想い

 城を出て、街を歩く。様々な人に声をかけられながら、僅かばかり魔力で手助けをしながら。街の者達と一緒になって目を輝かせるレオの姿は、兄弟ということもありノアとよく似ていた。ルカもそうなのだろうか。あまり想像できないが。

 そうやって寄り道をしつつ、どこかはわからない目的地まで進み続け、ノアとは来たことがない道までやってきた。そこは坂道となっていて、振り向けば街が眺められる。随分と上の方まで来たと思うが、まだまだ進むらしい。

 ちなみに、繋いでいた手はいつの間にか離されていた。ただ、歩幅は合わせてくれているため、レオと並んで歩いている。自然にできた道で特に舗装はされていないため、足を取られそうなときはレオが手を差し出してくれた。

 鉱山らしきところへ出ると、そこを迂回するように別の道へ。ここまで歩くのは久しぶりだ。息が上がり、汗がじわりと滲む。が、高い場所へと来ているからか、そよそよと吹く風がひんやりと冷たく、体温が上がっている今は心地いい。


「ここまでお疲れさまでした。つきましたよ」


 アリーシャの背中にレオの右手が添えられ、前に行くようそっと促す。


「わあ……綺麗……」


 色とりどりの花が競い合うように一面に咲き、太陽の日差しがスポットライトのように花々を輝かせている。別世界のようだと眺めていると、ふとあることに気が付いた。

 長い花穂かすいに、花びらの数が多い小さな花がいくつも咲いている。アリーシャは、左手を上げると人差し指の先でバレッタに触れた。


「これは、ストック、ですか?」

「ええ、そうですよ。アリーシャが身につけているバレッタにデザインされた花です」


 茎は空に向かって伸びていて、ふわりとした可愛らしい花を咲かせつつもその姿は凛としている。バレッタを外し、向きを縦にしてみた。なんて緻密なつくりだろうか、目の前で咲き誇るストックと同じだ。

 けれど、どうしてここへ連れてきてくれたのか。髪を留め直し振り返ると、レオはハンカチを敷いているところだった。


「歩き続けて疲れたでしょう。こちらにお座りください」

「あ……ありがとうございます」


 紳士という言葉がよく似合う。そう思いつつ、失礼します、と敷いてくれたハンカチの上に座った。レオもアリーシャの隣に腰掛ける。


「ルカの研究所で起きた火災では、アリーシャが大量の水を運んで消してくださったのだとか。すごいですね、魔法というものは」

「いえ、あれは魔法でも何でもないです。魔力で膜を作り、その中に水を入れて運んだだけで……」

「我々から見れば魔法としか思えませんが、違いがあるのですね」


 これはいつものやりとりだ。ノアともした覚えがある。だが、何かが引っかかった。レオから視線を逸らし、ストックの花畑へ向ける。

 魔法は、魔力を込め、詠唱を唱えるもの。──と、されているのは、アリーシャがいた世界での話。ノアやレオに限らず、この世界の者達は、魔力を使って何かをしただけでも「魔法」だと認識する。元の姿を取り戻したテディベアについても、魔力は込めていたが詠唱は唱えていなかった。共通点は、と考えるも、答えはすぐに見つかる。

 どちらも詠唱を必要としていない、というところだ。では、何が必要なのか。結局、そこへ辿り着く。もどかしい。あと少しで掴めそうだというのに、手が届かない。


「アリーシャ?」

「……っ、す、すみません。考えごとをしていました」

「よろしければ、私に話していただけませんか? 誰かに話すことで頭の中が整理され、解決策が見つかるかもしれませんから」


 ねっ、と微笑まれ、アリーシャは「実は」と話し始めた。

 ノアやルカから言われたこと、元の世界に遺されたマーリンの言葉や魔法、元の姿を取り戻したテディベア。レオは小さく頷きながら、真剣に聞いてくれていた。


「なるほど。……そしるつもりは決してないのですが、アリーシャがいた世界での魔法の定義は随分と狭い気がしました」

「狭い……言われてみれば、そうですね。マーリン様が遺された魔法だけを、魔法と考えていますから」

「先程も言いましたが、我々からすれば、アリーシャが魔力を使ったものだけでも魔法なのです。ノアの言葉どおり、あらゆる可能性を秘めているように思える。ちなみに、そのときは魔力を込める以外に、どんなことをされているのでしょうか?」


 どんなことをしているのだろう。首を傾げていると「たとえば」とレオが口を開いた。


「こうしたいというイメージや、願望などの想いを込めたりとか」


 イメージは浮かべる。想いは、どうだろうか。これまでのことを思い返す。

 ティンタジェルの村では、ノアの喜ぶ顔がもっと見たいと思った。

 丸い何かを空へ飛ばしてしまった少女は、今にも泣き出しそうになっていて、空を飛べば取れると思った。

 ルカの研究所で起きた火災は、運んできた水が炎を呑み込んでほしいと思った。

 思い返せば返すほど出てくる。治癒魔法でノアを治したときもそうだ。防御魔法を維持させようとしたときも。そして、テディベアが元の姿を取り戻したときも。

 目の前が開けたような、そんな気がした。


「……ほしかったものは、得られましたか?」

「まだ、わかりませんが……確実に指先に何かが触れたような、そんな気がします」

「それはよかった。あと少しですね」

「はい。あの……ありがとうございます」


 レオは立ち上がると、アリーシャに右手を差し伸べた。


「アリーシャは一人で頑張ろうとしすぎですよ」

「……ノアにも、似たようなことを言われました」

「ん、先を越されましたか」


 眉を顰めるレオに小さく微笑みながら、彼の右手に左手を乗せる。くい、と引っ張られ、その場で立ち上がった。ハンカチを取り、ついてしまった砂を取ろうとはたいていると、風が頬を撫でていく。その際に、ほのかにパウダリーとバニラの甘い匂いがした。

 顔を上げると、ストックがゆらゆらと風で揺れている。これは、ストックの香りだろうか。


「……レオ、今日ここに連れてきてくれたのは、気分転換のためだけですか?」


 持っていたハンカチがレオの手によって回収され、胸ポケットに仕舞われる。


「そのバレッタ、ノアから贈られたものでしょう。彼は何か言っていましたか?」

「いえ……あ、お店の方からは、ストックのことを聞いていまして。……ノアは、どのような意味を込めて贈ってくださったのかなとは、気になっていました」

「はあ、あの末弟は……まあ予想はしていたので驚きはしませんが。ここにお連れしたのは、ノアは真剣だと伝えておいたほうがいいかなと思いまして」


 もちろん気分転換も兼ねていますよ、とレオは目を細めて笑った。


「ストックは、特別な花です。誰にでも贈るものではない。……何も言わなかったとはいえ、そのバレッタには、ノアの想いが込められています。大切にしてやってください」

「このバレッタは、とても大切です。わたしの宝物ですから」

「よかった。……しかし、何も言わずに渡すとは。一人の男として決めるところだと思うのですが」


 二人は来た道を戻っていく。主に、ノアの話をしながら、ゆっくりと。今日のことをノア本人に話せば、拗ねてしまいそうだが。む、と眉間に皺を寄せて口を尖らせるノアを思い浮かべてしまい、アリーシャは人知れず笑みを溢した。

 早く会いたい。バレッタに込められた想いを、直接聞きたい。そんなことを考えていると「それにしても」とレオが口を開いた。


「マーリンと呼ばれる方がアリーシャがいた世界にもいらっしゃったとは」

「ノアもマーリン様のお名前に反応していました。同名の方がいらっしゃるのですか?」

「ええ。です。夢魔との混血のためか、不思議な術を使うのですよ」

「え?」


 どういう意味だろうか。アーサーとは、モルガンが生きていた時代の人間ではないのか。問いかけようとするも、レオの方が早かった。

 

「っと、話をしている間に、街へ戻ってきましたね」


 下りだったからか、そんなに時間はかからなかった。

 行きと同じように声をかけられ、そちらに意識がいく。頭の片隅に置いておこうと、アリーシャはレオと共に人々の輪へと入っていった。

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