高ノ嶺麗花は高飛車がすぎる
織星伊吹
第1話
「ごめんなさい……ちょっと、ムリ」
「…………ッ!!」
誠心誠意、全身全霊のラブ・アタック。しかし、少年はあえなく撃沈した。
高校入学以来――通算20回目の失恋!
パチパチパチパチ――。
周辺に群がるギャラリーたちが、記録更新による拍手喝采を少年に贈るのだった。
鮮やかな花びらが舞い散る都内屈指の進学校。
その中庭で、右手を差し出したまま彫像のように固まる少年がいた。
彼の名は桜田(さくらだ)。今年で高校生活二度目の春を迎えたこの物語の主人公である。
「言わんこっちゃない。今日も派手にイッたなぁ……」
彫像の肩に手を乗せながら、桜田の友人が微笑んだ。
「他人にどう思われようが知ったことか」
「ていうかもうムリだって。そうやって意気込んで告白するたびに悪い噂がマシマシで更新されてんだから。お前、女の子たちの間でなんて呼ばれてるか知ってる?」
「……万年フラれ男?」
「種馬ピンク」
思ったよりヒドいあだ名が付いていることに、桜田は大きなショックを受けた。
「お前の異常な気の多さは確かに問題だけど、本気で好きになってんだからタチ悪いよな。……まあ、好みの方向性はまったく理解できんけど」
桜田の今日の相手は、お世辞にも細いとは呼べない、少し――いやかなり太めの女子だった。
「美味そうに重箱弁当を喰らってる姿がさ……もう幸せそうで最高に可愛いんだよ」
「喰らってるとか言うな」
ちなみにその前は小学生に見えてしまうロリッ子で、さらにその前は容姿からの年齢測定が極めて難しい呪術をこよなく愛する少女だった。そんな桜田を、仲間たちは物好きと呼ぶ。
ふと――中庭へ肌に優しそうな柔らかい風が流れた。
桜の木々が、まるで主を迎え入れるかのようにさわさわと揺れ動く。
そんなとき、こちらに歩いてくる一人の少女がいた。
自然と、校舎から視線が集まる。男も女も関係なく、人はみな彼女を視界に入れたがるのだ。
長く美しい黒髪が靡き、赤を基調とした可憐なスカートがふわりと揺れる。
風さえ味方につけた彼女が、一歩、また一歩と桜田たちに歩みを寄せてきた。
高ノ嶺麗花(たかのみねれいか)。
格好良く。美しく。ときには愛らしく。品行方正で才色兼備な麗しの姫君。
学校屈指の美少女であり、多くの男子生徒の憧れの的。まさに高嶺の花という言葉は彼女にこそ相応しい。在学中に切り捨てられた男子生徒の数は50を優に超えている。
そんな一笑千金の美少女が、桜田たちの前でピタリと歩みを止めた。
そして、その大きな二重瞼で意味ありげな視線を桜田に向ける。
パチリパチパチと瞬きをするたびに、高ノ嶺の長い睫毛が扇情的に宙を遊ぶ。常人の男性であれば、心を鷲づかみされることは必至である。
高ノ嶺麗花は、発色の良い桃色の唇をにこりとさせて、再び歩み始めた。
――桜田の横を、高ノ嶺が通り過ぎる。
平凡な高校生桜田と、高ノ嶺麗花の間に特筆すべき接点は何もない。
こうして、彼らの物語は始まる前に終わった――――――――“かのように見えた”。
クルリと、高ノ嶺が桜田を振り返る。
天使の微笑みが、桜田を捕らえた決定的瞬間である。
桜田と高ノ嶺の間には、特筆すべき接点はない。本当である。
「え、高ノ嶺先輩、なんか今お前に笑いかけなかった? わざわざ振り返って?」
「そんなわけあるかよ。たまたまだろ」
「なぁ、ダメなのは百も承知でさ、高嶺の花に挑むってのはどうなん?」
自虐的な笑みを持って、桜田はこの話を切り上げたのだった。
* * *
「……あの。どうして……わたしに告白しないのです?」
放課後の体育館裏で、桜田は高ノ嶺と二人きりだった。
無言の重圧に耐えきれなくなった高ノ嶺が、ようやく口を開いた瞬間である。
「え? だって俺高ノ嶺先輩のことを好きじゃないですからね」
ノータイムで飛び出た桜田のその一言に、高ノ嶺は思考が停止した。
「……ええと。それは、どういうこと?」
「言葉通りの意味ですけど……なんかオカシイこと言ってますかね、俺」
「…………おかしいわ。だってあなた、さっき別の女の子に告白していたじゃない」
「まぁ……はい。好きだったんで」
「何をちょっと照れてるんですか。え? その……それで……わたしのほうは?」
「わたしのほう……ってなんですか?」
まったくもって理解できないという表情で、桜田は逆に訊ねた。
「あ、もしかして先輩って俺のこと好きなんですか?」
「違います! おかしいじゃないですか。あなたは校内屈指の好色家。そのあなたからなんでこのわたしに声がかからないんです」
「えぇ……好きでもないのに告白しろってことですか?」
「好きでもないのにとか言わないで! まるでわたしに魅力が無いみたいに聞こえるじゃない。なぜわたしのことを好きにならないのか、聞いてるんです」
「横暴ですねぇ。そんなこと言われてもビビッとこないんだからしょうがないでしょ。どれだけ自分のこと好きなんですか。高飛車すぎますよ先輩」
「むぅぅぅぅぅ……!」
高ノ嶺が頬を膨らませながら涙目で桜田を睨み付ける。敗北を知らない彼女にとって、それはとても侮辱的で屈辱を伴う行為だった。
桜田が5度目の失恋を迎え、校内で“桜田”という存在が明確に負のパワーワードとなったころから、高ノ嶺はそれはもうやきもきしていたのである。
誰ふり構わず女子に告白するくせに、なぜ学園屈指の美少女である自分には声がかからないのか! そもそも一番目に選ばれなかった時点で、彼女は憤怒していたのだ。
完璧美少女である高ノ嶺麗花は、その怒りを決して態度には出さない。……次かな? その次かな? と当然来るであろう桜田からの告白を心待ちにしていた。
――だというのに!
もはや……! その数は20を超えてしまった!
自らの取り巻きである女生徒が全員告白されたというのに、まるで自分だけが避けられているかのよう! 高ノ嶺は憤慨していた。
これには流石の高ノ嶺も黙っていられなかった。常に求められ続ける姫君としての自尊心が彼女をそうさせたのは、至極必死な流れだった。
「人気のないこの空間で……その、ふ、二人っきりになってみたというのに……それでもあなたはまだわたしのことを好きではないと、そういうのですね?」
「アンタの取り巻きに拉致されて、半ば強制的に連れ込まれたの間違いですよね?」
「一体何が不満なのですか! わたしのこの綺麗な顔を見てください! そしてしなやかなこの身体! 弱きを助け、強気を挫く正義感でいっぱいのこの性格に、一体どんな問題が?」
「自社製品アピールみたいなのやめてください」
高ノ嶺は、桜田の渇いた笑いを目にしても尚、譲らないとばかりに胸を張る。
「わかりました。逆説的に進めます。あなたが今まで告白してきた20人の女の子たちが持っていて、わたしが持っていないものとはなんですか?」
「そんなこと言われてもなぁ……わかんないですよ。顔で好きになったことも、性格で好きになったこともあるし。俺の心が好きだなって思ったから、素直に告白してるだけで」
「じゃあなおさら納得できません! 顔も、性格も、わたしが彼女たちより劣っているということじゃないですか。客観的に見て、あなたがわたしを好きにならないのはおかしいんです」
「人の好みは千差万別、美的感覚は人それぞれだと思いますけどねぇ」
「そんなこと言って、本当はわたしのことが大好きでたまらないのでしょう? 告白したい想いを内に秘めつつ悶々とした夜を過ごしているのでしょう? 我慢しないで、良いんですよ」
「ああ、次はそういう感じでくるんだ……っていうか、高ノ嶺先輩は俺が告白したら付き合ってくれるんですか?」
「いえ。丁重にお断りさせていただきますが?」
「当然みたいな顔してる! そしていよいよ先輩が何をしたいのかわからない!」
「とにかく、わたし諦めませんから」
「何が!?」
高ノ嶺は手のひらを銃の形にして――それを桜田の胸に突き付けた。
「あなたの口から『好きです。お付き合いしてください』と言わせてみせます。絶対に」
「結果フラれるのに!?」
「わたしの座右の銘は“有言実行”。必ずや、あなたのハートを粉々に打ち抜いてみせます。この、バン! バン!」
「好きになってほしいのか俺の心を折りたいのかどっちだよ!? てか撃つな! 小学生か!」
こうして、桜田と高ノ嶺の奇妙な関係が出来上がったのだった。
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