エッセイ『ネモフィラになれなかった私へ』

永久保セツナ

エッセイ『ネモフィラになれなかった私へ』

 私は14歳の時に小説を書き始めてから、かれこれ20年以上経過している。

 そのわりには経歴がサッパリだが、それを負い目に感じることもない。

 それ以前のほうがもっと酷かったという感覚がある。


 私が小説というものに出会ったのは、記憶が正しければ小学生くらいだと思う。

 生家にある親専用の本棚から、勝手に『三毛猫ホームズ』シリーズを抜き取っては読んでいた。

 学校の図書室や、福祉センターの図書室で本を借りて、とにかく読むのが好きだったのだ。

 文章というものを読むこと自体が好きだったのだと思う。なんなら牛乳パックに書かれた広告欄やキャッチコピーなどを読んでいて、親に「早く冷蔵庫に戻しなさい」と叱られたくらいである。

 小学生の頃は赤川次郎や星新一、中学生になると友人に勧められてダレン・シャンやハリーポッター、京極夏彦なども読むようになった。

 特に私の世代はハリーポッターブームが世の中を席巻し、当時の子供たちは「ホグワーツから手紙が来る」と本気で信じて魔法学校からの招待状を待っていたような時代である。


 それはともかく、私はもともと友達が少なく、小さい頃からひとり遊びが好きで、授業中も妄想ばかりしていてロクに人の話を聞いていなかった。それで人とつるまなくても済む読書に夢中になった。

 だが、自分で小説を書こうなどとはまだ考えたこともなかったのだ。


 転機が訪れたのは、中学2年になってからであろうか。

 国語の時間に、教師から「街の市民文芸に参加募集」という知らせが入った。

 とはいえ、中学生で文芸に興味を持つクラスメイトは少なく、このニュースはほとんどスルーされてしまう。

 一方の私は、「自分で小説を書くという選択肢があるのか」と、ここで初めて気付いた。

 これまでイラストや漫画を自作したことはあったが、読書感想文も作文もろくに書けない人間に書けるのだろうか?

 しかし、私は好奇心が強く、行動力の化身であった。

 早速、読書感想文用にストックされていた400字詰めの原稿用紙を前に、鉛筆を握る。


 結果としては、落選というか、そもそもカテゴリーエラーであった。

 市民文芸で求められていたものは私小説であったが、私が書いたのはファンタジー小説。

 そもそも私小説というものが何なのか全く理解していなかったのである。

 そんなろくでもない有り様だったが、国語の先生はきちんと私の小説を読んでくれた。


「応募要項には引っかからなかったけど、面白かったよ」


 それ以降、なんとなく小説執筆を続けている。


 とはいえ、私は小説以外にもフラフラと寄り道をしていた。

 私は創作と呼べるものには片っ端から挑戦するくせがある。イラスト、漫画、作曲(DTM)、動画制作、ゲーム制作などなど……。

 そのうちでも長くハマっていたものがイラストだった。これは小説より長く、かれこれ30年近くやっていたのではないかと思う。

 ただ、才能はなかった。決して上手くはない、という自己評価を持っている。少なくとも、お金になるほどの実力はない。無料リクエストであればそれなりに来るが、お金を取るとなると一斉に逃げていく。そんな感じだ。


 イラストに関しては、辛いことばかりではなかったが、楽しいことばかりでもなかった。

 高校の進路相談で「ゲームのイラストレーターになりたいから、専門学校に行く」というと、親も教師も慌てて止める。そのくらい自分の画力の低さに自覚がなかった。

 大学でも創作サークルで絵を描いていたが、「ゲームのイラストレーターになりたい」という話をすると、たいてい絵が上手い同級生にクスクスと笑われる。当時は理解できなかったが、今となると非常に恥ずかしい。

 あろうことか、その実力で就職活動も行った。ゲーム製作会社のイラスト試験を受けるという貴重な体験はできたが、色々と人生を棒に振ることになる。恥の多い生涯を送ってきました。

 最終的に、就活はことごとく失敗し、私はフリーランスでシナリオライターになる。結局のところ、私には文章の方が適性があったと気づいた時には遅かった。もしかしたらシナリオライターやプランナーなどで就活していればまた違う人生が歩めたかもしれないが、今更どうこう言っても過去はやり直せない。


 今はシナリオライターとして仕事をしながら、PBWでもショートノベルを書く生活をしている。

 嬉しいことに、2024年の3月に他サイトで初めて賞をいただいた。賞金もない小さな賞ではあるが、確かな自信に繋がる大きな一歩である。


 ネモフィラという花をご存知だろうか。花言葉は「どこでも成功」。この花には悪い意味の花言葉がなく、そういったところが私のお気に入りなのだが、私はネモフィラのようにはなれなかった。しかし、どの分野でも成功とはいかなかったけれど、自分の居場所を見つけて根を張ることができたのは人生において大きな意味を持つと思っている。


 ネモフィラになれなかった私へ。

 人生をずいぶん遠回りしてしまったけれど、私はようやく辿り着いた。これからは楽しく文章を書いていこう。浪費した人生を取り戻すように、私はこれからも夢中で書き続けるのだろう。


 そして、今日も私はワープロソフトと向かい合うのだ。

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