リベンジデート 一
僕は店から出ると、『今から向かうね』と、メッセージを送った。
この店からはそんなに離れてはいないが、もし坂上がもう駅に着いていたら待たせる事になってしまう。
そう考えた僕が早足で駅の方に向かうと、駅前に坂上の姿を見つけた。
「坂上さん」
「あっ、宇多川君!」
僕の声に気が付いた坂上が元気に手を振った。
「来てくれてありがとう、早かったね」
「まぁ、近くに居たから」
僕の言葉に坂上は、「良かった、良かった」と頷きながら言うと、突然片手を挙げて、「それじゃあ、早速デートをしよう!」と、宣言をした。
「いや、突然過ぎるよ」
坂上の言葉にほぼ反射的に口を開くと、坂上は、「そうかなぁ」と、不思議そうな表情を浮かべながら呟いた。
「大体、何処に行くつもりなの?」
昨日はここ近辺の事は分からない、という発言をしていた事を思い出した僕がそう尋ねると、「写真映えしそうな所」と、アバウトな答えが返ってきた。
「昨日、嬉しそうに写真を撮っていたと思うけど」
僕の言葉に坂上は首を横に振った。
「ご飯を食べるのも良いけど、それ以前に二人で写っている写真が無いのはデートと言わないそうです」
それは誰の意見なんだ、と思ったが、確かに傍から見れば、ツーショットが無いというのはデートと思えない人もいるかもしれない。
「……それじゃあ、今日の目的はツーショット写真を撮るって事?」
目的とか言っている時点で既にデートっぽく無い気がする、と思いながら確認すると、坂上は、「その通り!」と、元気良く頷いた。
「それで、宇多川君、何処か良い場所は無いかな?」
そもそも誰とも付き合った経験が無い僕に尋ねるのはお門違いだ、と思いながら、何処か良い場所はないか、と頭を捻らせた。
「……坂上さん、大仏って興味ある?」
「大仏?」
「そう。ここ近辺に大きな大仏があるんだ。それをバックに写真を撮ったら良いんじゃないかな」
僕の提案に坂上は、「おおっ!」と、声を上げた。
「それ聞いた事がある! ここら辺にあるんだ。そこにしよう!」
「ここから歩いてでも行けるけど、電車の方が早いよ」
僕の言葉に坂上は、「うーん」と言って、しばらく考える素振りを見せると、「そうしたら、歩いて行こうかな。その方がデートっぽいし」と、呟いた。
坂上の言葉を聞いて、街並みを見ながら歩くのも良いだろう、僕は思った。
「それじゃあ、早速行こうか。こっちだよ」
僕がそう言って歩き出すと、坂上は、「うん!」と、嬉しそうに言いながら後をついて来た。
やがてその場所が近づいてくると、有名な観光地であるので人が増えてきた。
人が増えたからなのか、坂上の事を見ている視線が増えた様に感じる。
やはり、坂上は美人だから目立つのだろうか。
そう思いながら、坂上の横顔を見ると、僕の視線に気が付いたのか、こちらを向いた。
「宇多川君、どうかした?」
まさか、坂上の事を美人だと思って見ていたなんて言えない僕は、「……いや、なんでもないよ」と答えてから、話題を変える為に前方を指差した。
「あっ、着いたよ。大仏を見る為にはまずあそこで入場券を買うんだ」
そう言うと、僕と坂上は昨日みたいに揉める事が無い様にそれぞれで入場券を購入した。
そうして、中に入るとすぐに大仏が見えてきた。
「うわー、やっぱり近くで見るとすごい迫力だね!」
大仏をとても大きく、僕達を高い場所から見下ろしている。
そう言って、上を見上げる坂上を見て、良いリアクションをするな、と微笑ましく思っていると、坂上が、「宇多川君、こっちこっち」と言って、手招きをして僕の事を呼んだ。
僕が近付くと坂上は、「デートの証」と言って、スマートフォンを取り出して見せた。
どうやら写真を撮る様だ、と思った僕は頷くと坂上の隣に並んだ。
僕が隣に並んだのを見ると、坂上はスマートフォンを構えた。
「宇多川君、そこだと宇多川が見切れちゃうよ。もっと近付いて」
あまり近付くとなんとなく気恥ずかしい、と思いながら、一歩距離を詰めると、「まだ見切れているよ」と、坂上の言葉が飛んできた。
これ以上近付くと肩が触れてしまいそうだ。
そう思ったが、きっとそうしないと坂上が満足する写真を撮る事は出来ないだろう。
そうして、時間が掛かるよりは恥ずかしさを押し殺して近付いた方が良いだろう。
そう覚悟を決めた僕は大きく坂上に近付いた。
坂上の細い肩に触れて体温を感じると同時に、こんなに暑いのに汗では無く爽やかな香りがしてきて、僕は一気に坂上の女性らしさを感じ、顔が熱くなるのを感じた。
「これで良し! それじゃあ、撮るよ〜」
その言葉に慌てて僕が視線をスマートフォンの方に向けると、丁度そのタイミングで坂上がシャッターを切った。
僕はどんな顔をしていたのだろうか。
そう不安に思いながら、今撮った写真を確認している坂上を見ていると、「うん」と言って坂上は満足そうに頷いた。
「宇多川君、今撮った写真、とても良い感じだよ」
すると、坂上は、「見てみる?」と言って、スマートフォンの画面を僕の方に向けた。
恐る恐るスマートフォンの画面に目を向けるとそこには自分の写り方をよく把握している様な表情の坂上と見るからに恥ずかしそうに慌てている表情の僕が写っていた。
「……坂上さん、もう一度撮らない?」
これではまるで坂上に釣り合っていない。
そう思った僕の提案を聞いて、坂上は不思議そうに首を傾げた。
「どうして? すごくデートっぽいけど」
元々は坂上が撮りたい、と言って撮ったのだ。
坂上が満足しているなら強くは言う事が出来ない。
さて、どうしようか、と思っていると、「良かったら、お写真をお撮りしましょうか?」と、声を掛けられた。
振り返って見てみると、初老の女性がニコニコとこちらを見ていた。
その様子を見て、どうやら僕達に声を掛けているのだ、と思った僕は、これはもう一回写真を撮るチャンスなのではないか、と考えて坂上の方に顔を向けた。
「坂上さん、撮ってもらう?」
「うん、そうしよう!」
坂上は僕の言葉に頷くと、初老の女性の元へと向かった。
「お願いします」
坂上はそう言って初老の女性にスマートフォンを手渡すと、写真の撮り方を伝え始めた。
やがて、レクチャーを終えると坂上が僕の隣に戻って来た。
再び体温と香りを感じて、僕はまた動揺したが、それを表情に出す訳にはいかない。
そう思うと僕は、初老の女性が構えたスマートフォンに視線を向けた。
二回目の撮影なので、今度は大分余裕がある。
僕は初老の女性の、「撮りますよ〜」という声に合わせて笑みを浮かべた。
カシャ、と写真が撮れた音が聞こえると、「撮れたわよ。大丈夫か、確認してね」と言って、僕と坂上の元にやって来た。
「ありがとうございます!」
坂上はそう言って初老の女性からスマートフォンを受け取ると、先程撮ってくれた写真を確認し始めた。
「どうかしら? 駄目だったらまた撮るからね」
その様子を見ながら、言った初老の女性の言葉に坂上はスマートフォンの画面から顔を上げると、笑みを浮かべた。
「大丈夫です。素敵な写真をありがとうございます!」
坂上がそうお礼を言うと、「私の撮り方では無くてモデルが良かったのよ。初々しくて素敵なカップルね」と言って、初老の女性は笑みを浮かべた。
その言葉を聞いて、先程、坂上と二人で写真を撮っている時の光景は周囲の人の目には初々しく映っていたのか、と思うと、僕は今更ながらとても恥ずかしくなった。
しかし、デートをするのに必死になっている坂上は勿論僕とは真反対のリアクションで、「本当ですか!? カップルに見えました?」と嬉しそうな表情を浮かべながら、初老の女性に尋ねた。
初老の女性は坂上の勢いと少しおかしな質問に戸惑った様な表情を浮かべながらも、「え、ええ。可愛いらしいカップルに見えたわよ」と言って、頷いた。
坂上はその言葉が相当嬉しかったのか、「宇多川君!」と言って、こちらを振り返ると、まるで、『カップルに見えるってよ。やったね!』とでも言う様に、嬉しそうな笑みを浮かべながら手を握って親指立てている。
周囲にたくさんの人がいる中で坂上の今の行動はとても目立っている。
これでは周囲からはただのバカップルか何かと思われてしまっている事だろう。
早くこの場をどうにかしないといけない。
そう思った僕は、初老の女性の元に行くと、「写真を撮って下さってありがとうございました」と、お礼を言った。
その僕の行動を見て、坂上も、「カップルって言って下さってありがとうございます!」と、お礼を言うと、初老の女性はこれで終わりという空気を察したのか、「いえいえ、大した事はしていないですよ。末永くお幸せにね」と言うと、ニコニコと微笑みながら去って行った。
そうして、初老の女性を見送ると、すぐに坂上は僕の方を向くと、「ねぇ、宇多川君は聞こえた? 私達、カップルに見えるみたいよ?」と、周りの目も気にせずに嬉しそうだ。
何故だか理由は分からないが、坂上は出会った時からデートという言葉に拘っていた。
「目標である写真も撮る事が出来たし、良かったね」
「うん、良かった。宇多川君のお陰だよ。本当にありがとう」
僕はただ坂上の事を案内しただけだ、と思ったが、坂上の嬉しそうな表情を見て、そんな事を言うのも野暮だろう、と思った僕は、「僕も楽しかったよ。ありがとう」と、伝えた。
「えへへ、それなら良かった」
そう言って微笑む坂上を見て、何故デートにここまで拘るのかを聞くなら今だ、と思った僕が口を開こうとした時だった。
「あのー、すみません」
後ろから突然声を掛けられ、僕と坂上が振り返ると、そこには僕達と同年代と言っても良いくらいの女性二人組が立っていた。
その二人組は坂上の顔を見ると、「あっ、やっぱり!」と、嬉しそうに声を上げた。
その二人組の言葉を聞いて、坂上の知り合いなのだろうか、と勝手に想像をしていると、二人組の内の一人が口を開いた。
「あのー、俳優の坂上静香さんですよね?」
「えっ?」
その言葉を聞いて、僕はただ驚く事しか出来ないのであった。
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