第23話 プレイヤーネームは意外と見られている
「どうして分かってくれないの!」
週明け放課後、部室に入ろうとすると中から大声が飛んできたので扉を開ける手が止まってしまう。その声には聞き覚えがあった。
「部活動継続の条件は満たしている。 私が辞める理由はないはずだよ?」
「そうだけど……お姉ちゃんはもっと相応しい場所があるよ」
「…………」
「なんでお姉ちゃん生徒会を辞めたの?」
部室にいるのは月ヶ瀬姉妹なのはすぐに分かった。それにしても月ヶ瀬先輩が生徒会に所属していたのは初耳だった。
「私はお姉ちゃんと一緒に仕事がしたいよ……」
「夕里……すまない、それでも私は部活を辞めるつもりはない」
「お姉ちゃんのわからずや!」
扉が勢いよく開かれると先輩の妹が俺の横を走り去っていった。
「あ……ちはっす」
「……天野君、聞いていたのか」
「すみません」
「君が謝る事はない。 私達姉妹の問題だからな」
月ヶ瀬先輩と月ヶ瀬夕里、二人は元から仲の悪いようには見えない。むしろ妹の方は姉に対して積極的に接しているくらいだ。おそらく妹が生徒会に加入したのは先輩が影響しているのだろう。先輩がどうして生徒会を辞めたのか、この部活を作ったのか、妹にも教えていない理由を俺が聞くのも違うよな……
「この話は終わりだ! さぁ天野君、大会で優勝した私に勝てるかな?」
先輩は両手を合わせて音をたてるとデッキを取り出して挑発してくる。せっかく先輩が配慮して空気を変えてくれたのだから、これ以上言及するべきではない。
「それは楽しみです。 俺に負けても言い訳しないでくださいね」
「その台詞、そのままお返ししよう」
俺もデッキを取り出して対面に座ると対戦の準備を始める。
対戦の中盤に差し掛かったあたりで有栖川も部室に入ってきた。黒崎先輩は今日もバイトらしい。
「おーい、お前らいるかー?」
「どしたの、オガ先、遊びに来た?」
有栖川にルールを教えながら月ヶ瀬先輩と対戦をしているとガラガラと扉を開けて担任のオガ先が入って来る。
「いや、ちょっとした報告をな?」
「報告?」
「さっき職員室に近江が来てな、各部活の顧問に活動内容調査を行っていた」
「鬼道先生にですか?」
手に持っていたカードを置いて月ヶ瀬先輩も会話に参加する。
「そうだ。 内容としては顧問から見てその部活動は問題ないか、そして顧問も活動を全うしているか……とかだったかな」
「生徒会長ってそんな事までやるんすね」
本来は教師の役目じゃないか? という疑問しかなかった。一人の学生でありながら教師の業務まで手伝うなんて……やっぱりあの生徒会長は只者ではない。
「俺も聞かれたよ。 カードゲームは有意義な物ですか? カードゲーム部は存続する必要がありますか? ってな」
クックックと、まるで悪役のような笑みを浮かべるとオガ先は両手を広げて口を開く。
「あるに決まってるじゃないか! 他の教師なら否定するかもしれないが、あいにく俺は違う! カードゲームは至って有意義なものだ!」
ハッハッハー! と高笑いをしながらオガ先は宣言する。流石独身三十五歳のベテランカードゲーマー。俺たちにとっては最強の味方である。
ちなみに有栖川を見ると引いていた。まぁ、大の大人がこんな風に叫んでいたら普通の人はそうなるよね。
「それと、顧問として活動しているかって質問だが……月ヶ瀬、天野、もしお前らがよければこれに出てみないか?」
オガ先は携帯を取り出すとSNSを開いて画像を探し始めた。プロフィール画面のアイコンは俺が中学から知っている鬼のマーク、名前はもちろんオーガだ。
「あった、これだこれ」
月ヶ瀬先輩と俺、有栖川もオガ先の携帯画面を見る。
「チーム対抗戦?」
「そうだ、再来週の土曜日に古本屋で非公式の大会が開かれる」
オガ先が提示してくれたのは本屋なのに本ねーじゃん! で有名なお店だった。意外かもしれないが最近の古本屋では本だけでなくカードなんかも取り扱っている。そのうち本当に本が絶滅してお店の名前も変わってしまうのではなかろうか?
「三人一組で対戦をして勝ち数の多いチームが勝利ってわけだ」
「オガ先が俺たちを誘うなんて珍しいな」
普段のオガ先は週末に遠くのお店で活動している。理由を以前聞いたら生徒に会うのが面倒だとか。その気持ちはわからなくもない。
「今回は部活動の顧問として尊厳を保つ為だな。 参加費は全額俺が出すから安心しろ」
「マジ? 優勝した景品は山分け?」
「そうだな。 そのあたりは優勝した後に決めればいい。 勝てるかどうかわからないしな」
「オガ先にしては随分と弱気だな」
プレイヤーネーム、オーガ。俺がオガ先と呼んでいる鬼道先生はいくつかの大型大会で結果を残しているこの界隈では結構有名なカードゲーマーだったりする。当然実力は折り紙つきである。
「個人戦じゃないからな。 俺と天野はともかく、月ヶ瀬はまだ真剣勝負の経験がないだろ?」
「鬼道先生、こちらを」
月ヶ瀬先輩が携帯を取り出し、オガ先と同じようにSNSから先週の大会結果の画像を見せつける。
「ほぅ、ショップの大会で優勝したのか」
「私も戦力の一人として数えてもらえますか?」
「そうだな、前言は撤回しよう。 ただプレイヤーネーム本名は流石にやめておけ」
それは俺も同感だ。ただでさえ容姿で目立つというのに、月ヶ瀬グループの令嬢だと知られたら変な輩に絡まれかねない。
「わかりました……名前、どうしましょう?」
「俺は苗字をもじってるだけだし、天野は下の名前の読み方変えた感じだろ?」
「そうっすね」
俺もプレイヤーネームに関して深く考えたわけではない。
「天野君、決めてもらえる?」
「……俺が決めるんすか?」
自分のプレイヤーネームなら適当に決めても気にしないが、先輩となれば変わって来る。いきなり責任重大なものを押し付けてきたな。
「嫌なら変えればいいからな」
オガ先がフォローを入れてくれる。確かにその通りだ。
「そうだな……月ヶ瀬、つき……ツキヒメなんてどうですか?」
「お前それ色々と大丈夫か?」
オガ先が顔を青くしながら突っ込んでくる。確かに版権的なもので問題になりかねないか。
「そもそもなんで姫なのよ?」
有栖川が聞いてくる。
「月ヶ瀬グループのご令嬢だから……先輩なら姫って名前に見合っているしな」
「…………」
「天野、お前本当に凄い奴だな」
月ヶ瀬先輩と有栖川が黙り込み、オガ先が俺を見て顔をしかめた。
なんだよ。誰が見たってそう思えるけど、違うのかな……
「姫は流石にやめておこうか……」
先輩からも顔を隠しながら否定される。本人に言われたら仕方ない。
「それならルナ嬢なんてどうですか?」
月でルナ。姫がだめならお嬢様から嬢をとってルナ嬢。
「なんかキャバクラにいそうな名前だな」
「オガ先、生徒の前だからな?」
「安心しろ、俺は一度も行ったことがない」
そういう問題じゃないよね?
「普通にムーンとかじゃダメなの?」
有栖川が俺とオガ先の会話に呆れながら名前を提案する。ムーンかぁ……無難すぎるけど、どうなんだろうなー?
「ルナ嬢……うん。 ルナ嬢にしよう」
「いいのか月ヶ瀬?」
「天野君に決めてもらった名前だから、これにします」
ルナ嬢で決定のようだった。プレイヤーネームは後からでも変更出来る。もしも何か問題があれば変えられるので、そこまで意識しなくても良いだろう。
「……天野、私の名前も決めてよ」
「アリス」
「即答!」
いや、だって自分でそう呼んでほしいって言ってたし……アリスならプレイヤーネームとしても普通に浸透しそうだしな。
「あー……老兵の俺は去るとしますか。 また部活には定期的に顔を出すから、部活は続けてくれよー」
オガ先はそう言うと部室から出て行った。
「いいなー。 私も皆と大会に出てみたい」
「まずは一人でも対戦できるようにならないとな」
「そ、そうね……デッキも作ったし、頑張るわ」
有栖川は真剣な眼差しで机の上の盤面に向き合った。
生徒会が教師にまで部活動調査を行っていたのは驚いたが、オガ先なら問題ない。月ヶ瀬先輩も大会で結果を残し、有栖川も対戦に意欲的だ。部活動継続の条件は満たしているだろう。これならこれからも部活動を続けていけるかもしれない。
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