なんでもたべちゃえ

はるむら さき

なんでもかんでも


これから語るのはとても滑稽な話さ。

あなたがそれに関わらなければね。



――――――――――――――



世界のどこかに「なんでもたべちゃうハト」がいる。

そいつはとっても大きくて、どしゃ降りの日の雲みたいな汚い灰色の翼をバタバタさせて、どこからともなく現れた。


見た目はハトそのものなのに、国お抱えの数学者と詩人を百人合わせたよりも賢くて、もちろん、ヒトの言葉だってペラペラペラペラ話せちゃう。

ただその声っていうのが問題で、怒り狂ったおかみさんを百人集めて合わせたよりも、耳障りで甲高い、耳をつんざく何とも嫌な声でね。

おまけにとっても理屈っぽくて、皮肉屋な上にひがみっぽくて、グダグダグダグダながったらしい話し方をするんだから、たまらない。

だからって、少しでも無視をしようものなら、怒りだして、更なる早口で口汚く罵りながら、地団駄踏んで暴れだすんだから、手におえない。

だから、ハトが話しだしたら、それがどんなに意味不明で脈絡がない、陰気で真っ黒な言葉の羅列だとしても、聞いてあげなくちゃならないの。

それで一日が潰れちゃうけど、被害を最小限に抑えたいなら、それしか方法がないから仕方ないね。


そんなわけで、そのハトは世界中から嫌われていたのさ。

大きな国も小さな国も、万が一にもハトが自分の国へと降りてきたりしないように、自分の国で、いちばんめだつ背の高い時計塔か教会か、あるいはその両方に、大きな目玉を描いたハトよけを用心深く吊るしてた。


ところが愚かなヒトというのはどこにでもいるわけさ。

世界中から忌み嫌われているハトだけど、たった一点。皆がどうしても抗えない魅力的な物を持っていた。

それはハトの風切羽。

この世界を束ねる王様は、それで作った羽布団がたいそうなお気に入り。

ハトが気まぐれに落とすその羽が一枚あれば、王様の大事なお妃様や王子様に、お姫様。それどころか忠実な家臣達まで与えても、まだ余るほどの極上の羽布団が仕立てられる。

羽をたった一枚献上するだけで、小さな村なら村人全員が、死ぬまで困らないほどの対価を王様から頂けるというのだから、貧しい村ならなおのこと。その魅力に抗えず、ハトを自分の村へと呼んでしまうのさ。


貧しさの中でしあわせに生きることを拒絶して、一生懸命、他所に希望を見いだそうとする若者ほど、「皆のためだ」と言ってはハトよけの大きな目玉を外して、それを招き入れてしまう。

その選択が、どんなに恐ろしく無謀な事か、過去の書物が語っているのに、その時は耳なんて傾けない。

そういうやつほど、すべてが終わってしまってから、空を見上げて「こういう運命だったのだ」。

…なんて、無責任な言葉だけ残して、責任の重さに押し潰されないよう、自分だけ守って、ふと姿を消してしまうんだから、やってられないね。



今はどうか知らないけれど、ちょっと前まで、そのハトはね。

あなたが住んでる国から見て、まっすぐ北東に進んだところにある、うすぐらい村のせまい森にいたはずだよ。

その村の人が書いてた日記が、ほらこれさ。



『 おはよう。

朝日が昇ってハトが目覚める。

「お腹がすいたっ!」と、空が明けていく片っ端から、村中の人々を起こしてまわって、騒ぎ立ててはハトがパンを奪っていく。

これで今日、私と家族が食べるパンは無くなった。


ハトの腹が膨れた。

罵詈雑言が響き始めた。

何が気に障ったのか、もう考えるのもやめた。その方がまだ少し、楽に息ができる気がする。

ああ、この怒りようだとまた一日が潰れる。畑を耕す暇はない。

先日植えた小麦も野菜も、芽をだす前に、まただめになる。

「昨日の方が食べ物ひとつ多かった!」「おまえのところのパンは固い」…昨日も、一昨日も、同じ文句を言っていた。

さらには、昔の事までほじくりかえし「この村へ最初に来たときは、もっと皆、親切だった」「パン以外にも、新鮮な野菜だってあったのに」だとか、今日は特にひどい。

まあ、機嫌の良い日だって、どこかから不満を探してきては、必ず我々を言葉でもって呪うのだが…。


だが、どんなことを言われようが、こちらの気分が悪くなろうが、一日がそれで潰れようが、家にある食べ物が底をつきようが…。


一度村へと招き入れてしまったからには、ハトに従わなくてはならない…。

あの書物に書かれていたことは本当だった。

ああ…。彼らがあんなことをしなければ…。


あれから、もう一週間になるだろうか。

ハトのあまりの無理難題に、耐えきれなくなった隣の国は、パンもリンゴも馬車も家も歴史も文化もその墓場から揺り篭まで…。


「なんでもかんでもたべられて」しまった。



それだけなら、まだしも…。

…ああ、何という愚かなことをしでかしてくれたのだ。

我々の村はハトよけの目玉を吊るしていたというのに。

まさか、隣国の若者たちが「ハトがこの国へと降りてきやすいように」と、勝手に外していたなんて思わないじゃないかっ。

完全なとばっちりだというのに…。

…ああ。ハトを養い続けなければ…。

この村に生きる子どもたちが、逃げられるようになるまでは。

「我々は死ぬことさえ許されない」… 』




…ああ。

日記はここで終わりだね。

滅びた国とこの村に住む人たちは知らなかったのかな?

書物には書かれていないもんね。

その部分は、あの羽毛布団好きの王家がすっかり焼いてしまったのだもの。


「ハトが羽を落とすのは、八つの大国と十の村を喰らい尽くした後にだけ」


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なんでもたべちゃえ はるむら さき @haru61a39

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