6-2

「副社長の口座に送金された経緯は不明です。しかし正規の代金は会社に支払われていますし、契約とは関係のないお金です」

 ラグニアの代金が間違われてアルクスの口座に支払われた。なんて事がある訳はない。五金セドニ五〇〇万円もの大金、一体何故送金されたのか。

「……個人的な契約とかでも無いんだな?」

「それも無いと思います。副社長はイストリアの社長とは契約以来会っていないと言っていました。それに、会社の規約では個人的なコンサル契約は禁じられていますから」

「そうだな……ところで、その口座の情報はどこから聞いたんだ? 本人に聞いたんじゃないんだよな?」

 他人の口座の取引履歴なんて銀行が教えるわけがない。本人に聞いたのでもないとすれば、一体どこから聞いたのだろうか。そのタリヴァスの問いに、セリナは珍しく視線を泳がせた。

「……直接確認しました」

「直接? 銀行に行って……聞いてきたという事か?」

「いえ、正規の方法では不可能ですので……少々問題のある方法で」

「……問題のある方法?」

 タリヴァスはセリナを見つめる。さっきは一瞬後ろめたそうな顔を見せたが、今は普通の表情に戻っている。いや、開き直ったといってもいいかもしれない。タリヴァスの脳裏に嫌な予感がよぎる。

「問題があるというのは、つまり……」

 タリヴァスが最後まで言うのを躊躇っていると、セリナが言った。

「銀行に忍び込みました。保管してある帳簿を確認し、不審な記録を発見しました」

 タリヴァスは絶句した。数瞬、思考が止まる。銀行に忍び込んだ? ははは、セリナは一体何を言ってるんだ。彼女でもたまには冗談を言うんだな。そう思おうとしたが、そうではないことは分かり切っている。セリナは間違いなく銀行に忍び込み、直接帳簿を確認したのだ。それはれっきとした犯罪行為だ。

 タリヴァスは大きく溜息をつき、瞑目して椅子にもたれかかる。数秒かかって気を取り直し、姿勢を戻して目を開けた。セリナはいつものまじめな顔でタリヴァスを見つめていた。

「どうやったんだ? 忍び込むだなんて……警備がいるだろ?」

「詳細は伏せますが、これが写しです」

 そう言ってセリナは書類の束から一枚の紙を取り出す。それは手書きの資料で、口座の取引履歴が書かれているものだった。ここ一年ほどの履歴が書かれているが、毎月アランティ工業から送金があり、これは給料だと分かる。そして半年ほど前の日付のところで突然五金セドニ五〇〇万円が振り込まれている。その金は引き出されることもなくそのままになっていた。

「取引の見返りと言う事か……?」

「その可能性が高いかと」

 アルクスはイストリアの社長が突然訪ねてきて契約を結んだと言っていた。以前に聞いた限りでは、アルクスの対応には特におかしなところは感じなかった。

 結果的にイストリアは野盗だったわけだが、アルクスは利用されラグニアを売ってしまったのではなく、野盗と知っていて売ったという事か。あるいは野盗であることを知ってしまい、その口止め料として金をもらったのか。アルクスからそんな事の相談は受けていないし、軍に通報したという形跡もない。

 まだ決めつけることはできないが、アルクスまでラグニアの横流しに関わっていたという可能性が出てきた。身内に裏切られるとは……タリヴァスはめまいがする思いだった。

「……何故分かった? 販売記録に不審な点が?」

「いえ、販売記録には不審な点はありませんでした。しかし、社長が副社長に聞いた時の受け答えが余りにも……何と言うか、出来過ぎと感じたので」

「出来すぎ? どういうことだ」

「半年ほど前に社長は、軍とその下請けの警備会社との打ち合わせを行いました。販売の契約はしませんでしたが、前向きに検討するという旨の回答を行っています。覚えておいでですか? メラン大尉とラホール総合警備の担当者が相手でした」

 メラン大尉は覚えている。年に数度だが会社に来てラグニアの契約をしたり、整備の話をしたりする。だがラホール総合警備というのは記憶になかった。打ち合わせで何を話したかというのも覚えていない。

「……あまり記憶にないが、それが?」

「社長も副社長も来客の対応で頻繁にお客様に会います。ですから一件一件はそれほど印象にも記憶にも残らないでしょう。だから半年前のことをあれだけ詳細に覚えているというのが、私には不自然に思えたのです」

「だが副社長が販売契約するのは稀だから……覚えていたんじゃないのか?」

「そうも思いましたが、疑いの目で見ると怪しいことが多い。結果論ではありますが、実際に不審な送金があり、イストリア警備保障も野盗だった。社長に聞かれることを想定し、ある程度用意しておいた言葉を答えたのだと思われます」

「そういう事なのか……?」

 アルクスは会社に勤めて長い。ドラコルとの個人的な付き合いもあった男だ。それが不正に手を染めたとは信じたくなかったが……しかし突きつけられた事実はアルクスが限りなく怪しい事を示している。

「軍の誰かが野盗の会社設立に力を貸し、野盗はラグニアをうちで買い、アルクスは金を受け取った。もしそれが本当なら……」

 タリヴァスはグロツキンの死んだ家族のことを思い出した。うちの会社も被害者……そう思いたかったが、これでは加害者の一人だ。タリヴァス自身が何かをしたわけではなくとも、社員が不正に加担したのであればそれは十分に責任がある事だ。

 だが、一つ分からないことがあった。

「あの黒衣の女たちは……野盗の仲間なのか?」

 タリヴァスの呟きに、セリナが反応して聞く。

「黒衣の女というと、社長を襲撃して誘拐したあの連中のことですか?」

「そうだ。昨日野盗とやり合った時に黒いポータルが開いてモンスターが送り込まれてきた。あのポータルの感覚は、閉じ込められていたダンジョンの部屋で感じたものと一緒だった。あの女どもの姿はなかったが、地上で人を襲うモンスターなんてあいつら以外に考えられない。だが何故、モンスターを送り込んできたのかが分からない……」

「ラグニアを奪われると、不正が明るみに出て都合が悪いのでは?」

「奴らはモンスターを操る。魔術も使える。一人はすさまじく強い戦士だし、ラグニアなんかなくても十分に強い。それにあの見た目も持っている力も、その辺の野盗と同類とは考えにくい。野盗と手を組んでいるとして、その目的は一体なんだ?」

「彼女らがラグニアを必要としたのではなく、必要とする誰かに渡すために手に入れたかった。その可能性はあります。普通の装備ではなく、野盗にラグニアを持たせて何かをさせたかった……」

「軍隊でも作るっていうのか? 俺達にゴーレムを作らせたのもその計画の一つなのか……」

 大量のラグニア。そして大量のゴーレム。それがあれば何が出来るだろうか? ゴーレムはダンジョンでしか使えないが、一〇〇体もいれば大抵のダンジョンは一〇階までなら楽に攻略できるだろう。ラグニアは地上でも使えるし、非常に危険な武器であることはタリヴァスも我が身で思い知った。

「アルクス……黒衣の女どものことも知っていて黙っていたのか? だとするなら……!」

 あの日の襲撃で社員には死人も出ている。金と引き換えに魂を悪魔に売り渡したに等しい行為だ。アルクスが関与しているのだとして、もしイストリアにラグニアを売っていなければグロツキンの家族も死なずに済んでいたかもしれない。

「奴はいるな?」

「はい、おります」

 タリヴァスは立ち上がり、アルクスの部屋へと向かった。

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