第35話 武山家の別荘で起きていること

「一郎くん、何か私に言うことは?」

「自分が言ったことを速攻そっこう反故ほごにしてしまいもうわけありませんでした!」


 五月五日――金曜日。

 ゴールデンウィークの週末、一郎は幽子に事情じじょうを話した。


 一郎への相談そうだん内容を知った幽子は渋々しぶしぶながらもこれを承諾しょうだく

 現在二人で目的地へと向かっている。


「多分連絡れんらくしないとか、バックボーン目当めあての女はどんな美人でも興味きょうみないとか言ってたのに……」

「俺もそのつもりだったんだけどなあ……」


 まさかバッタリ出くわすとは。

 軽い挨拶あいさつだけしてさっさと立ち去ろうと思ったのに、引きめられ喫茶店きっさてんまれこの結果けっかである。


「何か、やけに必死ひっしっぽくてさ……無視するのも、その、アレだったんで……」


やさしいのが一郎くんの良いところだけど、誰にでもそんな優しくしてたら、いつかそのうちひどい目にうからね! もしかしたらされるかも?」


「そうなったら陰陽術おんみょうじゅつなおしてくれない?」

「回復系の術はむずかしいので使えません。刺されないような行動を心掛こころがけましょう」

「……了解。きもめいじます」


 そう言ったタイミングで信号が青になった。

 一郎は車のアクセルを交差点こうさてん左折させつ

 野猿街道やえんかいどうからりて多摩たまセンター、およ唐木田からきだ方面へと車を走らせる。


「で、今日行くところまであとどれくらい?」

「見たところ、あと七キロくらいかな?」


「七キロ? だいぶ駅からはなれてない?」

「ああ、ちょっと人里から離れている」


「東京なのに人里から離れてるとか、なんか意外いがい

「東京も都心部以外はわりと田舎いなかだよ」


 特に自分たちの住む多摩、八王子方面はその傾向けいこうがある。

 山の中を切り開いて新たな街を作りはしたが、それ以外は手つかずの自然が結構あったり。


 唐木田方面から山を一つえれば、オオムラサキの繁殖地はんしょくち武家屋敷ぶけやしきのある町田市小山田おやまだ地区へと辿たどくことからもそれは証明しょうめいできる。


「何でそんなところに住んでるのかしら?」

「金持ちだし、別荘べっそうを自宅として使ってるんじゃないか?」


「なるほど。でも、不便ふべんじゃないのかしらね? バスとか全然来なさそうだけど」

「さすがに車は持ってるだろ。それに、今はネットで色々手に入る時代だ。配達してもらえば何の不自由もないさ」


 少し街から離れているだけだし、配送時間や料金も同じだろう。

 周囲しゅういに人がいない分、気を使わずにのびのびとらせるのではないだろうか。


「そこのカーブミラーのとこを曲がったらすぐ門が見えるらしい。着いたって連絡れんらく入れるよ」

「ん、お願い」


 一旦車を止めてスマホで連絡。

 曲がり角を右折うせつし、三百メートルほど車を走らせたところにそれはあった。


「でっか……」

「日本でこんな立派りっぱな門が必要なことってある?」


 高さ三メートル、はば十メートル。

 大型バスやトラックが通ることでも想定そうていしているのかと思うくらいの巨大な門がそこにあった。


 戸惑とまどいつつも一郎は車から降り、門に設置せっちされたチャイムをらす。


 ――あ、今開けますので待っててください。


 そう言うが早いか、巨大な門が真ん中からおくに向けて開いた。

 一郎はさらにそこから奥へと車を走らせ、来客用らいきゃくようと思わしき駐車場ちゅうしゃじょうに車を止める。


「田中くん! 本日はようこそいらっしゃいました♪」

「わっ!?」


 一郎が車から降りたタイミングで、どこからともなく現れた麗華れいかが抱き着いてきた。

 完全に不意ふいを突かれたためけることもできず、胸の中でかかえる形になってしまう。


「……私もまだやったことないのに」


 幽子から嫉妬しっと視線しせんが飛んできた。


「と、とりあえずはなれてくれ!」

「あ、す、すいません! 嬉しくて思わず抱き着いちゃいました」


 やや強引に麗華を引きがし、あらためて向き直る。


「私の我儘わがままこころよく聞いてくれてありがとうございます! それで、その、除霊師じょれいしの方はどこに……?」


「ここに」

「私が武山さんお望みの除霊師――もとい、陰陽師おんみょうじです」


 無免むめんの見習いで落ちこぼれだけど――と、内心幽子は付け加える。


「あら? あなたは確かこの前の会にいらしていた……」

物部もののべ幽子ゆうこよ。あなたや一郎くんと同じく、帝央大の二年生。何か文句もんくある?」


「いえ……でもあの、私てっきり……もっと年配ねんぱいの方が来るものだとばかり……」


「陰陽師の世界は実力がすべてなの。さあ武山さん、何で私に来てもらいたかったのか、くわしい話を聞かせてもらえるかしら?」


「あ、はい……ではこちらへ。立ち話させるのも申し訳ありませんから」


 麗華のエスコートで家の中に入った。

 門に負けず家も広く、この前二人で行った屋敷と同じかそれ以上の大きさはある。

 二人は入ってすぐの部屋――応接間おうせつまに通される。


「紅茶とコーヒー、どっちにしましょう?」

「アイスコーヒー」

「私も同じものを」


 上等なグラスに入ったアイスコーヒーが運ばれてくる。

 まだ五月の頭とはいえ、夏が近いため十分暑い。


 失った水分を補給ほきゅうするため二人は一気にそれを飲んだ。

 かわいたのどに心地よい清涼感せいりょうかんが通り抜ける。


「さて、そろそろ聞かせてくれる? あなたの身に何が起こったのかを」

「はい。あれは多分――二ヶ月くらい前のことです」


 ……

 …………

 ………………


 初めて事が起きたのは三月の中頃なかごろのことでした。

 その日の私は特に用事ようじもなかったので、大学から帰って少し休憩きゅうけいした後、いつものルーティンワークをこなしていました。


 私のルーティンワークというのは勉強、食事、メールチェック、お風呂、そして睡眠すいみんです。

 家をぐ意思があるので、教わったことの予習復習は基本毎日やっています。


 食事も、どんなにつかれていたとしても自分で作っています。

 美容びよう関係のインフルエンサーという立場もありますし、食べるものから自己管理はするべきだと思いますから。


 食べ終わったら軽い食休みをしてからPCをつけ、私あてに何か来ていないかをチェックしていました。


 企業案件の他、実家から新商品の話とか来ていないかを調べるんです。

 あ、私の実家の武山クリニック、独自商品の開発もやっているんですよ!


 僭越せんえつながら私も開発メンバーの一人としてアイデアを出させてもらったりしています。

 これでも消費者しょうひしゃみなさんからは結構けっこう評判ひょうばんいいんですよ?


 で、それらが終わったらお風呂に入ります。

 お風呂は健康と美容にはかせませんからね♪


 それが終わったら寝る目に香水を軽く身にまとって――いい香りに包まれた状態でリラックスしたまま寝るんです。


 あの日もそうしようと、香水をつけてベッドに横になりました。

 でも、その日はなぜか寝付けず、一時間くらい目をつむったままボーッとしていたと思います。


 深夜0時をぎたころでしょうか――家の中を何かが歩く音がし始めたんです。

 私はその音を確かめるべく部屋の外に出たのですが、何も見つかりませんでした。


 それも当然です。

 この家の人間は私しかいませんから。


 両親は都心としんの方に住んでいます。

 通学のため、私一人でこの別荘に住んでいるんですよ。


 気のせいだと思ってその日は寝ました。

 でも、気のせいなんかじゃなかったんです。


 その日から毎晩のように、深夜0時になると何かが動く足音がし始めるようになり、最近では変な影や声までするようになってしまい……何とかできないものかと相談させていただきました。


 ………………

 …………

 ……


「お願いです! 私を助けてください! 不気味ぶきみな音や影、声になやまされて、私……もうどうしたらいいか……」


 頭を抱え、悲痛ひつうな声を上げる麗華。

 どうやら本当にかかっているようだ。


「私、何かに取りかれているのでしょうか? それとも、この土地そのものに何か問題が……?」


「調べてみないことには何とも言えないわね。とりあえず、いろいろ見させてもらっていい?」


「……ええ、はい。お願いします」


 少しの思案しあんの後、麗華は調査の許可を出した。

 一郎はそのわずかな間に引っかりをおぼえたが、この時は特に気にせず調査を始めた。

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