第29話 なぜPaO2は100Torrなのか?

 非医療従事者である知人に尋ねられた。

「なぜPaO2は100Torrなのか」と。


 PaO2は動脈血の酸素分圧のこと。

 つまり人間の動脈 (artery) の中の血液がどれだけの酸素を含んでいるかを圧力表示したものだ。

 これがPvO2になると、それは静脈 (vein) の中の血液の酸素量ということになる。

 血液中の酸素の量を示す指標として酸素濃度というものもあり、そちらは%で表す。

 コロナの時に散々用いられたパルスオキシメーター、あの指先に挟むクリップで測定するもので、SpO2と呼ばれている。

 医療現場では酸素分圧と酸素濃度は両方とも用いられており、目的に応じて使い分けられているのが現状だ。


 Torrというのは分圧を示す単位の事で、mmHgとほぼ同じ意味になる。

 医療現場では、どちらかといえばmmHgの方を良く使う。

 今回はmmHgと同じものとしてTorrを用いる。


 ちなみに大気の圧力、すなわち1気圧は760Torrになる。


 で、知人の質問に戻る。

 つまり、動脈血の酸素分圧が100Torrなのはどういう計算によるものか、という意味だ。


 以下に彼の考え方を示す。

 大気圧は760Torrだ。

 そのうち酸素濃度は21%なので酸素分圧は0.21 × 760Torr=160Torrとなる。

 一方、肺動脈内の血液(実質的には静脈血)の酸素分圧は40Torrだ。

 肺胞において大気と肺動脈がガス交換を行うので、双方の酸素分圧を足して2で割る。

 つまり、(160Torr+40Torr)/2=100Torrになるはず、とのこと。


 しかし、これは根本的に間違っている。

 足して2で割ったら100になったというのは単なる偶然だ。 


 以下、本当はどういう計算になるのか、という事を示す。


 実際のところ吸気として取り入れられた大気は、たちまち湿度100%の気道に入っていく。

 よって、まずは体温である摂氏37度における飽和水蒸気圧47Torrを考慮しなくてはならない。

 つまり、大気中では760Torrが酸素21%、窒素78%、その他(アルゴンなど)1%の分圧になっていたところ、気道内では 760-47= 713Torr を酸素21%、窒素78%、その他1%の割合で分ける必要がある。

 その結果、酸素150Torr、窒素556Torr、水蒸気47Torr、その他が7Torrとなる。


 この気道内を通って肺胞に到達した空気が、肺胞壁を通して肺動脈血(酸素40Torr、二酸化炭素46Torr)と接して起きるのがガス交換だ。

 ガス交換は純粋に化学的な反応であり、拡散によって行われる。


 肺胞壁に分布する毛細血管に到達した肺動脈血内の二酸化炭素は瞬時に肺胞内の空気に拡散する。

 もともと肺胞内の空気には二酸化炭素はほとんど含まれていない。

 だから肺動脈血内の二酸化炭素は肺胞内の空気に拡がり放題だ。


 その結果、肺胞内空気の二酸化炭素の分圧は0から40Torrに上昇する。

 毛細血管内血液の二酸化炭素分圧46Torrと肺胞内空気の二酸化炭素分圧40Torrの間に微妙な差があるが、これは拡散の駆動力となる圧較差と呼ばれるものだ。


 肺動脈血から吸気内に拡散した40Torr分の二酸化炭素は50Torr分の酸素と入れ替わる。


 なぜ40Torrと50Torrという差があるのか?


 これは呼吸商を0.8と仮定しているからだ。

 呼吸商は酸素1個が何個の二酸化炭素と入れ替わるかという数値になる。

 こいつは摂取食品(=呼吸基質)に関係し、炭水化物なら1.0、蛋白質なら0.8、脂肪なら0.7となる。

 そのため草食動物の呼吸商は大きく、肉食動物のそれは小さい。

 人間は雑食なので、実測値からも理論値からも呼吸商は0.8とされている。


 というわけで、二酸化炭素40Torr分と交換された酸素50Torr分を気道内吸気の酸素分圧150Torrから引いて、呼気内の酸素分圧(=肺静脈内の酸素分圧)は100Torrと計算できる。



 そんな事を書いて彼にメールで送ったのだけど、理解してもらえただろうか。

 筆者自身、このような事を常時考えているわけでもないので、1ヶ月後には忘れてしまっているだろう。

 その時には再度この文章を読んで理解に努め、分かりにくい表現があったら分かりやすく書き直そうと思っている。



 

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医学勉強ノート hekisei @hekisei

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