第3話 転校生は美少女金髪女子高生
「お前ら、全員いるなー?」
次の日の朝、担任の鬼道先生がホームルームをけだるそうに始めた。
入学当初は女子生徒から質問攻めにあっていたが、すぐに飽きられていた担任の先生、本名は
プレイヤーネームは苗字から取ったオーガ、知る人ぞ知る歴戦の猛者だ。先生の事を俺は親しみを込めてオガ先(オーガ先生の略称)と呼んでいる。
「転校生を紹介するぞー」
オガ先は生徒が揃っているのを確認し終えるといきなりそう告げた。
「この時期に転校生?」
「うちの学校でもあるんだ」
教室内が軽くざわつく。うちの高校は県内でも比較的進学校と呼ばれる部類の公立高校だ。三か月ほど前、試験に合格して入学した生徒がほとんどの中、突然転入生が来るとなればそんな反応になるだろう。
「おーい、入っていいぞ」
オガ先が教室の入口に声をかけると扉が開かれる。女子生徒がスタスタとオガ先の隣に速足でやってきた。黒板に白色のチョークで名前を書き終えるとこちらを振り返る。
「初めまして、私の名前は
ペコリとお辞儀をした後、転校生はクラスの生徒にニコリと笑顔を振る舞った。
「金髪……」
「とても美人」
「まるでモデルさんみたい」
先ほどよりもざわつきが大きくなる。転入生が美人で、しかもこのあたりの公立高校では珍しい金髪となれば、生徒が動揺するのも無理はない。男子生徒達はすでに鼻の下を伸ばして彼女にくぎ付けだった。
「有栖川は家庭の都合で春頃に関東からこっちに引っ越してきてな……まどろっこしいのは省く、お前ら仲良くしろよ」
「……ん?」
「どうした有栖川?」
オガ先が彼女に尋ねるが有栖川は眉をひそめて俺の方を凝視してきた。え、何?
「あー!」
俺を指さすと彼女は突然俺の方に駆け寄ってきた。
「天野! あんた天野よね!」
「え……」
顔を俺の目の前まで近づけた有栖川は俺の苗字を呼んでぴょんぴょんと跳ねた。
「なんだ天野、知合いだったのか?」
オガ先は俺の方を見ながら多少の驚きを含んだ声で聞いてくる。周りの生徒達はひそひそと俺の方を向いて話し始めた。
「い、いや俺知らないすけど……」
月ヶ瀬先輩の言葉を借りるなら、目の前の転校生は陰キャの俺とは対極的な立ち位置に存在する陽キャの塊みたいな人間である。金髪美人女子高生の知り合いなどコミュニティの狭いカードゲーマーの俺にいるわけがない。
「ひどーい、私の事覚えてないの?」
有栖川は「えー」と悲しそうな表情をする。覚えていない……? つまり俺は過去に彼女と会っているのか?
必死に俺はこれまでの出会いを思い出すが、彼女の顔も有栖川という名前も記憶のどこにも存在していなかった。
「お前、脳の記憶フォルダーをカードゲームに割きすぎて人の顔と名前忘れたんじゃないだろうな? だとしたら最低だぞ」
オガ先が呆れながら呟く。ちょっと、いくらカードゲーム部の顧問だからって今それを言う必要はないでしょ!
「カードゲーム? トランプのこと?」
目の前の有栖川が首をかしげる。どうやら彼女はカードゲームに対する知識は疎いようだ。
「まぁでも、苗字も髪の色も変わったから覚えてないか……」
「苗字……?」
「遠野、私の旧姓は遠野瀬奈だよ」
「遠野……」
彼女の発言を復唱する。遠野瀬奈……だめだ、一向に思い出せない。
「……さいてー」
遠野、ではなく有栖川はそう言うと元の立ち位置に戻っていった。周りから軽蔑の声が聞こえてくる。
わかってる、人を忘れるのは最低な行為だ。こればかりは百パーセント俺が悪い。
「一限は移動教室だから皆、有栖川をよろしくな」
オガ先は言い終えると教室から出て行った。ただでさえ、もともと教室内ではあまり居場所のない俺だったが、今回のイベントによって人の名前を覚えられないカードゲーマーというレッテルが貼られてしまった。
「……はぁ」
俺はため息を吐いて、うなだれながらも移動教室の準備を始めた。
○
有栖川は誰に対しても積極的にスキンシップを取る女の子だった。最初は警戒していた女子生徒も午前の授業が終わり、昼休憩が始まると彼女を中心に輪になって集まっていた。
金髪の女子生徒、それも美人が転入してきたという噂は他のクラス、別の学年にまで広がり、教室前の廊下は見物人で溢れていた。
「すげーな、まるで新しいパックの発売日みたいだ」
そんないかにもカードゲーマーみたいな感想を漏らしながら俺はパンをかじる。ちなみに俺は安定のぼっちである。……べ、別に悲しくなんかないんだからね!
涙で塩の味がするメロンパンを食べ終えた俺は余った時間をどうするか考える。部室に行って気分転換にカードを触りたいのはやまやまだが、部室の鍵は部長の月ヶ瀬先輩と顧問のオガ先が所持している。別学年の先輩にわざわざ鍵を借りに行くのも申し訳なく、今朝の出来事を見ている鬼道先生にお願いしたら現実逃避するなと指摘されかねない。
……流石に教室で一人カードを触る勇気もない。
結局、面倒になった俺は机に顔を突っ伏して寝たふりをする。携帯を触って時間を使うのも考えたが、教室内の反対側で集団を形成している有栖川達が視界に入って気になってしまうので目をつむり完全にシャットアウトする。
う~ん、我ながら実に情けない。
「有栖さんどうしたの?」
「ううん、何でもない」
集団の方から声が聞こえてくる。視界を塞いでも聴覚が俺に不要な情報を伝えてくる。次からは耳栓を用意するかなぁ……
俺は両脇で耳元を覆い、音が聞こえないように努めた。
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