第5話 迷い子と導く者

 会議室の後片付けを終えたアルマが退室すると、フェートが廊下の窓から外を見ていた。


「あら、どうしました?」


「ああ、自室までの戻り方を忘れてしまって、申し訳ないが案内してもらえないだろか」


「わざわざ待って下さったのですね、声を掛けて下されば良かったのに」


 そう言いながら歩き始めたアルマにフェートも続く。


 次に案内したいスポットの話など、他愛の無い会話をしていると直ぐに部屋の前に到着した。


「また何かあれば、遠慮なく声を掛けてください」


「助かる…それなら、ついでという訳では無いのだが会議中に、わからない単語が有ったので教えて欲しい」


「なんですか?」


「迷い子という言葉なのだが、迷子とは違うのだろうか?」


 聞いて欲しくなかった不意の問いに、上手く反応できずに言葉を詰まらせながらも、返答に試みるアルマの誠意を分かった上で利用する事に、フェートもリスクを感じていた。


 ただ、この確認はフェートがこの世界でどう立ち振る舞うべきかに必要不可欠な情報であった。


「中に入ってもいいですか」


 フェートが扉を開け、入る様に促すとアルマは明かりを点けながら入ってくれた。


 フェートは急かしたりせずにアルマが話し始めるまで、設定された上限値いっぱいの柔和な表情で待っていた。


「迷い子というのは、マナが使えない人達の…なんて言えばいいか…その、あまり良くない呼び方です」


『やはりか』

 アルマはぽつぽつと、言葉を選びながら説明してくれた。


 その説明よれば表面上は病気として扱い、症状に依っていくつかの等級に分けて管理しているらしい。


 ただ残念ながら、多くを人が差別的に見ているのが現実の様だ。


 星の恵みであるマナの恩恵を得られない、それはこの星に迷い込んだ部外者であり、この星に愛される事のない哀れな存在だと見下されている。


 確かに、マナが人間に与える恩恵は優れたもので、使えない人間との差が果てしないことは容易に想像できる。


 我々の世界で電気を間接的にでも使えない者がいたら、同じ様な扱いを受けていただろう。


「それで、私は3等症ということになるのだろうか」


「いえ、その…すみません」


「アルマさん、貴女を責めるつもりはありません。ただ、私のような存在がこの世界でどう立ち振る舞うべきか、その確認がしたいだけなのです」


「マナの…マナ受容体自己免疫疾患の方でも、フェートさんの様にマナの影響を、全く受けないというのは聞いたことが無いので…」


「それでは、石や金属の様な物にも反応するのですか?」


「はい、物によってまちまちですけど、基本的にマナ受容体のある生き物の方が影響は大きいらしいです」


『無機物にも反応するのか』


「すみません…せっかく力を貸しに来ていただいたのに、軽蔑しますよね」


「そんな事はない、こちらの世界にも差別はまだまだ残っている」


「解決出来たものもあるんですか?」

 前のめりに聞いてくるアルマの姿には、罪悪感が漏れ出ていた。


「飽くまで、母星系の恩恵を受けた枠内における、社会構造規模の話ではあるが、我々の世界では人類は差別を無くすために、差別を受け入れ排除した」


 私の矛盾した物言いに、アルマは困惑した表情を浮かべていた。


 我々の世界では、多様な遺伝子が人間社会を複雑な構造にし、強靭で柔軟な文明へと進化させていった。その構造的差異を否定すると言うことは、人という生物そのものを否定することになる。


 長い時間をかけて、差異を許容した上で排除すると結論付ける事が出来た人類は、最終的に忍耐と言う手段に依って解決しようとした。


 人類は自らを縛り上げ、差別から攻撃性を奪い取り、その対象を保護した。


「そして科学が進歩するのを、我々が解決してくれる事を、人類ただ待った」


「…それは、どうなったんですか?」


「例えば、Genetic engineeringの進歩が先天的弱者を排除し、Cybernetic Organismが後天的弱者を排除した。多くの身体的制約から開放された人類は、歪んだ平等性から開放されていった。そうやって差別される対象を、文明から排除していったのだ」


「すみません…良く分かりませんでした」


「いや、私の伝達能力不足だ。どのみち、これは他者から強いられて解決出来るものではない、あなた達が自ら克服すべき問題だと思う。もちろん助言ならいくらでもするが、我々も全てを克服出来たわけではない。信仰や階級差別などは根強く残っている」


 それに、身体的制約から解き放たれた人間と、それを享受できない階級、遺伝子や肉体に手をいれることを忌避する派閥とで新たな対立が生まれたことは、今は言うまでもまい。


「そうですね、誰かに言われて簡単に変えられるなら、こうはなってませんよね」


 繊細な問題だったが、文明差による認知の壁が高かったせいか、これ以上は話が進まなかった。


「長々、引き止めてしまってすまなかった」

 アルマは大袈裟に首を振り、フェートの部屋を後にした。


 数日後、あれからアルマとの関係は変わった。


 出会った当初は、異世界からの訪問者への単なる好奇心が強かったが、コミュニケーションを取るに連れ、それだけでは収められない相手だと認識された様だ。


 関係が良好となったからか、連日と街へ連れ出されている。


「フェートさん、次の場所はですね…」


「すまない、そろそろ時間だ」


「ああ、夕方からシュウゲンさんと会う予定でしたっけ?」


「組手をしたいそうだ。それと、明日から落涙草の除草作業を手伝う事になった」


「えっそうなんですか。フェートさんに見せたい場所がまだいっぱい有るのに…」


 アルマとしては、この世界の事をフェートに少しでも多く知って貰い、様々な助言を求めるつもりだった。


 その証拠に、連れて行くスポットからモコモコやふわふわが大分減っていた。


「休みの日は、アルマさんに開けておくのでそれで許してください」


 苦笑いを浮かべ、約束を取り付けられたフェートは協会支部へと戻って行った。


「フェートさん、こっちです。ってアルマも来たのか」


 協会支部にある中庭には芝生が敷かれた広場があり、多目的な用途で使えるように整備されていた。


 訓練施設は他にあるが、施設利用の申請やわざわざ行く事が面倒な為、軽い組手や小規模術式の練習など良く行われていた。


 職員が休憩する際の娯楽になっていたり、意見交流の場になっていることから、施設管理課の人間も基本的には見て見ぬふりをしている。


「わざわざ、時間を作って貰ってありがとうございます。俺は準備出来てるんで、フェートさんも準備出来たらお願いします」


「では、やりましょう」


「もういいんですか?じゃあ、手の平を出してもらっていいですか」


 フェートは言われた通りに、手を出すと小気味良い音が中庭に響いた。


「これくらいでどうですか?」


 頭部、顔面、その他の急所は寸止め。力加減はこれくらいだという、シュウゲンの提案に了承し構える。


 フェートは複数の近接格闘術をインストールしており、相手の出方に合わせられる高い対応力を持ち合わせていた。


 残念ながら今は謎のロックが掛かっていて、使えない状態だが。


 基本スタイルである東郷流アンドロイド式古典格闘術の構えをとる。


 これは元々、サイボーグに対する防御術として生まれた武術だったが逆転的応用がなされ、ロボット特有の可動域の広さと、単一部位でも高出力であるということを生かした格闘術へと進化したものだ。


 本来、ロボットに利き手という設定は無いが、フェートはとある仕様から右利きの設定になっており、右手を引き左手を前に構え、拳は握り込まない。


『…』

 フェートの構えは、よく見るスタンダードなものだ。


 であれば、本人固有のものから動きを読む。例えば、呼吸の切れ目や瞬きの間、体捌きにおける力の偏りなど。


 しかし、フェートはそれらの生理的反応を一切見せない。なんの変化も見せずに、こちらをジッと視ている。

『フェートさん、息…してる?』


 間合いを変え、誘ってみるものの変化はない。


 シュウゲンは殺気とは違う、不気味な違和感に気圧されながらも、いつまでも様子見では来てもらった意味がなく覚悟を決める。


「いきます…ッ」


 間合いを一気に詰め、鋭い一撃を繰り出す。


 先ずは一撃。フェイントも無しの正面からの拳打は軽く躱される。


 フェートはこちらの引き手を、払う様に掴もうとしてくるので、腕を内側に捻り入れ拒否する。


 一連の流れがお互いに段取りの確認となったのか、そのまま間合いを取ることなく一気に手数を増やす。


 攻めるシュウゲンに対して、受けるフェートという構図となった。


 シュウゲンはコンパクトで、隙の少ない連撃を意識した掌打を、時には蹴りを交えながら放っていく。


 地面を蹴る軽やかな音と、濁りのない打撃音が中庭に響き始めたことで、建物の中から二人を眺める者が現れ始めた。


 新参のフェートに興味がある者や、ただの暇つぶしに見ていた者もいる。


 フェートとしても、ついでに力の誇示をしておけば、後の人脈作りに役立つであろうと思い、周囲の人間に眼をやっていた。


 もちろん、シュウゲンから視線は外しておらず、今も大振りの一撃を受けてあげたところだ。


「思った通りだ…フェートさん、良ければもう少し上げませんか?」


 フェートはギアを更に上げる事を了承する。シュウゲンの期待に満ちた瑞々しい眼差しに断れなかった…訳ではなくとある懸念点に関わるからだった。


 フェートの望み通りに、ギアを上げていくシュウゲンの攻撃はスピードや手数にパワーを乗せる事を意識したもので、だから組まれるのを先程から嫌っているのだろう。


 シュウゲンは上半身を回転させしっかりと打ち合い、フェートの反撃はスウェーで引きながら、内膝を踏み落としにくる。


 フェートは膝関節を打ち抜かれないように、脚を上げ脛で受けると同時に外向きに弾いてやった。


 体制を僅かに崩しながら、バックステップで一旦距離を取るシュウゲンの顔には驚きと歓喜がにじみ出ていた。


 シュウゲンは自分の持ち味を封じられない様に、対応手段も身に付けている。それに、組手の加減した力だから出来る反撃を安易にせず、実践を想像したやり取りを要求してくる。


 彼が一目置かれているのは、実力だけでなくこういった姿勢にもあるのだろう。


 であれば、この世界における自身の強靭さを測る為、受け身にまわっていたが、これでは少々不誠実だ。


 フェートは徐々に反撃のペースをあげ、更に自身からも手を出していった。


 攻守が目まぐるしく変わり、拳と腕、足と脚が激しく打ち合う中でフェートはこの組手のゴールを決めていた。


 幾度もの打ち合いの中、少しづつシュウゲンの身体が開いていく様に仕向けてやる。すると狙っていた左軸足が孤立する。


 ここで仕掛ける。シュウゲンの放った右ストレートを受けずに交わし、顔面狙いでアッパー気味の右フックを際どいタイミングで入れてやる。


 シュウゲンであれば…期待通りに肩で受け、間に合う。


 シュウゲンにダメージは無い。


 しかしこれは、防御に間に合ったからではない。そもそも打撃狙いではなかったからだ。


 フェートはシュウゲンの肩を掴み、直ぐさま身体を内に押し入れ、左軸足を内側から刈りに行く。


 柔道でいうところの大内刈りの様な体勢にもっていった。


 シュウゲンは左足を刈られ倒されない様に、上半身を起こしながら後方に引き、左足を一歩引く。


 そして、肩を掴んでいるフェートの手をを振り払う為に、そのまま更に上半身を後ろに流しつつ反時計回りに腰を捻り、その回転の勢いのまま後ろ回し肘打ちを入れるつもりだった。


 だが、そうはならなかった。


 なぜなら今、目の前にフェートの姿はない。


 シュウゲンの回転に合わせて、後方へと回り込まれその勢いのままに、文字通り頭を抑えられてしまった


 シュウゲンの肩を支点にした無駄のない移動術は、妨害するどころか認識すらままならなかっただろう。


 それならばと、シュウゲンは掴まれた肩から感じる握力の微妙な加減から、次の一手を読む事に集中する。


 フェートの姿を確認する暇などもちろん無い。完全に主導権を取られてる以上、相討ち狙いの反撃など通らないだろう。


 避ける…どこに?どの方向に向いても、頭上に二人の支点を作られている以上、先に動いてしまえば簡単に追撃されるだろう。


 であれば受けるしかない。


 こんなにも、身体を点と点で重ねられ、頭上を取られることが不利になるなんて思いもしなかった。


 空間的制限がないフェートに比べて、こちらは地面と重力に押さえつけられ、厳しい状況だ。


 フェートは今、後方に回り込む勢いのままに肩の上で倒立し、自分と同じ方向を向いている事は分かる。


 であれば、フェートはそのまま前方に倒れ込み肩を支点に回転し、折りたんだ膝を頭部か腹部にでもぶつけて来るつもりだろう。


 避けたいのは、膝を受けた際に押し倒される事だ。落下の勢いと共に地面に挟まれ、更に強打してしまう。


 絶対に倒されない。必ず受け切る。


 上部で受ければ、威力もその分殺せるし、浮身になったフェートを逆に地面に叩き付ければいい。

 

 やることは決まった。


 肩に置かれたフェートの手から伝わる力加減に集中し、タイミングを図る。

 もちろん前後左右、裏をかいてくることも忘れない。

 『さあ、こい…!?』


 その時、ウルトラハドロン衝突型加速機関内で、光速の99.99999%まで加速させられた粒子同士が衝突し、新たな素粒子が生まれた。


【ボース粒子生成…ヒッグス場、ポテンシャル上昇。慣性質量増大】


「っ…がっ」

 シュウゲンは自身に何が起きたか分からず、地面へと倒れ込んでしまっていた。


 直ぐに、最低限の防御姿勢を取ろうとしたが、既に勝負は決まっていた。


 追撃をやめ見下ろしていたフェートが差し出だしていた手を取り、シュウゲンは立ち上がる。


「あ、ありがとうございました…フェートさん本当にマナが使えないんですよね?」


「はい、全く」


 内部機構のオンオフで起きる、予兆の視えない真下への加重攻撃は、全方位に対応出来る様に踏ん張り切っていなかったシュウゲンに効果覿面だった。


 どうして倒されたのか振り返るシュウゲンには悪いが、この世界の人間に理解することは、まだ無理だろう。


「どうですか?」


「シュウゲンが、完全にやり込められてるな。あいつもまだまだ修行が足りないね」


 協会支部の窓から二人を見下ろしていたアンナは、隣の女性にフェートの事を聞いたつもりだったが、藪蛇だった様で心の中でシュウゲンに謝った。


 その、アンナが目をつむり謝った僅かな時間に、女性は窓から飛びだし二人の元に着地していた。


「よう、シュウゲン、アルマ」


「エレ姉、なんで!?」


 エレと呼ばれた女性は二人と面識がある様で、久し振りの再開に喜びを分かち合っていた。


 エレの後ろ姿は、服越しにでも鍛え抜かれた身体であることがハッキリとわかった。

 その一部除き完全にムダを省いた上半身は、こちらを向いていなくても、フェートに意識を向けていることを主張していた。


「二人共知ってると思うが、もともと計画の状況をアンナ様に、伺いに来る予定だったんたが…」


 それを前倒しにしたんだ、と言いながら振り返るエレの瞳には、相手を本能的に恐怖させる獣性を秘めていたと、表現できるであろう力強さがあった


「エレ・グラッシュだ、国境なき何でも屋なんて呼ばれてる組織で副団長やってるもんだ、よろしくな」


「フェート・ミン・キリシマです。では、あなたが…」


 フェートはエレが差し出した手を握ると、腕部の超分子NTアクチュエータが、即座に戦闘出力値まで引き上げられた。


「…ふふ、いいね。お察しの通りだが、状況が状況だから一旦持ち帰ることにはなるな。今日はホントにただの顔合わせだ」


『これが…?』


 生身の人間なら握り潰されてたであろう力加減に、フェートは困惑していたがシュウゲンとアルマの顔を見るに、エレが特別なことがわかった。


「どうですか、グラッシュ殿のお眼鏡にかないましたか?」


「グラッシュ殿だぁ、お貴族様じゃねーんだ、そう言う物言いはやめな」


「わかりました、エレ」

 肩の力を抜き、軽めの口調を選択するとエレは満足そうにしていた。


「エレ姉、どれくらいこっちにいるんですか?」


「4,5日ってところだな。こう見えて忙しい身なんだよ…まぁ例の店に行く時間くらいはあるぜ」


 アルマの期待に満ちた眼差しに答えて、次の訪問先に向かい始めたエレは少し離れた所で思い出したかの様にシュウゲンを呼びつけた。


「やられたな」

 肩を落とすシュウゲンに優しく声をかけるエレの姿は、本当に姉の様だった。


「そう落ち込むな。あの野郎、わたしの圧にピクリともしないし、結構本気だったんだけどな」


 エレが笑いながらでも、本気を出して負けたなんて言うと思ってもいなかったシュウゲンは、改めてフェートの力を再認識した。


 エレは世界的に見ても相当な使い手で、その立場も相まってかなりの有名人だ。


 自分と同じ様に、頼み込んで稽古をつけて貰っている仮弟子が世界中にいるらしい。


「お前に足りないのは経験だ。この町じゃ相手も限られてるし、ちょうどいいだろ」


「そう…だ、確かに」


「もちろん、わたしも相手してやる。この後の夕食会が終わったら今日は何も無いから、朝までみっちりな」


「ありがとうエレ姉」


 二人と約束を交わしたエレは、退屈な夕食会よりもアルマと行く焼き菓子とジャムの店で何を買うかを楽しみに去っていった。













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