Part8
「っ……!」
蓮也と臥竜の顔面の寸前を故意に見える動きで通過したそれは、源物質で構成された触手だった。
2人は即座に後ろへ下がり、その主であろう者――特異体を待つ。
『特異体がここに……やっぱり協力関係にあるのか……?』
朱鷺は焦りと共に、そんな予想を呟いた。
しかし、現れたのは予想外な相手だった。
「久しぶり。NRFのお二方」
左の道からゆったりと歩いてきたのは、顔を仮面で閉ざした人間。地上基地のリベリアーズ隊員らしさもあったが、そのデザインは確かに異なっていた。
完全な黒に染まった、見るだけで吸い込まれてしまいそうなものだった。
その特徴が示すのは、その者は朱鷺が予想していた『特異体』ではなく、『リベリアーズ幹部』だということ。
「仮面野郎……なんでお前が――!?」
蓮也らの前にいたのは、リベリアーズ幹部4人目。常に仮面を付けているが故素性が分からず、『仮面野郎』や『仮面』のように呼称されている者だった。
して、今言った通り、そいつは幹部――人間である。
なのに、源物質を操っていた。
蓮也の顔に驚愕があったのは、このような背景があった。
「あれ? これ使ってんの見せてないっけ?」
仮面の者は、呼び名があるという事実が示すようにNRFと地上で遭遇したことはある。しかしながら、そこで今回のように源物質を操っている姿は見られなかった。
リボルバーを用い、機敏な動きで以て隊員らを翻弄していた。
『あいつ、胸元に模様がある。きっと――あいつ自身が特異体なんだ』
「……!」
耳元で呟かれた情報に、蓮也は目を見開く。
確かに、それは事実だった。地上で遭遇した際は装備に秘され見えなかった奴の鎖骨の間には、光る紋様があった。
「あ、気づいた? そう。僕はリベリアーズの幹部であると共に、君たちが言う『特異体』の――【code:disaster〈
仮面の者――ランは、嘲笑うように自己紹介した。
「何が……何が目的だ!」
明花を背負う手に力を込めつつ、蓮也は言った。
「この状況で、君らを殺さない以外にある?」
その一言で、場は一気に静まり返った。
「でも君らはどうせ勝てない。単なる虐殺になっちゃうかもね」
蓮也は明花を背負っていて、彼女を下ろせば危害が及ぶため、下ろすことはできない。臥竜としても、武器はハンドガン一丁で残弾も少なく、まともな装備も整っていなかった。
ランが笑った通り、絶望的だった。
勝算は、ゼロかに思われた。
『(いや。1パー程度なら……!)』
朱鷺が心中で希望を抱いたと同時、エレベーターの方から足音が響いた。
「これでも……同じことを言えるか?」
「私達だっているんだ。負けるものかッ!」
その主は、立花と煉馬だった。
この数十秒前に幹部を殺し終え、救援に駆けつけたのだった。
「……まあ、2が4になったとてそんな変わらない。どのみち蓮也は戦えないしね」
ランは蓮也を名指しにし、この状況にも臆することなく言い放つ。
「果たして――何秒持つか!!」
ランの背中から、幾重にも別れた触手が
「蓮也がエレベーターに明花を置いて、臥竜は彼女の防衛に専念しろ! 蓮也は……前線で戦え。大丈夫。臥竜を信じろ」
朱鷺は司令官室の奥の部屋で、真剣な面持ちで指示を飛ばした。3つのボディカメラの情報から場面状況を正確に理解し、常に脳を回し続ける。
頻度こそ少ないものの、何度かこのように特異体と戦闘する任務は経験があった。
しかしながら、ランとのマッチアップは未経験だった。
今まで能力も存在自体も"あいつ"から聞いただけであり、奴がどう攻めてくるのかも知らなかった。
だが、それでもやらねばならない。
ここでやりきらなければ――悪魔の年の再来だ。
朱鷺の手には、自然と力が込められた。
(ひとまず……戦えてはいるか)
ボディカメラには、少なくとも皆が惨殺されている様子は映っていない。
ランの背後から伸びる触手を避け、斬り、生き延びていた。
しかし、やはり効果的な一撃は生まれていなかった。
ランは、〈壊造〉との呼び名がついている通り、源物質の破壊と創造に長けた特異体だ。
通常の特異体は源物質の生成及び破壊にはエネルギーを消費するが、ランに関してはその概念が存在しない。全く体力もエネルギーも消費せず、馬鹿みたいな量を生成できる。
だが、言ってしまえばそれだけである。
触手のように伸ばした源物質を鋼鉄に変えることは出来ず、源物質の性質はそのまま。
ただ、それでも弱いなんてことは当然無かった。
経験が無いためあくまで朱鷺の想像ではあるものの、源物質の粘性を用いた絞首、行動の制限など、様々な攻撃手段を持っている。
そんな未知数の相手と、皆は戦わざるを得なかったのだった。
(というか……おかしいな……)
朱鷺は指示を飛ばしつつ、脳内である違和感を抱えていた。
(『ラン』という名前も、コードも。全部、NRFの機密情報のはずだ。なんであいつが知ってる……?)
『ラン』や『壊造』なんていう呼び名もNRFが勝手に付けたもので、ニーロ自身がそう名乗っていた訳では無い。
それなのに、奴は知っていた。
(それに、あいつが仮面をつける理由も……)
ニーロであるなら、わざわざ顔を隠す必要もないはずだ。ニーロには個人情報も何も無いし、見られたとて悪影響が生じることもない。
(だとしたら、顔を見られることに別のデメリットが? でもそんなの何も――)
頭の中を様々な疑問が駆け巡ったが、何より今は特異体との戦闘中。
そちらに意識を集中させねば、皆倒れる。
朱鷺はこれ以上疑問の答えを探すのをやめた。
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