第五章 六骸

Part1

 NRF、生活事務。それは、NRFの隊員が活動する上で欠かすことの出来ない役割である。衣服の洗濯やら、建物内の清掃やら。一般的には"雑務"の一言でまとめられてしまうような業務内容だが、そういったことをしてくれている人間のおかげでどんな社会も回っていることを忘れてはならない。

臥竜がりょうちゃん……朝だよ……」

 5:00を示す時計がアラーム音を響かせる部屋の中、根暗な印象を持たせる翠髪の少女が、隣のベッドで眠る少女に声をかけた。寝起きだからということは無く、常日頃カールしたままの毛先の彼女は、織山玖。生活事務としてNRFに勤める、齢27のアラサーであった。

「やだ!もうちょっと寝る!」

 寝起きとは思えないほどの大声で起床を拒否したのは、〈巡臥竜めぐりがりょう〉という名の少女。玖とは対象的な印象を抱かせる桃色の長髪がトレードマークの、時を同じくしてNRFに生活事務として入隊した人であった。そんな彼女は未だ布団の中に埋まっており、電灯の光を浴びるのを拒否していた。

「ほら、早く起きるよー……皆起きちゃうから……」

 生活事務の業務は、毎朝の生活棟の洗面所とトイレの清掃から始まる。そんな地味な作業を、毎朝5:00に起きてやるわけだ。それ以外にも昼間から夜にかけて業務は膨大なため。正直、隊員と同等かそれ以上に大変な役割ではある。

 それもあり、生活部屋は豪華な仕様になっていた。高級ホテルのような壁と床、増員を見込んで3つ並べられたシングルベッド。それでもなお未だ余裕を見せる部屋の広さで、大変さに見合った待遇であった。

 2人はそんな部屋を出て、彼女らの部屋が存在する事務棟にも変わらずある洗面所で顔を洗って鏡を見ながら髪を整えた。玖は一応カールを直そうと善処し、臥竜は長髪を2つに結んで長めのツインテールを形成した。

 その後に、2人は更衣室へ移動した。生活事務には専用の制服が与えられており、動きやすさと洗濯のしやすさを両立したものだった。2人はそれを身にまとい、エレベーターに乗ってから少し歩き、生活棟1階の食堂へ向かった。

 ここは早朝深夜問わず活動しており、シフト制と言えど、こちらも中々大変な仕事である。

 その事実に感謝の気持ちを抱きつつ、2人は活動の基礎となる食事を手短にとった。10分も経たぬうちに食べ終えると、2人はそのまま生活棟の2階へと向かう。

 そこはリーテン・フォーゲルとクローカの生活部屋が位置する階で、彼らが起きる前に洗面所とトイレの清掃を済ませた。現在時刻5:45。6時に一斉にアラームがなる為、時間には余裕があった。ただ、これも彼女らの努力の賜物であり、初めの頃はここまでの余裕が生まれることは無かった。

 そのままの勢いで3階の清掃も終えると、今度はまたしても事務棟に戻り、自分達が使った洗面所の清掃を行う。こうしているうちに6:00を迎え、今日もなんとか間に合ったと胸を撫で下ろすのが、生活事務の日常だった。

「あ、おはよう!凪!」

「……」

 そんな時、生活事務の部屋の隣の扉が開いた。そこから出てきたのは、仏頂面の少女。肩ほどの薄灰のショートヘアの彼女は、〈音無凪おとなしなぎ〉という名の、『戦闘事務』の人間だった。戦闘事務は生活事務と異なり、主に銃火器の整備などを業務内容とする。それ以外にも、隊員が地上での任務中危機に陥った際のサポートを行ったりもする。ただ、後半に関しては場合により生活事務が担当することもあった。

 そんな戦闘事務の彼女は中々無口なやつで、臥竜の挨拶にも軽い会釈を返すだけだった。しかしそれもいつもの事なので、臥竜と玖は特に気にする素振りも見せなかった。

「さーて、こっから洗濯かー……」

 臥竜は一度そんな弱音を吐いたが、それでも仕事に穴は開けるまいと、エレベーターに乗って業務に戻るのだった。

 その後は、隊員の寝間着を集めて洗濯したり、隊員の生活部屋を清掃したり。

 あっという間に昼夜は過ぎていった。



「よし……これで終わりかな」

「だね。お疲れ様!」

 既に時刻は22時を回り、2人は大浴場の清掃を終えた所だった。

 そのまま2人は部屋へ戻ろうとするのだが、エントランスを通過した時、臥竜は朱鷺に呼び止められた。

「臥竜、少しいいか?伝えなきゃいけない事があって……」

 珍しいことだなと少し思いながらも、「いいっすよ〜」と素直に返事をする。その場で玖と別れると、臥竜は司令官室へ通された。毎日の掃除で立ち入っているためもう見慣れてしまったアンティークな机の前に、臥竜は立たされた。その前で朱鷺が椅子に腰を下ろし、臥竜に何かを口頭で伝える。

「今日は……少し厳しい話をする――」

 その後に告げられた朱鷺からの言葉に、臥竜は僅かばかり瞳を揺らした。それは、未知に対する恐怖と、伝えられたことに対する驚きの意味があった。

 しかしそれでもすぐに受け入れると、了解の返事を返した。そのまま臥竜が部屋を後にすると、朱鷺は背もたれに背を預け、今後の展望を再確認した。

「ひとまず臥竜についてはこれで一旦大丈夫で。んで……他のも進めなきゃな。最初は……これだな」

 朱鷺は、机上の紙を一枚手に取った。紙とは言ってもそれはメモ用紙のようなサイズで、文字が何行か刻まれていた。少し前、緋里の様子を桐香に尋ねた時についでにやった聞き込みのメモだった。

 タイトルなのか、『立花の現状と今後の見立て』という文言が上部に大きめに書かれていた。

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