第5話 廃部宣言は唐突にやってくる
「ほら、あそこが部室だよ」
「ご、ごめん天野。 私、少し取り乱してた」
渡り廊下を通り、階段を上がる頃には有栖川もだいぶ落ち着いていた。
彼女の第一印象は月ヶ瀬先輩に似て、大人びた美人だったがどうも違ったようだ。
さっきの場所に彼女を一人取り残して逃げた方が良かったのではと一瞬考えがよぎったが、そうしたらそうしたで俺の印象が更に悪くなりかねない。
……これ以上下がるかは疑問ではあるけど。
今俺たちがいるのはクラスのあった西校舎の反対側、つまりは東校舎である。東校舎は一階が三年生の教室、二階に職員室やら校長室やらの教師陣の部屋、三階に小規模の部室が纏められている。
普通は上の階に最高学年がいるのではないか?という疑問の回答として一秒でも学業に、受験に専念できるようにと配慮した教室配置はやはり進学校と言わざるを得ない。
「ここに来るまでに見たと思うけど、すぐ下の階は教師たちがいるし、同じ階には他の部活が部屋を使ってる。 有栖川が思うような出来事は起きないよ」
「そ、そうね……」
有栖川は理解を示してくれたみたいだが、まだ顔が少し紅潮していた。ここまで走ってきたせいなのかと思ったが、彼女の視線の先を見て俺はすぐに理解する。
「す、すまん、いつまでも!」
「あっ……いえ、別に」
慌てて掴んでいた彼女の袖を手放した。取り乱していたのは俺も同じだった。手を離した後でもあまりの恥ずかしさに俺は彼女を直視できずにいた。
「ぶ、部室に行くか」
「そう、ね」
なんとも気まずくなった雰囲気を誤魔化すように、俺と有栖川は三階の最奥にある部室へと歩き始めた。
「…………」
何を言えばいいのか分からない俺は無言になってしまう。こういう時、気の利いた男なら自然に相手と和やかな会話をするのだろう。相手が大和田や月ヶ瀬先輩なら共通の趣味で盛り上がれるのだが……そうか、それでお見合いや合コンの最初の質問で「ご趣味は?」と聞くのか!
「天野、部員はあんたと先輩の二人だけなのよね? でもなんか、奥から声が二つ聞こえてくるけど」
「え?」
脳内で一人勝手に自己完結していると隣を歩く有栖川が部室の方を指さして話しかけてくる。耳を澄ませると彼女の言う通り、部室からは先輩ともう一人別の誰かの声が聞こえてきた。
「……ちゃん、…………で、…………るの!」
「わ………………つもりはないよ」
部室の目の前に近づくにつれて中の声が聞き取れるようになる。どうやら入り口のドアが少しだけ開いていたせいで廊下まで声が漏れていたらしい。
「失礼します」
普段ならボケの一つでも言って扉を開ける俺だったが、声のトーンからもめごとだと察した俺はおずおずと部室のドアを開けた。
「お、猫耳男子君じゃないか。 今日は遅かったね」
「ぐ……忘れかけていた記憶を掘り返さないでください。 ……そっちの方は?」
「……どうも、初めまして。 私は生徒会会計を担当しています
「……月ヶ瀬?」
部屋に入るなり俺をいじってくる月ヶ瀬先輩の隣に一人の女子生徒が立っていた。こちらに気が付いて自己紹介をしてくれたが、その苗字を聞いて俺は思わず聞き返してしまう。
「私の妹だよ、月ヶ瀬夕里。 天野君と同じ今年入学したばかりの高校一年生だ」
俺の疑問はすぐに先輩が答えてくれた。一年生から生徒会に入るなんて、さぞ優秀な子なんだなー、と先輩の妹を見ると彼女も先輩と同じ茶色の瞳で俺を見つめていた。
「…………なんですか?」
いや、睨みつけていると表現した方が正しいのかもしれない。様々な死線を潜り抜けてきた……ではなく視線を受けてきた俺だからこそ、こちらに対して敵意を持っているのは読み取れた。
「俺、何かやらかしました?」
「君は常にやらかしているから安心したまえ」
「安心要素がどこにもない……」
先輩公認の無自覚系トラブルメーカーとか何も良くない。
「彼が部員の天野博士ですね? ちょうど良いのでもう一度言います」
月ヶ瀬夕里は話題を変えるようにコホンと咳払いをすると改めて口を開いた。
「カードゲーム部は廃部になります」
「え……?」
「聞こえませんでしたか? 月ヶ瀬涼子、天野博士が所属しているカードゲーム部は廃部になると言ったのです」
整然とした態度で月ヶ瀬夕里はカードゲーム部の廃止を告げてくる。
「ど、どうして?」
「あなたは知らないのですか? うちの高校の部活動は最低四人の部員が必要なんですよ」
「し、知らなかった……」
この部活は月ヶ瀬先輩に誘われて入部したので詳しい部活の成立条件など知るはずもなかった。
「でもカードゲーム部って今年出来たばかりですよね? どうやって成立させたんですか?」
「それはお姉ちゃんが……月ヶ瀬さんが権力を利用して無理矢理作りました」
お姉ちゃん呼びに一瞬気を取られたが、何やら月ヶ瀬夕里からとんでもない単語が出てきた。権力って何? 先輩何をしたの?
「石神高校……うちの学校の校長が私達の祖父なのを利用して、月ヶ瀬さんはルールから逸脱してこの部活を作りあげたのですよ」
「……先輩、それって本当ですか?」
俺が月ヶ瀬先輩に尋ねると彼女は片目をつむって舌を出しながら「てへっ☆」と笑った。確信犯じゃねーか。
「とにかく、私が生徒会会計になったからにはこのような特例は許しません!」
机をバンと叩き、月ヶ瀬夕里は豪語した。
「ところで天野君、さっきから君の隣にいる子は誰かな?」
妹の圧を気にも留めない先輩は有栖川を見て尋ねてくる。
「初めまして。 私はこちらの高校に今日転校してきた有栖川瀬奈です」
俺が紹介するよりも先に有栖川は一歩前に出て自ら自己紹介をする。有栖川は先ほどよりも声を張っていた……さては初対面の年上の相手になめられないようにする為だな? その判断は良いが相手はあの月ヶ瀬先輩である。
「有栖川……有栖川……あー! そうか、君が例の子だね!」
わざとらしい大きな声を出すと先輩は立ち上がり、有栖川に迫ると……抱き着いた。
「ふぇっ……えぇ?」
有栖川は何が起きたのか理解できずにその場で硬直し、月ヶ瀬夕里も理解していないようで抱き着いている先輩と俺を交互に見てなぜ彼女が抱き着いたのか理由を求めていた。
安心しろ、先輩の妹よ、俺もこの状況は何一つわからん。
有栖川から離れた先輩は困惑していた妹の方を向くと今度は彼女に近づいた。
「彼女は我がカードゲーム部の新入部員だよ!」
今度は姉妹同士のハグが見れるのか、と思ったがそうではないようだった。そしてとんでもない事を言い出した。
「え、えぇえええ!」
「お姉ちゃん、それはいくらなんでも苦しすぎるよ……」
ほら、言われた有栖川本人が一番驚いてるじゃん……妹に至っては素の反応になってるし。
「夕里も入ればこれで条件は達成かな」
「わ、私は入らないわよ!」
先輩は妹に抱き着こうとしたがギリギリの所で月ヶ瀬夕里は回避した。う~ん、惜しい。
「と、とにかく、カードゲーム部は今週末の金曜日に廃部にします! それまでにこの部屋の私物を全て片付けるように!」
月ヶ瀬夕里は言い終えると一目散にこの場から去っていき、部屋の中には俺と月ヶ瀬先輩、有栖川の三人が残された。
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