魔王軍ヴァイダムの軌跡

 新世紀一〇二七年の春、魔王軍ヴァイダムは突如として世界に対して宣戦布告を発する。これにてポロランド王国が一日で陥落したのは先に述べた通りだが、魔王軍が最初にこの国を狙ったのには理由がある。それは同国を世界一の経済大国にまで成長させた魔法の大工廠、旧世界における魔王軍と機罡戦隊との戦争時には兵器開発の五割近くを担った工業地帯バラランダの奪取が目的だった。

 この世に再び魔力が灯った時、最初にこの場所を調査した人間はバラランダの表層的な部分だけを見て満足し、この大工廠に秘められた真の姿までは見抜けなかったのだ。


「バラランダの統括者バラズゥクよ! 一千年前に我が手によって封印されたその姿、魔王ハジュンの御心を鋳造するその力、今こそ再び目覚めよ」


 ポロランドを制圧したルシファリアが虜囚となった国王を連れて訪れたのが大工廠地帯の一角にある崩れた神殿であり、国王の目の前で魔王軍の首魁は自身の得物である白玉剣アラバスター・メーザーを祭壇のあった箇所に突き立てた。すると大地が揺れ、ゴゴゴ、と地響きと共に地面そのものが激しく隆起していった。しばらく続いた地殻変動の後、バラランダは魔王軍の移動要塞としての姿を一千年ぶりに現した。しかしポロランドの王は自分のいる地面が空に向かってせり上がっていく実感はあったが、あまりの規模の大きさに、その外観の変化までは到底把握ができなかった。

 だが、祭壇がガチャガチャと変形しながら人型に変形していくのは驚嘆しながら見ていた。人形は自身に突き刺さった剣を抜き、それを恭しく幼女の前にかしずいて返還した。


「おお、ルシファリア! 魔王ハジュンの御子よ。バラランダの統括者、機械公爵バラズゥク、今ここに甦りましてございます」


  魔王軍が崩壊し、世界から魔王ハジュンの力が失われていく最中、ルシファリアは捲土重来けんどちょうらいを期し、この地に封印を施して魔王軍の技術が散逸することを防いだ。その際、一緒に眠りについたのがバラズゥクであり、彼は戦いで滅びた自らの体を機械に代えてまで魔王ハジュンに帰依し、機罡戦隊への雪辱を誓った。


 実は、ルシファリアはバラズゥクの元の体であった魔戦士とはいろいろと諍いもあった。だが魔王軍存亡の折にそのような私怨を引きずっている場合ではなかった。


「うむ、バラズゥクよ。旧世界ではお互いいろいろあったが、新世紀にまで持ち込む野暮もない。大いに期待しておるぞ」


「有難きお言葉ながら、現在バラランダの工廠部はともかく、駆動部は長年放置されていたため激しく劣化しており、尚且つ現状では魔力が足りません。これではとても移動要塞としては役に立ちませんが」


「ふ、ふ、ふ。聞いたなポロランドの王よ」


 すっかり腰を抜かしていた王は突然自分に話が振られ、恐怖にかられながら答えた。「わ、私に何をしろというのだ」


「王権を以て大動員令を発し、ポロランドの全国民をバラランダの改装に従事させるのじゃ」


「バカな、そんなことができるはずが……」


 バラズゥクの機械仕掛けの眼球がギラリと光るや、ポロランド王の体は目に見えない力に幾度となく激しく打ち据えられ、王は悲鳴を上げてその場に突っ伏した。そこにルシファリアの冷たい声がかぶせられる。


「貴様に拒否権はない。ただただ、我らの命ずるままに働け」


 こうして魔王軍の移動要塞建造のためにポロランドの民は塗炭の苦しみに見舞われ、バラランダの改修作業が開始された。この間、ヴァイダムは周辺国に対して一方的な戦闘と高圧的な外交を繰り返した。


 各国もヴァイダムの侵略に手をこまねいていたわけでなく、反撃を試みはしたが、魔戦士の圧倒的な戦闘力の前に手痛い反撃を受けて屍の山を築くばかり。それ以上に深刻だったのは、世界に魔法技術を提供してきたポロランドが魔王軍に掌握されたことで、魔力に依存したインフラが枯渇して国民生活にじわじわと支障が出始める。


 ポロランドと西に国境を接していたのがルクセイア王国であり、この惨状に震えた王国は戦わずしてヴァイダムとの間に和平を結んだ。

 このニュースは西方社会オクシデントのみならずエーテリア大陸全土に衝撃を与え、これを皮切りにヴァイダムの軍門に下る国が続出した。


 この流れに歯止めをかけるべく、西方社会の中で大きな国力を持つランス共和国とグランディア連合王国は互いに連合して魔王軍に対抗し、これ以上ヴァイダムへ勢力均衡パワーバランスが傾くのをけん制した。特にルクセイアの隣国であったランスはいち早く軍隊を展開させ、国境付近に配備することで対決姿勢を強固に周辺国へ知らしめた。

 ルクセイア内に残る抵抗軍ヴィーダースタントを援助しつつ、連合軍と魔王軍(及びその枢軸国)による対立は日増しに緊張の度合いを高めていき、再びエーテリア大陸に戦乱の嵐が吹き荒れることを予感させたのである。


 そして冬を迎える頃になって魔王軍はランスの要衝である巨人城砦マージを攻め、結果的に撤退を余儀なくされはしたが、連合軍が対魔王軍用の切り札として準備しておいた機罡獣を手に入れることに成功した。


 ここまでがヴァイダムが宣戦布告してから約半年の間に起こった出来事であり、現在バラランダは巨大な履帯を回しながらルクセイア王国を横断し、ランスとグランディアの連合軍が駐屯する戦地へ向けて前進している。

 その移動要塞の上部にそびえたつビル群の中、一際高く、バラランダの艦橋の役割も果たす中央司令本部棟の大会議室で、今後の戦略会議が開かれていた。


「ジャニンドー! 前へ」


「は、ルシファリア……」


「!」


 シェランドンのすぐ横から黒人の男がすっと前に出た。上質な素材で織られたであろう黒い衣服に身を包んだ男であり、縮れた髪は短く、顎の下から整えられた髭が耳の前を通ってつながっていた。まるでどこかの貴族か王族だとシェランドンは冷めた態度で睨んでいたが、よく見ると男の腕にはそんな雰囲気にそぐわぬ、まるでマンガの登場人物を象ったような人形が吊るされているのが気になった。


「冥甲星・黒豹騎ギルバン」


「うおっ」


 さらにシェランドンの横から袈裟を着た大男が素通りしていった。隣にいるギラザンガの横にはいつの間にか派手な格好をした女がいて、彼に色目を流していたが大男に促され、ぶすっとした表情を浮かべながら一緒にギルバンの横に並んだ。


「冥暴星・破戒僧兵アロウィン」


「冥猟星・兎狩とがひめグリンセル」


 三人はルシファリアと機械公爵夫妻の前で膝を折って敬意を捧げた。「我ら魔王軍第二十六師団ジャニンドー、ここに」


 なんだ、こいつら! まずシェランドンが驚いたのは自分に一切の気配を感じさせることなく、容易く背後を取られていたことだ。黒人はともかく、あんな目立つ大男と女がいつの間に後ろに立っていたのか。


「ヴァイダムの諜報活動はほとんどあいつらが担っているから、気配を消して忍び寄るなんてことはお手の物だ。お前も油断してヤバい情報を盗まれないようにするんだな」


「……」


 そう言うギラザンガの頬には真っ赤なキスマークが付けられており、にやりと笑っていた。

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