第2話 猫耳男子は流行らない

「遅いでござるよ、ハカセ殿! ……って、なんですかその猫耳は?」

「聞かないでくれ、俺はハめられたんだ......」


 先に着いていた友人が俺を見るなり視線を上の方に向けて問いかけてくる。部活動を終えた俺はカードゲームの大会が開かれているお店に訪れていた。


 彼の名前は大和田拓人おおわだたくと。俺を本名のひろしではなく、大会で使用しているプレイヤーネーム「ハカセ」と普段から呼んでいる友人だ。その独特な口調とふくよかな見た目も相まって漫画のキャラクターのような一種の個性となっている。

 大和田とは中学から友人だったが、別々の高校に進学したので、こうして放課後に校外の大会で顔を合わせているのである。


「今時、猫耳男の子なんて流行らないでござるよ……ましてや美男子でもないですし」

「わかってるよ!」


 誰が男子高校生の猫耳姿など見て喜ぶだろうか、そんな人類いるわけがない……いや、月ヶ瀬先輩はスマホで嬉々として写真を撮ってたな。先輩は人外なのかもしれない。


 猫耳を賭けた試合に俺は完膚なきまで敗北した。まさか俺のデッキに対して完全なメタデッキ……相性の有利なデッキを用意していたなんて想定外だった。どうりで勝利を確信していたわけだ。


『負けた方は今日一日その恰好、それが罰ゲームの内容だったね? 男に二言はなかったよね、ん?』


 と、先輩はニヤニヤ笑いながら大会に行こうとする俺を足止めしてきた。提案した側の俺が約束を破るのは良くないわけで……


「……というわけで猫耳なうってわけ。 アンダースタンド?」

「と、年上の先輩と夕暮れの教室で二人っきりですと?」


 うん、理解してないね。ていうかそこまで詳細を言ってないのに、なんでこいつは把握しているんだよ。先輩といい、俺の周りにいる人間は人の心を読む特殊能力者なのか?


「その先輩が男なら許しますぞ」

「残念、女だ」

「コロス」

「待て待て待て、カードショップで殺人事件は流石にまずい」


 いや、どこでも良くはないけれども。とりあえず目の前で獰猛な獣になった大和田をあやして落ち着かせる。ほーら、目の前にいるのは人畜無害な猫耳男子ですよー……いや、これ弱肉強食の関係上ダメなやつだ。


「それでは一回戦を始めまーす! ハカセさんとブロッコリーさんはこちらの席にお願いします」

「な、名前呼ばれたから行ってくるわ」


 逃げるようにその場から離れて俺は対戦卓に座った。大和田を見るとフーフーと息を荒くしてこちらを睨みつけている。いや怖ぇよ、しばらくは近づかないとこ……


 獣から視線を外すと目の前に座った対戦相手の男性に挨拶をする。年齢は俺と同じくらいだろうか? 

 相手は俺を見るなり「え?」と若干引いたようなリアクションをしていた。あー、この猫耳ね……うん、気になるよね。

 いちいち説明をしてもキリがないので「気にしないでください」と一言告げて対戦の準備を始めた。


  ○


「いやー、流石はハカセ殿ですな!」


 大会を終えた大和田と俺は家に帰るために自転車のペダルを漕ぎながら会話する。

 第一試合が終わる頃には大和田も沈静化していた。どうやら初戦で何度かプレイングミスをしていたらしく、結果は振るわなかったようだ。

 一方の俺は優勝。店員さんにSNSに優勝者デッキを投稿するので何かコメントはありませんか?と聞かれたので、「猫耳最強!」とやや自傷気味に答えた。

 ショップの公式アカウントの投稿を確認したら本当にそのまま書かれていたので、明日先輩に「猫耳天野君、優勝おめでとう!」とネタにされるのが容易に想像出来る。


「次の週末はどこの大会に出られますかな?」

「そうだな、カゼノタウンなんてどうだ?」


 俺たちの地元にはありがたいことにカードゲームの大会を開催してくれる場所が沢山ある。

 今提案したカゼノタウンという場所は映画館やスーパー、ゲームセンターなどを纏めた複合施設の名称だ。その施設内の本屋と合同のスペースで毎週土曜日に大会が開かれている。


「了解であります! では自分はこのへんで!」


 大和田は片手で敬礼ポーズをとると信号機の色が変わる前に離れていった。じゃーなー、と適当な挨拶を終えて一人になった俺は自宅へ向けてペダルを再び回し始めた。


 これから湿気にまみれた六月が来るのを考えると億劫になるが、今はまだ前に進むと流れてくる夜風が心地良い。


 高校生になって約二か月、平日の放課後は月ヶ瀬先輩と部室で遊び、今日みたいに大会がある日と週末は大和田と遊びつくす。

 中学生と比べて今の自分は間違いなく青春を謳歌していた。


 人によってはカードゲームを中心としている今を青春と呼べるのか怪しいのかもしれない。けれども、俺にとっては間違いなく青春と呼べる日々である。


 この日々の幸せを当たり前のものだと勘違いしないように、俺は帰り道にその日を振り返り、決して忘れないようにかみしめながら帰るのであった。


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