第21話 いやー、探したよ
「たっっか!」
有栖川に連れられて入ったお店の洋服についていたタグに記載された金額を見て、思わず俺は声を上げた。
「結構有名なブランドだから当たり前でしょ……すみませーん、これの別サイズありますかー?」
この服一着で環境トップのデッキが余裕で作れるなーとか、今の俺のデッキのレアリティかなり上げられるなー、とか考えてしまうあたり、根っからのカードゲームオタクだなと自覚する。
「彼女さん、綺麗な方ですね」
「っそ、そうですねー」
突然背後から店員さんに話しかけられて俺は一瞬だけ声が裏返ってしまう。こういう場所で働いている人とまともに会話をしたことがないので俺は何を話せばいいのか分からず、頭が真っ白になる。
「今日はデートですか?」
「……あー、いや違いますよ。 彼女は同じ部活動の仲間です」
会話の最初も反射的に受け答えしてしまっていたが、店員さんの言う「彼女さん」とは交際相手としての意味合いだったのかと理解する。第三者から見ると有栖川と俺でもそう思われてしまうのか。
「部活動? 何部なんですか?」
「えっと、カードゲーム部って言うんですけど」
「か、カードゲーム部?」
目で見てわかるぐらい店員さんの営業スマイルが引きつっていた。こういう場所に来る学生でこんな回答をしてくるのは想定外のようだ。
緊張の熱が急激に冷めた俺はその後も有栖川が出てくるまで店員さんと中身のない適当な会話をして時間を潰した。
「次に行こうか」
「お前、お金ないんだよな?」
「試着はタダよ? それに良いなって思えば次に来るときに買えばいいし……あ、あそこ入りたい!」
有栖川はピューっとお店に入っていった。そこは服に詳しくない俺でも名前を聞いたことがあるお店だった。
「いらっしゃいませ、今日はどのような服をお探しですか?」
店員さんは自然な対応で彼女を受け入れていた。学生がある程度のブランドショップに入ってもすんなり受け入れてくれるのは有栖川だから許されている気がする。
もしも俺一人で入ったら「お店間違えていますよ?」とか言われかねない。
彼女の後ろで一人、被害妄想で悲しんでいると店員さんがこちらに歩いてくる。ま、まさか本当に言われたりしないよな?
「こんにちは、彼女の……弟さんですか?」
……最大限配慮されている気もしなくない。とりあえず俺はこのお店にいないほうがよさそうだ。
適当に会話を切って俺は外で待つことにする。しばらくすると有栖川も出てきた。
「なんで店の外にいるのよ」
「ここは私の住む世界じゃないのよ……」
「誰のマネよそれ……」
中途半端なクオリティの物まねでは有栖川に通じなかったようだ。いや、微妙に台詞違うし、これだと誰もわからんかもしれない。カードゲームの森へお帰り……
「次は……あそこね」
彼女に振り回されるようにいくつものお店をはしごする。俺も気兼ねなく入店出来るお店では彼女の試着姿を見て毎回「似合っている」と言っていた。実際、有栖川はどんな服を着ても着こなしている。トラ柄や原色の服でも有栖川なら……流石に無理かな。
「次は……えっと」
「まだ行くのか」
館内にある洋服店は網羅したのでは? 当初の目的だったカードショップに割いていた時間よりも圧倒的に彼女の服探しに時間を費やしていた。
「もしかして嫌になってる?」
「嫌……ではないかな」
彼女の色んな格好を見るのは退屈ではない。普段俺が行かないお店に入るのも新鮮だった。
「良かった……少し休憩しようか」
有栖側とベンチに座って一息つく。ここまでノンストップで見て回っていたわけで、歩数アプリを見てみると一万を超えていた。
俺は肘を太ももの上にのせて歩いている人たちを眺める。家族連れや中学生の集団、老夫婦と歩く人々の年齢層は幅広い。
俺と有栖川のような若い男女二人組もちらほらとみかけた。
……いかんな。思考する時間が生まれると意識しないようにしていてもフードコートで見かけた男女のような関係が脳裏をよぎってしまう。
俺と有栖川はそんな関係では決してない。彼女は月ヶ瀬先輩のように雲の上のような存在で、俺は泥にまみれたような存在。雲泥の差というものである。
「……あのさ、天野」
有栖川はこちらをみないで話しかけてきた。俺が彼女のほうを向くとたまたま視線が重なり、とっさに二人とも顔をそらした。まるでお互いが何かを意識しているみたいだった。
「……もし、よければなんだけど」
有栖川が何かを言いかけた、その時だった。
「いやー、探したよ」
有名RPGのキャラクターのような台詞が背後から聞こえてくる。俺と有栖川は反射的に立ち上がり背後を振り返った。
「せ、先輩?」
「うむ、先輩の月ヶ瀬涼子だよ」
先輩はにぎにぎと手の指を動かしながら挨拶を返してくる。
「先輩は大会に出てるんじゃ……」
有栖川の問いに対して先輩はふっふっふ、と腰に手を当てて笑った。そして手に持っていた携帯の画面を見せつけてくる。
「刮目せよ!」
映っていたのは今日開かれていた大会の優勝者報告画像のスクリーンショットだった。
「優勝したんですね、おめでとうございます」
「ありがとう。 そんなわけで、目的を達して君たちに合流したわけだ」
「…………」
わずか一週間で戦績を残したのは流石である。大会に出始めたばかりの先輩が早々に結果を残したからなのか、有栖川は不満そうな顔をしていた。
「先輩はカードゲームを前からやっているし、有栖川が焦る必要はないよ」
「……違うよ、バカ」
有栖川は小さな声で俺を罵倒するとそっぽを向いた。目に見えて不機嫌になっている。彼女にかける言葉を間違えてしまったかな……聞き返しても答えてくれそうになかった。
「さて、私は何か甘いものが食べたいな」
先輩はあたりを見回しながら歩き始めた。俺と有栖川も先輩の後に続く。大会に出て脳が疲れたのかもしれない。試合後に糖分を欲するのはよくわかる。
そういえば先輩の私服姿を見るのは初めてだなーと、俺は月ヶ瀬先輩の背中を目で追った。普段の学校指定のブレザーを着ている先輩も素敵だが、私服のカーディガン姿もまた似合って……いだっ!
痛みの部分を見ると隣を歩く有栖川が無言で俺の腕をつねっていた。
「視線がいやらしい」
そんな目で見ていたつもりはないのだが……周りからはそう思われていたのか。変質者と呼ばれかねないし、これ以上は見ないようにしよう……
その後、俺と有栖川に合流した先輩の三人でアイスクリームを食べたり、再びカードショップに訪れて適当にカードを眺めたりしていると夕方になり、自然解散の流れになった。
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