第6話 新入部員

「……さて、どうしたものか」


 先輩はいつものように平然とした態度で顎に手を当てて考える仕草をする。多分あれはポーズだけ取って何も考えてない。


「入部するなんて私、言ってませんよ!」

「あー、えっと、なんとか側さん。 ごめんねー」

「有栖川です!」

「先輩、人の名前を忘れるのは良くないですよ」

「いや、あんたはそれ言う資格ないでしょ」


 ごもっともである。俺はしおしおとその場で小さくなる。


「天野君と仲が良いんだねー。 そんなあなたにお願い、名前だけでもいいから貸してくれないかな?」

「私の名前だけ?」

「そう、さっき夕里が置いていったけど、正式に部活として成立するにはこの紙に生徒の学年とクラス、それに名前さえあればいいみたい」


 先輩は机の上に置いてあった紙を取るとこちらに見せてくる。部活動申請書と一番上に記載されたその書類は部活名と部員名、それに活動内容を書く欄が設けられていた。


「いわゆる幽霊部員ってやつさ。 それならあなたにも何も迷惑はかからない。 天野君との仲に免じて、ここにサインをどうぞ!」


 先輩はボールペンを持って彼女に名前の記入を求めた。


「もし妹さんが部室に有栖川がいるのか確認に来たらどうするんですか?」

「その時は適当な理由をでっちあげるから平気平気」


 有栖川とは会ったのも久しぶりであり、免じる仲など無いようなもの……流石に断られるだろ、これは。


「……普段月ヶ瀬先輩はここで何をしているんですか?」

「別にー、なにもー」


 てっきり有栖川も先輩の妹のように断ってすぐに帰ると思ったが、彼女は先輩に問いかける。対して先輩は適当に返した。


「カードゲームだよ、ほらこれ」


 俺は部室の隅に置いてあった段ボール箱を持ち上げて机の上に置いた。


「あー、本当にカードゲームなんだ。 子供が遊んでるやつだよね」

「ぐはっ!」


 有栖川の何気ない発言によって俺はダメージを受ける。高校生はまだ子供だからセーフ、高校生はまだ子供だからセーフ。大事なことなので心の中で二回唱えた。


 ……危ない危ない、俺だから耐えられたものの、オガ先が聞いていたら一撃で即死だったかもしれない。


「そそ、私と天野君がやっているのはそんな子供の遊びだよ。 だからあなたみたいな華の女子高生には縁がないものだ」


 先輩も女子高生のはずなんだけどなー、と野暮なつっこみをいれるか迷っていると有栖川は月ヶ瀬先輩からボールペンを奪い取るように掴み、無言のまま部活動申請書の部員の欄に彼女の名前を書き始めた。


「い、いいのか?」

「天野、私にもカードゲームの遊び方教えてよね」

「え、有栖川カードゲームやるの?」

「別に無理にやる必要はないよ、名前だけ貸してくれればいいから」

「天野、教えてくれる?」

「それは勿論!」


 カードゲーマーの人口が増えるのは嬉しい限りである。初心者に教えるのも楽しみの一つだからな……あー、でも三人になると対戦すると一人余ってしまうのか、いや最初は対戦を横で見たり、先輩か俺がそばで教えながらやれば問題ないのか?


「というわけで、今日からこの部室でお世話になります有栖川瀬奈です! よろしくお願いしますね、月ヶ瀬先輩」


 書き終えた紙を先輩の顔の前に突き出しながら有栖川は笑顔で自己紹介をする。

 なんかその笑顔怖くない? さっきまでの可愛い反応をしていた有栖川さんはどこにいったの?


「わかったよ。 よろしくね天野君のお友達」

「覚えにくかったら有栖でいいですよ、せ・ん・ぱ・い!」


 どうやら名前を認識されていないのを根に持っていたようだ。先輩も先輩でずっと有栖川の苗字をよんでいなかったし、子供のけんかをみているかのようだ。


「……兎にも角にもこれでようやく三人、まだあと一人足りないですね」


 先輩が有栖川から受け取って机に置いた用紙を見ながら俺は話題を変えた。


「幽霊部員でもいいならクラスの子にお願いすれば一瞬じゃない?」

「有栖ちゃん、君は天野君に頼める友達がいると思うのかい?」

「あっ……」

「二人して俺に憐みの視線を向けるな」


 つい数秒前まで犬猿の仲みたいな関係だったのに、なんで急に意気投合して俺に言葉の刃を向けるのかなこの二人は。怖いわー。女の人って怖いわー。


「先輩は誰かあてないんですか?」


 これは入学当初にオガ先に聞いた話だが、先輩は俺と違って品行方正、成績優秀、友達沢山らしい……今思い返すとあの時の俺、オガ先に馬鹿にされてないか? なんか腹立ってきたぞ。


「天野君と違って私が頼めばおそらく誰でも引き受けてくれるが、私が関わると夕里は認めないだろうね」


 自慢ではなく、本当にそうなんだろうなーと納得できてしまうのがこの先輩の凄いところでもあり、イラっとするところでもある。


「妹さんは先輩に部活を辞めてほしいってことですか?」

「そうみたいだね」


 姉妹の関係について深く言及するつもりはない。そうなると俺か有栖川の人脈から誰かを探すことになるが……


「転校初日の子にお願いするわけにもいかないからなぁ」

「あら、天野でもそれぐらいの心遣いは出来るのね」


 え、俺、有栖川にどれだけ人の心がない奴だと思われていたの?


「彼は人の心をどこかに置いてきてしまった悲しい怪物だからね……」


 オレ、ココロ、オトシタ……いかん。このままでは部室内で常に俺がいじられかねない。


「わかりましたよ。 金曜日までに誰か一人名前を借りてくればいいんですね」


 たった一人、それならコミュ力の高くない俺でも不可能ではないはずだ。

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