第35話 チーム戦?その②
「有栖川、何も食べないのか?」
購入したラーメンを乗せたお盆を机に置きながら俺は反対側の席でうつぶせのまま動かない有栖川に話しかける。
「食欲ない……」
「午後からも対戦あるし、食べておかないともたないぞ」
「それは……そうだけど」
有栖川は顔をあげる。顔色は悪くなく、体調不良ではなさそうだった。察するに午前の試合で負け続けていたのが応えたのかもしれない。
「隣、いいかな?」
食べ物を持ってきた月ヶ瀬先輩が俺に聞いてくる。先輩が購入したのは先日有栖川と一緒に訪れた某チェーン店のハンバーガーセットだった。
「先輩からも有栖川に何か食べるように言ってあげてください」
「そうだね、でもその前に天野君は私に何かご褒美をくれても良いんじゃないかな?」
「ご褒美?」
俺は先輩に聞き返した。
「午前中の試合で全勝したのは私だけだ。 私のおかげで現在勝ち越していると言っても過言ではないだろ?」
「それはそうですね」
大会に出始めてわずか三週間足らずの人が強者の集う大会で勝ち続けている。こんな芸当が出来る人を俺は先輩以外に知らない。
「で、褒美って何をあげれば?」
「そうだな……これを私にくれないか?」
そう言って先輩は彼女が購入したポテトを箱ごと俺に渡してくる。
「いや、これ先輩が元から買ったものでしょ」
「だから、食べさせてくれと言ってるんだ」
「……ん?」
聞き間違いかな? と俺は何度も瞬きをするが先輩は俺の手を掴むとポテトを取るように誘導する。されるがまま俺はポテトを手にしたのを確認した先輩は目を閉じて口を開いた。完全に「はい、あ~ん」の待機態勢である。
「…………」
「こら、いつまで待たせるんだ。 口を開けているの恥ずかしいからな」
ポテトを持ったまま動かなくなっていた俺を月ヶ瀬先輩は軽く叩いた。
いやいやいや、週末のフードコートで先輩にポテトを食べさせる方が恥ずかしいって!
どこかで似たシチュエーションがあったと俺の脳内に電撃が走る。これはこの前見かけたカップルと全く同じじゃないか。
なぜ急にこんな事を始めたのか、わけがわからない俺は再び固まりかける。先輩が片目を開けて俺に早くしろと視線で訴えてきたので仕方がなく俺は先輩の口にポテトを突っ込んだ。
「うん、おいしい」
先輩は幸せそうにポテトをモグモグと食べていた。別に俺が食べさせなくても味は変わらないよな……
「あ、天野、私にもちょうだい!」
反対側に座っていた有栖川が前のめりになって迫って来る。え、どうしたの急に?
「だめだよ有栖ちゃん。 これは私が買ったもので勝者の特権というものだ」
先輩は有栖川を見ながら挑発的に話しかける。言っている内容は事実ではあるものの、どちらかというと負けた俺が先輩の言いなりになっている気もしなくはない。
「わ、私もポテト買うから、この後の試合で絶対に勝つから!」
有栖川は言い終えるとすぐに席を立ち、ハンバーガー店の列に並んだ。
「え、まさか本当にポテトを買うの?」
待機列でそわそわとしている有栖川を見ながら俺は感想を漏らした。
「これで有栖ちゃんもお腹は最低限満たせるかな?」
先輩はドリンクを飲み終えるとこちらを向いてそう話す。そうか、今の行為は有栖川に食事をとらせる為だったのか。
「流石ですね、先輩」
「ふふふ、もっと褒めたまえ」
自慢げに先輩は笑った……でも俺が先輩にポテトを食べさせて何故有栖川は食欲が湧いたのだろうか?
気が付けば俺の手元からポテトが消えて先輩は普通に自分の手で食べているし、さっきはとても幸せそうに食べていたが今は普通に食していた。
「……あ、そうか」
おいしそうに食べていたのを目にしたら同じものを食べたくなるのは分からなくもない。さっきの先輩の顔を見て有栖川は食欲をそそられたのか。
「買ってきたわ!」
走るように戻ってきた有栖川は先輩と同じMサイズのポテトを頼んでいた。この前も同じものを頼んでいたし、有栖川はポテトが好きなのかもしれにない。
「ほら」
有栖川は俺の手元にポテトを渡してくる。 え? 有栖川にもあれをやるの?
「有栖ちゃん、天野君が困っているからやめなさい」
「せ、先輩はしてもらったじゃないですか!」
「私は功労者だからね」
先輩は胸を張り、有栖川はぐぬぬと手に力を込めて震えていた。
「別に先輩だけを称えるつもりはないからな。 有栖川だって急遽大会に出て普通に対戦をやれているわけだし……初めて三週間でここまでやれるのは十分すぎるよ」
「そ、それならほら!」
有栖川は先輩と同じように無理矢理俺の手にポテトを持たせると目を閉じて口を開けた。
……いや、これこのままの状態の方が何倍も恥ずかしいな。
色々と考えるよりも待機姿勢の有栖川を見ている方が俺の心臓が持たないと判断し、速攻で有栖川の口にポテトを入れた。
「ありがと、これで午後も頑張れる!」
その後も有栖川はニコニコと笑って手元に戻してポテトを頬張っていた。これなら午後の対戦も気力十分で戦えそうだった。
「天野君は優しすぎるよ」
隣で俺の脇腹を軽く小突いた先輩はハンバーガーを黙々と食べ始めた。これ初めに提案してきたの先輩のはずなんですけどね……
俺は冷めかけていたラーメンを慌ててすする。味は……うむ、いつもの豚骨醬油ラーメンだ。この値段と味に一体どれだけの人間が救われてきただろうか? いまだにこのスプーンとフォークの合体したような形状の食器だけは慣れないけど。
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