅に黒い人影が立っていた。円は手をかざして、
(大いなる光よ、悪しきモノを照らしたまえ)
心の中で呪文を唱える。すると、手から光が流れて黒い人影は消えた。左手首につけたブレスレットのお陰で、ちょっとした浄霊が出来るようになった。もちろん、誰にも話せない秘密だ。
「どうかしたんですか、円お姉ちゃん?」
「んーん、なんでもない。じゃあ寝ようか」
セミダブルのベッドなので、狭くはない。横になると、早速美甘は円の身体に抱きついてきた。甘える美甘を見ていると、妹も欲しかったなと思う円だった。
翌日、放課後になると円と仁美は図書室に向かっていた。
「仁美、今日も探すの?」
「当然!謎の究明はオカ研の使命だからねー!」
「止めておいたほうが良いと思うけど」
図書室の中には数人の生徒がいたが、そのうちの一人に見覚えがあった。
「あれ?
椅子ではなく机に腰掛ける、少し態度の悪い一年生の生徒がいた。
「雲類鷲。お前、また七不思議に首を突っ込んでるな」
四月一日は前口上もなく、いきなり核心を突いてきた。
「え、あ、それはー」
仁美は露骨に目を逸らして口笛を吹いている。
「お前たちの探してるのはこれだろ?」
四月一日は真っ白な本を手にして振って見せる。
「えっ!?その本、四月一日くんが見つけたの?」
「たくっ、視えないやつが闇雲に怪異に手を出すんじゃねーよ。そう思いませんか、先輩?」
四月一日は円に声を掛けてきた。彼は円が視える体質なのを知っている。
「そうね。いくらブレスレットの結界があると言っても、自分から地雷を踏みに行くことはないわね」
すると、四月一日は大きなため息をついた。
「しかし、もう手遅れなんですよ、先輩」
四月一日は本を開き、図書カードを取り出して突き出してくる。円はそれを受け取り名前を改めた。
「えっと・・・勅使河原真、栗花落愛奈、って、これ!」
「えっ!?何で先輩たちの名前が?」
仁美も図書カードを覗き込み、愕然としていた。
「どうやら、先に見つけちまったみたいだな。視えないやつでも、偶然視てしまう場合がある」
「四月一日くん、これって二人は行方不明になってるとか?」
「恐らくは。でも今日のことだから、まだ騒ぎにはなってません」
図書カードの日付を改めると、確かに今日の日付が書かれている。
「ど、どうしよう、円ちゃん!」
「どうもこうも、こんな案件はとわさんに頼むしかないじゃない」
それを聞くと、四月一日は舌打ちをした。
「あの女に頼る必要はありませんよ!俺が助け出します!」
何だかムキになって四月一日が吠える。
「どうやら、この最初のページに書かれている文章を読むと神隠しに会うらしいんで、さくっと二人を助けに行ってきますよ」
最初のページには、
「この本を読む者は最初の読者となり、最後の読者となるだろう」
と書かれていた。
「何だか意味深な台詞だね」
「それじゃあ、行って来ますよ」
四月一日は最初のページの文章を朗読した。その瞬間、本が巨大化して、四月一日の身体をページの間に閉じ込めた。そして、床の上には元のサイズに戻った白い本が落ちていた。
「まさか!」
円が図書カードを改めると、そこには四月一日の名前が書かれていた。
「お、円、仁美ちゃん、お疲れー!」
下駄箱に到着した円と仁美は、そこで摩利に出会った。
「どうしたの、二人とも?そんなに息を切らしちゃって」
「ま、摩利。緊急案件なのよ。七不思議の一つ、図書室の白い本の噂」
呼吸を落ち着けて、円は簡潔に事態を説明する。
「あー、あの時の後輩くんか。でも夢想士だから大丈夫なんじゃない?」
「そ、それなら良いけど、もしも四月一日くんの手に余る事態だとしたら、やっぱりあの店に行かないと!」
「ふーん、良し、私も付き合うよ!」
「って、摩利。部活は?」
「今日は道場の日だから、大丈夫だよ」
「そ、そう?じゃあ急いで行こう!」
靴を履き替えた三人は校門を抜けて、商店街に向かった
商店街の半分はシャッター街になっている。だが、そこに時々あるはずの無い店が見つかることがある。
たかなし雑貨店。その看板にはこう書かれている。
『見えるはずのないモノを視たことはありませんか?誰にも言えない悩みを解決します』
円は息を切らしながらも店を確認して安堵した。
扉を開くとドアチャイムが鳴り、中の人物が声を上げた。
「おー、円ちゃん、摩利ちゃん、仁美ちゃん、いらっしゃーい!」
長い髪をポニーテールにまとめ、派手な柄のポンチョを着た、二十代半ばくらいの美女がカウンターの向こうに立っていた。
「と、とわさん!実は!」
「ハイハイ、まずは座りなよ。コーヒーを出すからね」
とわはドリップコーヒーの用意をする。三人はカウンター席に座ってコーヒーを飲み、まずは落ち着いた。
「とわさん!今回は図書室の白い本の噂なんですけど!」
「うん?円ちゃんが持ってるその白い本かな?」
「そ、そうです!最初のページの文章を読むと本の中に飲み込まれるんです!オカ研の二人と四月一日くんが飲み込まれて・・・」
「うん?あの少年は事件解決のために、自分から飲み込まれたのかな?」
「は、はい!でも何だか四月一日くんの手に余るような気がして!」
「ふむ」
とわは、円が持っている本をじっと凝視している。そして、顔を上げた。
「円ちゃんの判断は正しいね。これはAランクの事案だ」
「Aランク?」
「夢想士にも階級があってね。あたしはA+ランクだけど、少年はBランクだ。あっさり死ぬことはないだろうけど、かなり手こずっているはずだよ」
「とわさん!助けてあげてくれませんか?」
「それはやぶさかじゃないけど、今回は三人にも手伝って貰おうかな?」
そう言いながらとわはカウンターの向こうから店の中に移動した。
「ふむ、円ちゃんはこれ、仁美ちゃんはこれかな?」
そう言って剣を円に、槍を仁美に持たせた。そして摩利にはスケイルアーマーという鎧を着せた。
「摩利ちゃんは空手をやってるから、武器より素手のほうが戦いやすいだろ?」
「あ、押忍!確かに私は格闘のほうが得意です!」
「と、とわさん!私と仁美は戦いの経験はありませんよ!」
「はっはー、大丈夫。上級妖魔はあたしが受け持つから、君たちは中級の雑魚を退治して欲しい。そして魔水晶を集めて欲しいんだ」
それを聞いて円は半眼になってしまった。
「とわさん。私たちを体よく利用しようとしてません?」
「そんなことはないさ。あくまで次いでで良いから」
「しかも、武器を持たせてるってことは、この間みたいに妖魔の結界の中に行くんですよね?」
「ご名答!その本の中にその結界がある。心配は要らないよ。君たちには結界のブレスレットを渡してるだろ?防御結界が守ってくれる」
「それはそうですけど、リスクが全く無い訳じゃないですよね?」
円の疑問にとわは視線を逸らした。
(やっぱり、リスクあるんだ・・・)
「まあ、でも君たちも、同じ学校の仲間を助けたいと思わないかい?」
「それはそうですけど・・・」
円としては自ら積極的に怪異に関わりたくはないのだが、鎧を着こんだ摩利が準備運動を始めたので、行くことは確定のようだ。
「ま、円ちゃん。私たちは協力し合おうね」
「当たり前だよ。摩利と違って私たちは文系だし」
「ちょっとちょっと!私だって空手の黒帯ってだけだよ?どこまで役に立てるか分からないよ」
摩利も妖魔が相手となると少し、怖じ気づいてる気がする。
「よし、みんな準備はいいかな?って、この本の中に入るにはどうすれば良いんだい?」
とわが聞いてきたので、円は説明する。
「最初のページの文章を読むだけで良いんですよ。それで四月一日くんは本に吸い込まれましたし」
「オーケー。じゃあみんな、手を繋いで」
円はとわと摩利の手を。摩利は円と仁美の手を繋いだ。
「この本を読む者は最初の読者となり、最後の読者となるだろう!」
とわが文章を読むと本は巨大化して、四人の身体を挟んで飲み込んだ。
円の中に誰かの記憶が流れ込んできた。原稿用紙に向かって万年筆を走らせる毎日。編集者からダメ出しを食らって書き直す日々。静養という名の缶詰め状態。部屋から一歩も出られずに、ひたすら原稿用紙の升目を埋める日々。やがて身体を壊し、血を吐きながら執筆を続けた。新しい作品は画期的な推理小説に挑んだ。最初のページには、
「この本を読んだ者は最初の読者となり、最後の読者となるだろう」
と書き込んだ。読者への挑戦。だが、作家はその続きを書くことなく亡くなった。
ハッと気付くと、無数の言葉や文章が埋め尽くす、奇妙な世界にいた。
「ふわあっ、何これー!?ヘンテコな世界だよ!」
仁美は槍を両手で持って辺りを見渡している。すると、すぐ側から言葉が凝り固まった人形が襲いかかってきた。
「ふんっ!」
摩利はハイキックを人形に決めて、バラバラにした。
「おー、攻撃が通用したよ!」
「お見事!三人ともその調子で頼むよ。さ、他の三人を探そうか」
襲いかかってくる言葉や文章を日本刀で斬り捨てながら、とわはずんずんと先に進んでゆく。襲ってきた言葉を円は剣で斬った。仁美は滅茶苦茶に槍を振り回して絡み付こうとする文章をバラバラにする。
(小説家の結界だから、妖魔も言葉や文章になっているのか)
摩利はここぞとばかりに、パンチやキックで言葉たちを蹴散らしている。
「くそったれ!」
誰かの声が聞こえた。これは四月一日のようだ。大量の言葉で出来上がっているお城のような場所で、四月一日は錫杖を振り回して、襲ってくる文章をバラバラにしていた。その後ろで勅使河原と栗花落が文章で縛られていた。
「くそっ!この世界を構築している妖魔のところに行けねえ!」
言葉の集中攻撃にさらされて、四月一日は足止めを食っているようだ。
「やあ、少年。やってるなあ」
とわは日本刀を肩に乗せて、呑気に声を掛けた。
「ポンチョ!お前、なんで!?」
とわはポンチョの下からパワーストーンを取り出し、ばら蒔いた。あちこちで爆発が起こり、言葉がほどけてゆく。
「い、一体何が起こってるんだ!?」
「いや、会長。あーしに聞かれても知らんし」
自由になったオカ研の二人が騒ぐ。
「円ちゃんたちはあの二人を守ってて!あたしはこの世界を作っている妖魔を退治してくるからね!」
「あ、待て、ポンチョ!獲物は俺のものだぞ!」
夢想士二人が行ってしまい、円たちは仕方なくオカ研の二人を囲む形で、襲ってくる言葉や文章を斬り捨ててゆく。
「あの城みたいなところに、この世界の主がいるな!」
「待て、ポンチョ!俺の獲物だぞ!」
「何を愚かなことを。早い者勝ちだ!」
四月一日は舌打ちをして、とわの後ろを駆ける。相手がA+ランクの夢想士でも関係ない。四月一日も血を吐くような稽古と実戦で鍛え上げてきた。相手が上のランクでも遠慮するつもりはない。
「おっと、真打ち登場か」
とわの言葉に四月一日はハッとして足を止める。背後から無数の言葉が文章が飛び出してくる。四月一日は錫杖の先から電撃を放って文章をバラバラにする。
『お前たちは編集か?〆切はまだだろう?もう少し待ってくれ』
眼鏡をかけた青白い顔の男が、ボソボソと言葉を紡ぐ。
「なんだ、こいつは?ただの人間にしか見えねえ!」
四月一日は少し躊躇った。その隙をつかれ文章に身体を拘束される。
「くそっ、しまった!」
次々に文章が絡み付いてきて、身動きが取れなくなる。
「うぬう、畜生!」
とわは、飛んでくる言葉や文章を刀で斬り飛ばしてゆく。
「おいっ!あんたはもう死んだんだ!もう頑張らなくて良いんだ!」
『頑張らなくて・・・良い?』
「そうだ!あんたは見事に書き上げた!もう書かなくて良い!休んで良いんだ!」
『休んで・・・良い?そうか・・・俺はいつの間にか、やり遂げていたのか?』
「そうだ!やり遂げた。後はゆっくりと休め」
とわは緑のパワーストーンを足元に投げつけた。そこから植物の蔓が伸びて、この世界の主は雁字搦めになってゆく。そして、眼を閉じ、動かなくなった。その身体が萎んで消える。すると、四月一日の戒めも解けた。
とわは地面に転がる魔水晶を拾い、四月一日に向き直った。
「さて、行くか、少年。オカ研の連中を連れて行かないといけないからな」
「お、おう。ああ?命令するな!」
「あたしが命令しなくても、そうするんだろ?」
「ちっ!」
全く、食えない女だ。
必死に剣を振り回していると、とわと四月一日がやって来た。
「とわさーん!もう限界です!」
「ああ、もう大丈夫だよ。この世界は直に崩壊する」
そう言って近づいて来たとわは、勅使河原と栗花落の頭に手をかざして呪文を唱えた。
「急急如律令(きゅうきゅうじょりつりょう)!」
二人はふらりと身体を倒して気を失った。
「何をしたんですか、とわさん」
「記憶を消した。夢想士や妖魔のことは、一応秘匿されてるからね」
「「「いやいやいや!」」」
円と摩利、仁美は手を振って否定する。
「私たち、思い切り巻き込まれてるんですけど!?」
「まー、円ちゃんは視える体質だし。摩利ちゃんと仁美ちゃんは縁ってやつかな?」
「適当なこと言ってんじゃねーよ、ポンチョ!部外者を巻き込んでるんじゃねえ!」
「そういう少年も、円ちゃんたちの見ている前で本に飲まれたようだが?」
「あ、あれは不可抗力だ!」
話している間に言葉で作られた世界が崩壊してゆく。
「とりあえず、脱出だ!少年!」
「うっせー、分かってるよ!」
四月一日は錫杖で周りに円を描く。とわは呪符をばら蒔いて、人差し指と中指を唇に当て、呪文を唱える。
「急急如律令!」
円の脳裏に、安らかな眠りについた作家の姿が浮かんだ。
円たちは大成高校の図書室に帰ってきた。幸い、図書室に他の生徒はいなかった。
「はー、やっと帰ってこれたよー」
仁美はぐにゃりとその場に腰を下ろした。勅使河原と栗花落はまだ気を失ったままだ。
「さて、この本はあたしが供養しておくよ。君たちも安心して帰宅しておくれ」
とわはそう言うと、影の中に姿を消した。
「わあっ、お姉さんが消えちゃったよ!?」
「影移動だよ。とわさんの得意技」
円と仁美の武器と摩利の鎧はいつの間にか消えていた。
「くっそー!ポンチョめ!まんまと獲物を横取りされちまった!」
憤慨している四月一日は、立ち上がって地団駄を踏んでいる。
「あっ、円ちゃん!私たち靴のままだよ!」
「あー、結界に入った時は外だったから」
「先生に見つかる前に出よう!」
と言うわけで、円たちは急いで校庭のほうに走った。下駄箱より、こっちのほうが早い。
「先輩たちと四月一日くん、置いてきちゃったけど、良いのかな?」
「まあ学校の中にいるから誰かが見つけるよ。それより、カバンをとわさんのお店に置いてきちゃったけど、どうしよう?」
円が首を傾げた時、足元にドサッと三人のカバンが置かれていた。
「凄ーい!これ、宅急便始めたら儲かるよ!」
仁美の能天気な台詞に、円と摩利は顔を見合せ、苦笑を浮かべたのだった。
日が経ち、図書室の噂が忘れられようとしている頃、仁美は栗花落から新たな七不思議の話を聞かされた。
「知ってる?雲類鷲ちゃん。プールから現れるスクール水着の女生徒の話」
「えっと、栗花落先輩。プールですよね?いても不思議じゃないですけど」
「違う違う、普通の生徒じゃなくて、かつてプールで溺れて亡くなった女生徒の霊なんだってさー。もうすぐプール開きだから、こりゃオカ研の出番っしょー?」
円が言っていたが、七不思議では収まらなくなっている。
「早速、今日にでも調査だってさー。雲類鷲ちゃんも行くっしょー?」
「それは勿論、オカ研の名にかけて!」
こうして学習しない仁美たち、オカルト研究会のメンバーはまた、触れてはいけない案件に手を出す。円が預かり知らないところで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます