第36話 隠し事の気配
「とりあえず、事の
「ええ、もちろんです」
ダンスでも
「最初は
「はい……でも誰もいなくて」
「ふむ……」
幽子はその場に
「音のした辺りってわかる?」
「ええと……あの辺だったような?」
「了解、あの辺ね」
幽子は麗華の示した方向へそのまま進んだ。
突き当りまで移動すると、じっと手のひらを見つめて立ち上がり、辺りをキョロキョロと見回し考え
「どうかしたんですか?」
「何か見つかったのか?」
「一応、
幽子が手のひらを突き出した。
しかし、一郎にも麗華にも何も見えない。
「そこに何かあるのか?」
「あー、やっぱ見えないか。私にもうっすらくらいしか見えないし」
そう言いながら、幽子はじっと自分の手を見つめる。
「これは動物の毛……かな? 何の動物かわからないけど、少なくとも人間のものでないのは確実ね」
「人間じゃ、ない?」
「ええ、武山さん、もしかしてここで動物とか飼ってなかった?」
「は、はい! 飼ってました! というか今も飼ってます!」
「あ、そうなんだ。その子はどこに?」
「
「ふーん、じゃあ
「そ、そんなの
ご主人様
そう口にした
「わ、私に会いに来るとか
「あ、うん……」
「………………」
あまりの麗華の
二人が
「あ、あのっ……実は私
「あ、ああ、そういうことね」
「よくわからないものって普通は
霊的なものに対応できる人間は
幽子のような戦う力を持っていない多くの人間にとって幽霊は
例えそれが、
その気持ちは幽子も一郎も理解できる。
「何としても
「まあ、私にできる
「はい、どうぞ。お願いします!」
二階廊下の調査を終え、続けて麗華の寝室へ。
金持ちらしい上質なベッドの他、大きな鏡とぬいぐるみが一つ、勉強
「武山さんは
「はい、基本的に帰ったら、ご飯で下に降りる時以外はここにいます」
「配信や
「ええ、ここで全部やっています」
「ふーん……」
幽子はジロジロと部屋の中を見回す。
「んー……」
「あの、
「この
「鏡って昔から
「いえ、この鏡は私が大学入学と同時に買ってもらった新品なので、そういった感じのものでは……」
「私の気のせいかな?」
麗華には
直接戦闘は
「ロク、
「
「まあ、いないものは
「そうね。まあ、やるのは私なんだけど」
「悪いな、手伝えなくて」
「
気を取り直して調査を再開する。
二階ではこれ以上特に何も感じることができなかったので一階へ。
「一階では何か変なことはなかった?」
「いえ、特には……ほとんど二階に
「そっか、なるほど……じゃあお風呂場を見せてもらえるかしら?」
「
「霊的なものは水場を好むからじゃないか? 学校の
「なるほど! 田中くんって
「いや、それほどでも……痛ッ!?」
幽子に
「……デレデレすんな、バカ」
「し、してないって!」
「どうだか? で、お風呂はどこ?」
「あ、こっちです」
風呂の場所は一階の
十人は
壁や床も
「どうです? 何か感じますか?」
「いえ、何も。おっかしいなあ? 普通水場って霊が集まるものなんだけど」
いないものはいないので仕方ない。
風呂場の調査を切り上げ最後は庭へ。
「…………」
「どうしたの一郎くん?」
風呂場を出ようとした時、
風呂場の
「武山さん、アレは?」
「サウナです。本場フィンランドから石を取り
「いや、
「私は入ってみたいんだけど。武山さん、いいかな?」
「え、と……ごめんなさい物部さん。今すぐというわけにはちょっと……」
「じゃあいつなら入れる?」
「……次に来る時には。実は今ちょっと調子が悪くて、
「そう、なら次に来た時のお楽しみにさせてもらうわ。その時は一緒に入りましょ」
「え、ええ……ぜひ!」
「さて、家の中はこれくらいでいいかな。最後に外を見せてもらえる?」
「は、はい。どう……ぞ?」
言うが早いか、麗華の
そんな麗華を
「おい、急に走り出してどうしたんだ?」
「あの子に聞かれたくなかったから」
「え?」
「あのサウナの中から、かすかにだけど何らかの気を感じたわ。絶対あそこ何かある」
「じゃあ、もっと
「
「何かって、何を?」
「わからない。でも、ロクでもないことは間違いない。見て」
幽子が
幽子に見られた犬たちは、
さっきまで楽しそうに走り回っていたのに。
「二人ともー、待ってくださーい」
「彼女が追い付いてきた。悪いけど話の続きはまた後で」
「……わかった」
「はぁ……はぁ……二人とも足早いんですね……私、体育は昔から苦手で……」
「ごめんごめん。私って動物好きだから早くワンちゃんに会いたかったの。でも
「……嫌われているというよりも、人間が怖いんだと思います」
「どうして?」
「ここにいる子たちはみんな、元々
保健所にいる犬は、一定期間引き取り手が現れなければ
犬は頭のいい動物だ。
人間の言葉は分からなくても、仲間が帰ってこない状況からどうなったのか、これから自分がどうなるのか、人間に何をされるのかを理解できる。
自分を殺そうとしていた人間に怯えるのは
その心の傷は、たとえ優しい引き取り手にもらわれてもそう
だから、初対面の自分たちを見て怯えるのは当然だ。
だがしかし、飼い主の麗華を見てさらに怯えるのはどうしてなのか?
彼女は死の
引き取った上にこんな広大な
自分たちの救い主を見て、なぜ犬たちは怯えた目で見つめるのか?
恐怖の声を上げるのか?
「保健所にいる子たちを引き取るなんて優しいのね、武山さん」
「いえ、そんなことは――」
「もうどのくらいここで飼ってるの? あと、この子たちって今何匹いるの?」
「長い子はもう一年、来たばかりの子は一ヶ月くらいでしょうか? 全部で二十匹はいると思います」
「飼っている子がいるのにまだ増やすの?」
「ええ、だって
「……そう。最後に聞きたいんだけど、ドッグランの横にあるアレは何?」
「
「中には何が?」
「トラックとハイエースが一台ずつあります。それが何か?」
「いえ、別に? それじゃあ見るべきものは見たし、そろそろ帰りましょうか、一郎くん」
「え? ああ、そうだな」
「もう帰ってしまわれるんですか?」
「ああ……ええと」
「知りたいことは知れたし、このまま調べてもこれ以上のことはわかりそうもないからね」
幽子は一郎から麗華を引き
「これ、使わせてもらうわ」
「あ……」
一方的に幽子はそう告げ、人形の
その中にポケットに入れておいた数個の
「これを寝る時同じ部屋に置いておいて。もしも変なことがあったらその人形が代わりに受けてくれるから」
「え……? い、今すぐ祓ってもらえないんですか?」
「正体がまだ分からないから手の出しようがないのよ。でも大丈夫、何か変なことがあったらすぐに一郎くんと一緒に飛んでくるから。ね?」
「……わかりました」
「よし! それじゃ一郎くん、帰りましょ」
「ああ。武山さん、それじゃまた――」
二人は車に乗ると、
門を
「一郎くん、気づいた?」
「ああ」
前を向いたまま、無表情に
「彼女、飼っている犬たちのことを『全員』でなく『全部』って言ってたな。完全に物
「正確な数も
絶対に彼女は何か隠している。
それも、他人に知られたくないような後ろめたいことを。
「ロクが来たがらないわけだよな」
「ええ、あの子も可哀想な目に
「……何をやっていると思う?」
「わからない。でも、多分近いうちにわかると思う」
幽子の言葉通り、その日は思いの外早く訪れた。
この調査から一週間後、
ゴールデンウィーク明けの土曜日の朝――、
「た、田中くん! 物部さん! 人形が……に、人形がバラバラに……! すぐに来て! 私を、私を助けてください!」
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