第34話 古代の本

 それから五日後、チッタの回復力は恐るべきもので、ガクの足が良くなってからは彼の力のおかげで、治療も一気に終わったようであった。三日も意識を失っていたチッタは目を覚ました瞬間「お腹が空いた! 肉が食べたい!」と言って相変わらずの元気でみんなを笑わせた。古代の文字の羅列の何が面白いのか、ガクは療養中ずっと例の古書を眺めていた。ある時神妙な面持ちで「みんなに話したいことがある」と持ちかけた。


「話したいことって?」


 一行は集まり、エリスが問う。クラリス襲撃の一件以来、彼女とガクは少しだけ打ち解けたようであった。


「ユイナとハルキさんが元の世界に戻る方法がわかったんだ」

「え、本当に!?」

「それ、読めたのか?」

「……読めるんだ、なんでかわからないけど、細かいところまで全部。まるで最初から知ってたみたいに」


 また一つ謎が増えた彼の言葉。砂遊びをしていたチッタは続きを促す。


「一体なにがわかったの?」

「ユイナたちが帰るためには世界の扉を開くことが必要だって言われてたろう? その方法がこの、カル・パリデュア遺跡の章に書いてあったんだ」


 ガクは例の古書を開いて該当の箇所を指差す。皆覗き込んだが、相変わらず理解不能な文字が羅列しているだけであった。


「これによると遺跡は九つあって、その本殿である儀式をすることによって扉が開くらしい。儀式に必要なものは薬草が数種類、ぺぺ砂漠の砂が少量、魔宝石を九片。そこまではいいんだけど……」

「ほかにはなにがいるのー?」


 ガクは少し眉を寄せていた。何か言いにくいことなのだろうか。結衣菜たちは彼の返答を待つ。


「……クワィアンチャー族とパリスレンドラー族。彼らがいないと扉を開けることができないらしいんだ」

「ん? それならガクとエリスさんがいるよ?」


 そうなんだけど、と彼は言葉を切った。


「パリスレンドラー族が問題なんだ。対になる二人、ないしは三人と書いてある。ということは……」

「クラリスの協力が必要不可欠ということね」


 ティリスの言葉に彼が頷く。


「そんな……」


 クラリスの協力。それは結衣菜たちにとっては無理難題のようなものだ。そもそもが神出鬼没な彼は結衣菜たちよりも遥かに強い。現にチッタが大怪我を負ったのだ。絶望的なその言葉に落ち込む結衣菜を励ますように春樹が肩を叩いた。


「大丈夫、きっとどうにかなるさ。……それはそうとして、カル・パリデュア遺跡は九つあるんだろう? 一体どこが本殿だってわかるんだ?」


 春樹の疑問はもっともだ。ガクが恐らくだけど……と、いつも首から下げているものを外した。彼が何かを首にかけているのは知っていたが、一同がそれを見たのはそれが初めてだった。

 円をかたどる金色の金属板。ところどころに穴が空いている不思議な形をしたそれは紐に繋がれてペンダントになっていた。


「遺跡の位置はクワィアンチャーの王位継承権の証であるペンダントに記される、と書いてある」


 彼が指差した古書の一説には先ほどのペンダントと酷似した模様が記されていた。


「王族? クワィアンチャーの王家の姓名はキュレン……もしかして、ガクは本当に……」


 ティリスの瞳は揺れていた。ガクは否定するように首を振った。


「俺が王族かどうかはわからない。でも、もしこれが本当にそのペンダントだったら、この呪文を唱えれば遺跡の位置がわかるらしいんだ。試してみる価値は、あるだろ?」


 彼は一呼吸おくと目をつむり、今まで聞いたことのない発音の言葉を発した。おそらく、クワィアンチャーの言葉なのだろう。彼が言い終えて少し経った。


「やっぱ、王族なんてことは……」

「ちょっと待って、これ……!」


 諦めてペンダントをかけ直そうとしたガクをティリスの手が制した。そのペンダントの端々から光が漏れ、赤く発光する。そして、まるでその光は文字を刻むように移動していく。


「ほ、ほんものだったんだ……」


 皆驚愕しているが、言い出した本人が一番驚いている。その光が落ち着くと、ペンダントの至る所に輝く魔宝石が姿を現した。


「これ、遺跡の場所?」

「ああ、恐らく。この真ん中のものが本殿だろう。まって、何か文字が……ソノ遺跡、……天カラ賜リシ……力ヲ祀ル。……王家ノ……血筋ヲ引カヌ者、……ソノ扉ヲ開ケルコト叶ワズ……?」

「王族以外は遺跡の扉を開けられないってこと?」

「ガクがいるから大丈夫だろ!」


 ニカッと笑った彼にガクは微笑んだ。

 こうして、結衣菜たちは元の世界に戻らんとする春樹を仲間に加えた。そして、まずは手掛かりの一つであるぺぺ砂漠のカル・パリデュア遺跡へと歩を進め始めたのだった。

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