夢幻の如く

「魔王波旬ハジュンだって⁉ いい加減なことを言ってんじゃないよ」


「兄様は! そこにいた者をどうしたのですか」


 紅玉こうぎょく碧玉へきぎょくの二人は魔王の圧に屈することなく自我を保つことができた。依然としてアレッサスから放たれる異次元の存在感には脅威を感じるものであるが、彼女らの物言いは平常時のそれと全く変わらないでいた。


「ほう、我を前にしていささかも怯まずおのが意を貫くか。蒼穹の覇龍がその身を託しただけのことだけはある……」


 アレッサスの胸部が駆動した。それは脱出用のブロックであり、これが切り離されると飛行艇となる。ブロックに収納されていた操縦席が引き出されると、開口部のハッチが開かれた。

 そして座席にいた人間が立ち上がり、龍の姉妹が見ている前でゆっくりとヘルメットを外した。


継之助つぐのすけ!」

「兄様!」


 二人にとっては十年ぶりとなる継之助、ケンプ・アメミヤの姿があった。しかし彼女達は見抜ている。あれはたしかに本人に違いない。だが、その中に入っているのは全く別の意識であると!


 ケンプが笑みを浮かべた。「ご満足していただけたかな、姫君達よ……」


「これは情け深い魔王様! 貴方の御慈悲にすがりまして、その者の身柄を中身と一緒に身供みどもの元へお引渡し願えませんでしょうか」


 ケンプの姿を借りるハジュンは顔を手で覆い、くっくと笑った。


「思えば其方そなたらが我が要塞に乗り込んだは、この者を奪還することであったな……。では、この我とアレッサスを力で屈服させてみせよ……。されば其方らは本懐を遂げることとなろう」


「へへへっ、言ってみるもんだね!」


「ああ待って、姉様……」


 碧玉が止めるのも聞かずに紅玉はアレッサスに向かって豪快に炎を噴きだした。続けて火龍の背から無数の火球が打ち上がり、それらは各個に標的を認識して飛んでいく。

 この波状攻撃で生じた閃光は夜空を派手に照らし、凄まじい爆発と衝撃を連鎖させた。

 碧玉は仰天した。


「ばかばかばかっ、何てことしますの! 兄様まで一緒に吹き飛んでしまいますわ ‼」


 妹に大声を出されて攻撃を中断する紅玉であるが、これは敵への効果を確認するためである。「やはりね! これで膝を屈してくれてりゃ、儲けた話だけど」


 碧玉は敵に視線を移した。煙幕が薄れて鮮明になるアレッサスの姿は攻撃前と何ら変わらず、胸部に立つケンプに至っては微動もしていない。敵機の魔力障壁が魔王の力でさらに増強されたのか。

 碧玉とて通り一辺倒の手段で何とかなる相手とは考えていないが、紅玉の攻撃を無傷で弾く障壁は侮れない。


「いいや、清浄なる水龍よ……。あと少し攻撃が続いていれば危ういところであったぞ……」


「――っと」


 頭の中を覗かれたのかと思い、碧玉の心臓は一瞬大きく脈打った。それと同時に魔王が言葉の中に呪文を含ませていることに気が付いた。


 碧玉は幼い頃から虚弱な代わりに高い魂力ヴェーダを持ち、古今東西の術式に明るい。例えば幻術や暗示を仕掛けるには、相手が驚いた時などに生じる心の隙を利用することが効果的とされる。


 ハジュンが碧玉に使った術式もこの類いであり、これに抵抗するには心をたいらかにし、術者につけ入る隙を与えないことが肝要である。

 幸いなことに碧玉はこの手の術を十八番おはことしており、ケンプを容易く手玉に取る程度に素養があった。


「なんと、我が術式を跳ねのけるとは見上げた精神力よな……。正直なところ其方らのことは所詮機罡獣きこうじゅうのまがい物と過小に評しておったのだが、なかなかどうして。これは改めて向き合わねば失礼になろう……」


「こいつ、言ってくれるじゃないか!」


「兄様は必ず返していただきます」


 ふっ、とケンプが笑みを浮かべるとヘルメットを装着し、操縦席のハッチを閉める。直ちにせり出していたブロックが本体に収納され、魔力マナモビルの各駆動部に魔力が伝達されていった。アレッサスの目が爛々と輝き、手に持った剣がガチャリと音を立てた。


「では、参る……」


 空気が揺らぐのを碧玉は感じた。次に、音が爆ぜた。圧縮された空気が動く壁となり、強烈に叩きつけられたのだ。


「こ、これは衝撃波 !?」


 そして目の前にいたはずの魔力モビルが自分の後ろに立っていることに気が付き、大いに驚いた。


「な、なんて速さなの……。姉様、気を付けて――」


 碧玉は目を疑った。烈焱の火龍の長い体が半分のところで真っ二つに切断されており、力無くバラランダに落下したのである。思わず姉の名を叫びそうになる彼女の喉元に天魔滅神剣アスラシャストラムの黒い切っ先が突き付けられた。(龍の体であるが)背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

 アレッサスの顔が笑う。


「おっと、これはいかん……。我も実戦で剣を振るうなどは久しぶりのことであるでな。今一つ力の加減が疎かであった……」


 余裕からか碧玉に向けられていた剣をすっと外すと、そのまま消し去った。


「ふふふ……このままでは勝負にならぬ。我が手心と受け取ればよい」


「その慢心があなたに敗北をもたらすのですわ」


「むっ」


 アレッサスの周囲が氷の世界に閉ざされた。空が荒れ、氷河期の到来かと激しく氷雪が吹雪いて機体に細かくぶつかる。清浄なる水龍が召還する極寒の結界だ。

 絶対零度に近しい氷の世界は魔力マナモビルを容赦なく凍てつかせ、たちまち分厚い氷の中に閉じ込めた。


「この巨体を凍らせるとは大した魂力ヴェーダであるな、碧玉よ……。其方の力、魔戦士ディアゲリエであれば少なくとも第五段階に匹敵しよう。だが、我は第六天魔王。この程度では枷にならぬが……?」


 機械の腕が氷中で力を込めると、たちまち内側から生じたヒビが氷の表面にまで達した。ひとつ、そしてまたひとつとヒビは割れ目を増やしていく。


「魔王波旬ハジュン。極低温に冷やした物体に超高温の攻撃を加えたら、どうなると思いますか?」


「……!」 異変を感じてケンプ(ハジュン)は周辺を見回した。確認したいのは先程真っ二つにした赤い龍の亡骸だ。

 ところが、これがどこにも転がっていない。


「……‼」


 いや、正確にはアレッサスのすぐ背後に赤い龍は姿で浮かんでいたのだ。「ま、まさか……! 第六天魔王たる我が、幻術を見せられていたというのか……⁉」


「夢、まぼろしの如くってね! 二度と第六天から出て来るんじゃないよ、波旬!」


 紅玉から放たれた灼熱の炎はすべての氷を一瞬で融解させ、大量の水蒸気に変えた。この時に起こった爆発的なエネルギーの拡散たるや要塞の外観を変形させ、大質量のバラランダを刹那浮かせてしまう程の威力があった。

 いかに強固な魔力障壁を備えたアレッサスであろうと無事で済むはずがなく、障壁ごと全身を吹き飛ばされた。


継之助つぐのすけ

「兄様」


 そして爆心地で姉妹龍たちの前に浮かんでいるのがアレッサスの脱出ブロック。これは非常に頑丈に作られているので、爆発にも無傷であった。操縦席を覗くと、意識を失って座る継之助ケンプがいた。

 碧玉は達成感から涙が出そうになるのを必死でこらえた。さあ、兄様。みんなで一緒に帰りましょう。






「などとうつつを抜かしているわけではあるまいな……」


「えっ」


 碧玉が最後に観たもの。それは両断された赤い龍の体。そして自分の喉元を貫く魔王の黒い長剣。

 ――こ、これは一体……。まさか、今までのはすべて夢? 幻⁉ そ、そんな……


「我こそは魔力の権化なり……。人間が魔法と呼ぶものすべてが我の力の一端に過ぎぬ。多少の素養があったところで抵抗しようなど、片腹の痛い話よな……」


 アレッサスが腕を引くと、青い龍の体はずるずると力なく床に突っ伏していった。赤と青。二体の龍の機罡獣がバラランダに倒れた。

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