その心意気や良し
アレッサスの操縦桿を握る手に力が入らない。強化服の下は汗でずぶ濡れであり、通気性の悪さと相まってケンプはじめじめとした不快感の中に漬け込まれている気分だった。
機体の出力は著しく低下している。右腕は結合部の破損で外れてしまっており、脚部にも不具合が生じている。自動姿勢制御装置は機能しているが、アレッサスはまともに歩けない有様だ。各部位に動作を伝達する
装甲の厚さは定評通りで炉心周りは無事であったが、各武装も一部を除いて弾もエネルギーも枯渇した状態。唯一残された
ケンプが龍の姉妹と死闘を演じて分かったことがある。碧玉が圧倒的に強い。思えば
いずれにせよ、今の状況は非常にまずい。このまま敗北すれば……。
「……
(いや、まだだ。おれだって腐ってばかりいたわけじゃない。死ぬほど辛い訓練だってやってきたんだ)
「
(その心意気やよし、なのですわ。最後まで希望を捨てないところが兄様の美点です)
「
(馬鹿言ってんじゃないよ! ありゃ単に強がってるだけさね)
ぐぬぬぬっ。ケンプは十年間ポロランドで過ごしているので公用語であるザクセン語を、それで夢を見る程度に習熟している。これなら姉妹にも理解できないだろうと踏んでザクセン語を使ったのに、彼女らは語学能力も堪能だった。恥ずかしさで顔面が紅潮し、心がえぐいほど削られた。
「ほらほら、つまらない意地を張ってないでさっさと降参しな」
「へ、へへっ! 生憎とおれはまだ倒れちゃいねえぜ」
威勢を示すが、引かれ者の小唄。それを本人が最も自覚しているのだから嫌になる。まずい。このままアレッサスが落ちれば、ポロランドの国民が、仲間が、そして母が……。
「ほほほ、苦戦をしているようだな少尉」
「テリヴルヒ ⁉」
魔窓から天元術士の声がした。「ここまでよく頑張った。あとはこちらに任せ、君はⅡ号機の第二操縦席へ移動したまえ」
「あ、ああ。そうさせてもらう」
第二操縦席とは要するに脱出装置である。Ⅱ号機(胴体)から炉心を含むブロックごと操縦者を分離、射出する。
ブロックは射出後に飛行形態へ変形するので、これで戦場を脱するのだ。
ケンプはテリヴルヒの指示に多少の違和感も覚えたが、死中求活の思いが勝って迷わずに操縦席下部のレバーを引いた。直ちに床が左右に開き、座席が垂直降下を始める。移動装置が搭乗者を目的地まで運ぶと、室内に明かりが灯った。
すべての機器が正常に働いていることを確認すると、ケンプは脱出装置の封印を解除してボタンを押した。
「……あれ?」
もう一度押す。さらにもう一度。何度やっても装置が作動しない。「おい、テリヴルヒ! 脱出できない。何とかしてくれ」
天元術士の力なら操縦席にいるケンプを安全な場所まで瞬間的に移動させることもできるだろう。
だが魔窓から響いた声は非情だった。「私は君に第二操縦席に移動するようにと達しただけだ。脱出は指示してはおらぬ」
「なんだと⁉」
「だが、任せろとも言ったはずだ。何の心配もいらない……」
憤慨するケンプの体に座席から拘束具が伸び、腰も首も両腕、両足もがっちりと捉えられてしまった。突然の拘束に驚き、罵詈雑言の限りを尽くして
(戦士よ、甦れ。すべては魔王のために。御心のままに)
「こ、これは……なんだかやばい!」
気が付けば操縦席は真っ黒い瘴気で満たされ、それは明確な悪意を伴ってケンプの目、鼻、口、耳、全身の毛穴を通して彼の身心に侵入した。
「がっ、ぐごああああっ、おぅ、おおおっ!」
想像を絶する恐怖に襲われて絶叫するケンプだが、その声が外に漏れることはない。悪意は欲望のままに彼を凌辱し、蹂躙した。
一方で外で様子を伺う龍の姉妹は魔力モビルの異変に顔を見合わせていた。
「なんだい、急に大人しくなっちまって……おおい、ケンプ! 継之助! 観念したのなら素直に出ておいで!」
「待って姉様……。少し様子がおかしいのですわ」
二人が見ている前でアレッサスの魔力炉心は黒い波動を発しながら起動を続け、エネルギーを
アレッサスの眼が光を放った。
「な、なんですの、この異常なまでの
「あいつめ、勝てないからって
魔力モビルが異様な気配で再起動する様は龍の姉妹を十全に警戒させた。すっかり萎えていた戦意が禍々しい殺気を伴って肥大化しており、アレッサスの破損した箇所が超常的な力で復元されていくのだから只事ではない。
バラランダの甲板に転がっていた右腕が独りでに浮かび上がって本体に結合されると、この巨人兵士の顔を覆っていた
この声たるや鼓膜を直撃するけたたましさで、龍の姉妹でさえ仰け反らせてしまう音量は笑えない。
「まったく、こんな大声上げるほど継之助はあたしらと一緒に来るのがイヤだってのかい」
「ともかく、あの機体は尋常ではありません。溢れる力を抑えるだけでも操縦者は相当の負担のはず……、私は大変に心配ですわ。早く兄様を引っ張り出しましょう」
咆哮後のアレッサスは口を真一文字につむぎ、剣をだらりと提げた自然体で屹立している。あれほど増幅した殺気が今では感じられず、それが逆に不気味であった。
「やれやれ、骨が折れそうさね!」
「底の知れない相手ですが……やるしかありませんわ」
「
(その心意気や良し……)
「──!」
不意にアレッサスの口が開き、まるで人間のように会話を投げ掛けてきたのだ。唖然とする龍の姉妹だが、緊張の高まりは抑えられない。
それほどの圧力を感じて戦慄した。
「あんた、一体何者だい!」
「勇壮なる龍の巫女には初めてお目にかかる……。我名はハジュン。第六天魔王にして魔王軍ヴァイダムを統べる者なり……」
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