僕にとっての君 一

 翌日の昼前。


 僕は準備を整えると、坂上との集合場所へと向かう為に家を出た。


 集合場所は坂上に分かりやすい様に前と同じ場所にした。


 集合場所に辿り着くと坂上の姿は見当たらなかった。


 僕は壁に寄り掛かると、欠伸を一つした。


 結局、坂上とのメッセージのやり取りを終えた後、中々小説を書く作業を切り上げる事が出来ず、遅くまで起きていた。


 連日この様な生活を送る訳にはいかないが、僕は眠気を感じながらも不思議な充足感に包まれていた。


 しかし、そんな気持ちになりながらも僕には一つ気になる事があった。


 それは、坂上の服装である。


 昨日、坂上が言っていた、『デートに制服を着てこようかな』と言う言葉が、冗談だと分かっていても頭から離れないのだ。


 坂上が言った直後に鈴村さんも注意をしていたから着ては来ないとは思うが、どうしても気になってしまう。


「宇多川君、お待たせ〜」


「わっ、さ、坂上さん」


 そんな風に考えていたからだろうか。


 坂上から声を掛けられて僕は驚いてしまった。


「えっ、どうしたの、宇多川君。大丈夫?」


 まさか坂上が制服を着て来るかどうかでモヤモヤしていたなんて言う事は出来ない。


「い、いや、なんでも無いよ」


 僕はそう言って誤魔化すと、坂上は何を着て来たのだろう、と思いながらそちらに視線を向けた。


 坂上の履いているスカートが制服のスカートの様に見えて僕は一瞬動揺したが、さらに視線を上げて良く見ると、それは紺色のワンピースだった。


 一瞬でも制服と見間違える程に僕は坂上が制服を着てきてくれるのを期待していたのだろうか。


 そう思い恥ずかしくなっていると、僕の様子を見た坂上が不思議そうに首を傾げた。


 すると、僕の視線が自分の着ている服に向かっているのに気が付いたのか、「もしかして」と坂上は呟くと、ニヤッと笑みを浮かべた。


「宇多川君、私が制服を着てくる事を期待してた?」


「……い、いや、そんな事は無いよ」


「……本当かなぁ?」


 僕の誤魔化し方が下手過ぎたのもあるが、坂上は面白そうに言って、追及の手を止める気配が無い。


 このままでは昨日の様にひたすら坂上に弄られてしまう状態になってしまう。


「本当だよ。今日着ている服が坂上さんに似合っているな、と思っていたんだ」


「えっ? 本当? 嬉しい」


 それは避けたいと思いながら言った一言に坂上は嬉しそうな表情を浮かべた。


 これは、話題を変えるチャンスだ。


 そう思った僕は、「今日は景色が良い所にしたから早速行こうか」と、声を掛けた。


 僕の言葉に坂上は、「うん、行こう! すごい楽しみ」と楽しそうに言うと、僕の隣に並んで歩き出した。


 そして、笑みを浮かべたまま僕の顔を覗き込むと、「私は別に宇多川君が制服好きでも構わないよ」と、悪戯っぽく呟いた。


 その時になって初めて坂上は誤魔化されていた振りをしていただけだという事に気が付いた僕は自分が俳優と一緒に居る事を再認識したのだった。


「昨日より少し距離があるけど、歩きと電車のどちらにする?」という僕の問いに対して坂上は、「歩いて行こう!」と答えたので、現在僕達は一昨日大仏を見に行く為に通った道を再び歩いていた。


「大仏の近くにあるの?」


「そうだね、少し先にあるよ」


 そんな話をしながら、大仏の入り口まで来ると、僕と坂上はそこには入らず、逸れると脇道に入った。


「へー、さっきまではお店がいっぱいあって、いかにも観光地って感じがしたけど、少し離れるだけで一気に住宅地に入るんだね」


「そうだね。住宅地を通る道だから知らない人が多いけど、ここを抜けると、お店までの近道になるんだ」


 そして、先に進むと大きなトンネルが見えてきた。


「なんだかトンネルをくぐる時ってワクワクするよね」


 そう言って、楽しそうに歩く坂上の事を見て微笑ましく思いながら僕は頷いた。


「分かる。それに音が良く響くから小さい頃はよく歌を歌ったりしていたなあ」


 僕の言葉を聞いて坂上は、「それ楽しそう」と呟くと辺りを見回した。


「私達の他に誰も居ないから良いよね?」


 その言葉を聞いて、どうやら坂上は歌いたい様だ、と思った僕は、坂上のその仕草を可愛らしく思いながら、「良いと思うよ」と言って、頷いた。


「よし!」


 坂上はそう言うと、楽しげに鼻歌を歌い始めた。


 坂上は鼻歌はすぐに反響し、トンネルの中を埋め尽くした。


「思ったより響くね!」


 そう言って、進む坂上を見て、僕も段々と楽しげな気持ちになってきた。


 すると、突然、先を進んでいた坂上がこちらを振り返った。


「坂上さん、どうかしたの?」


「宇多川君も一緒に鼻歌を歌おうよ」


 僕はその楽しげな誘いを受けると、辺りを見回した。


「僕達の他に誰も居ないから良いよね?」


 先程、坂上が言った言葉を坂上の口調を真似しながら僕は言った。


 すると、坂上は、「まさか、それは私の真似?」と、不満そうな表情を浮かべた。


 そして、すぐに何かを思い立った様な動きをすると、「良いと思うよ」と、神妙な顔付きで呟いた。


「まさか、それ、僕?」


 まるで僕に似ていない、と思いながら言うと、「クオリティに関してはどっちもどっちですー」と言って、笑みを浮かべた。


 そして、坂上は僕に数歩近付くと、「それで、鼻歌は歌ってくれるの?」と、呟いた。


 僕が頷くと、坂上は嬉しそうな表情を浮かべてから、「よし、じゃあ、せーので始めるよ」と言って、前を向いた。


「せーの」


 坂上の合図に合わせて、僕も鼻歌を歌い始めると、そのデュエットはトンネルを出るまで続いたのだった。

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