あらゆる可能性を秘めているもの
第一印象は、正直に言うとあまりよろしくはない。
まず、第一声が怒声。ようやく礼を言ったかと思えば、それ以上に文句が多い。容姿を貶されたことも、実は根に持っている。
けれど、あの場にいた誰かが言っていた。ルカ様には助けられている、と。ノアからも「ルカの薬で助かっている者も多い」と聞いている。ヒールストーンで足が治ったと喜んでいた少年も「ルカ様の薬であまり痛みはなかった」と喜んでいた。
ずっと、一人で
ノアにもっとルカの話を聞きたいところだが、今はいない。彼はアリーシャを城まで送り届けたあと、兵士達を手伝ってくるとルカの研究所へ向かってしまった。作業部屋にでも行こうと城の中を歩いていると、今し方まで間近で見ていた銀髪が視界に入る。相手もこちらに気付いたようで、大股で歩いて近づいてきた。
あのような出来事があってまだ間もない。話を聞きたいとは思っていたが、本人と話すのはまだ心の準備ができていないというのに。こんな形でエンカウントしてしまうとは。
鋭い目つきで近づいてくる様は、はっきり言って怖い。逃げ出したいところだが、足を止めて視線を逸らすのが精一杯だ。
バン、と音を立ててアリーシャの後ろの壁に手が置かれる。圧が凄まじい。ぎこちなく視線を上げ、ルカを見た。
「何だその顔は。取って食われるとでも思ったか? 残念だったな。食べるならばそれなりに好みというものがある」
別にそんなことは思っていない。ふん、と鼻で笑うルカにもやもやとした何かを抱きつつも、小さく口を開く。
「そ、それで、わたしに何かご用でしょうか」
「あの場では名乗っていなかったと思ってな。ボクは第二王子、ルカ・フォン・モルガンだ。レオは敬称をつけなくてもいいと言ったそうだが、ボクのことはルカ様と呼べ」
「承知しました、ルカ様。わたしは」
「知っている、アリーシャだろう。それでアリーシャとやら、一つ訊きたい」
もしかして、と以前考えていたことが過り、肩に力が入る。
「病は、魔法で治せるのか」
思っていたとおりだった。
この問いについて、答えは既に出ている。意を決し、
「……いいえ。わたしのいた世界でも、そのようなことができる者はいませんでした」
「なるほど。では、解毒は」
何か言われるかと身構えていたが、特にそんなことはなかった。この質問の後に来るのだろうかと思いながら、再び頭を振る。
「魔法ではできません」
ルカの眉間には皺ができ、目が細められる。
ああ、やはり。アリーシャは唇をきゅっと結んだ。
「魔法では、か。まわりくどい言い方をする。はっきり言え」
「……ルカ様は、わたしのことをどこまでご存知なのでしょうか」
「こことは異なる世界からやってきた、魔法と呼ばれる力を使う魔女」
「そうです、わたしは魔法を使う魔女。解毒の力を持つのは、わたしのいた世界では僧侶と呼ばれる方達です」
僧侶は、神から祝福の力が与えられる。
その祝福の力は治癒や防御に秀でており、アリーシャの魔法の何倍も優れている。毒についても、種類によっては時間がかかるが解毒ができる。訊かれてはいないが、呪いも同様だ。
治癒魔法とは違う、万能の回復能力。
本来、魔法使いや魔女は遠隔攻撃の要、僧侶は治癒と防御の要とされている。アリーシャだけがあべこべだ。
説明を終えると、ルカは壁から手を離した。かと思えば、アリーシャの左隣へ来て壁に背を預けると、腕を組んで宙を見上げる。何だろうかと様子を窺っていると、またしても鼻で笑い、顔は動かさずにじろりと睨みつけてきた。
「なら、作れるな」
「……え?」
「僧侶とやらは使えるんだろう? が、魔法にはない。ないのであれば、作ればいい」
何を言っているのかと、目を見開いた。
解毒や解呪は、神から与えられた祝福の力によるものだ。それを、アリーシャの手で魔法にすればいいだなんて──。
「無から有を生み出せと、そんな無茶を言っているわけではないだろう」
「そ、それに近いものですよ。魔法と神から与えられた祝福の力は、まったくの別物です」
「では訊くが、魔法とはなんだ?」
「……それは」
言葉に詰まり、ルカから視線を逸らして床に敷かれた赤い絨毯を見る。ノアと擦り合わせをしていたときから気になっていたのだ。
魔法とは、不思議を体現させるもの。だが、魔法使いや魔女は、マーリンが遺してくれた魔法を使っている。現時点でも、解明されていない魔法があるくらいだ。
あのときも思ったが、不思議を体現させるというのは、マーリンの魔法を指しているのか。されど、不思議というのは数知れず。魔法をもたらしたとは言えど、この世に存在するすべての不思議を網羅しているとは考えにくい。
胸元に両手を持っていき、そっと握る。ある仮説が頭に浮かんでいた。
自分達は、マーリンのあの言葉に込められた意図を、理解できていないのではないだろうか。勘違いしているのではないだろうか。
ふと、ノアの言葉を思い出した。
あらゆる可能性を秘めているように思える。彼は、魔法についてそう言っていた。
異なる言葉。異なる意味。なれどこそ、どこかつながっているように思えた。マーリンも、そういうことが言いたかったのではないかと。
もしも、そうならば。アリーシャがいた世界の魔法は、マーリンが思い描いているようなものではないのかもしれない。いや、そうだとしても詠唱の疑問が、と考えていたとき、左肩を掴まれた。
「おい、いつまで黙っているつもりだ」
「……っ、すみません。考えごとをしていました」
「何をやってるんだ。ボクと話している最中だというのに。で、魔法とはなんだ?」
一呼吸置き、
「……不思議を体現させることができる、あらゆる可能性を秘めているものです」
「ほう、それはいいものだな。では、まずは治癒の認識を広げろ」
どういうことかと首を傾げると、ルカは右手の人差し指で空中に円を描いた。
「治癒という大きなカテゴリーがあるだろう。その中に、解毒も含まれている。お前は、治癒と防御魔法が使えるのだろう」
「は、はい」
「認識を広げることで、可能性は生まれる。これまでの歴史が証拠だ。つまり、何が言いたいかというとだ。ひいてはそれが魔法になかもしれない、ということだ」
なんていいことを言うんだ、とルカは自画自賛しながら肩を揺らして笑った。
一頻り笑ったあと、よく笑ったと言いたげに息を吐き、頭を壁に当てて宙を見る。横からしか見えないが、憂色を浮かべているような、そんな気がした。
「ボクは、ずっと薬の研究をしてきた。薬と言えばボク、それくらい知れ渡っていると言っても過言ではない」
だがな、とルカは赤い瞳をアリーシャに向ける。
「ボクの薬で助けられる人間は限られていて、万能ではない。病も毒も、特効薬ができたかと思えばすぐに新種が現れる。それに気付くのは、その病や毒にかかってから」
いつだって後手だ、と悔しさを滲ませると、再び宙を見た。
ルカの言うとおり、病や毒というのは一定のものではない。これまでに見つかったものなのか、そうではないのか。その見極めも難しいはず。時間がかかれば、命を落とすこともある。
そこに、僧侶がいれば話は変わってくる。病は治せなくとも、解毒なら可能になる。ルカからすれば、喉から手が出るほど欲しい力。
その力を、アリーシャが魔法にすることができれば。
「お前が解毒魔法を使えるようになれば、ボクは一つ仕事を手放せて病の研究に専念できる。街の者達も、毒については何とかなるようになる。いいこと尽くめだ」
魔法に、期待がかかっている。
治癒と防御魔法以外は何もできない自分に、できるだろうか。不安に駆られるも、頑張ってみたいという前向きな気持ちもあった。
謎や疑問はまだあるが、元の姿に戻ったテディベア。マーリンが遺した言葉。何よりも、これまでかけてくれたノアの言葉が、優しく背を押してくれる。
「あの、わたし、ルカ様は人の心がない人なのかと……そうではありませんでした、すみませんでした」
「さらっと暴言を吐くな」
アリーシャの魔法。
この世界に来なければ、そんなこと考えもしなかった。
「解毒魔法、考えてみます。アドバイス、ありがとうございます」
「……今言ったことは、別にお前のためじゃない。これは、そう、ボクのためだ。ボクの仕事を楽にするためのな。勘違いするなよ」
そう吐き捨てるとルカは壁から背を離し、アリーシャが来た道を歩いていく。
「どこへ行かれるのですか?」
「ノアのところだ。あいつ、このボクに不遜な物言いをしたからな」
一発入れてやる、そう言いながらも、ノアのところへ行くということは、研究所の片付けをしに行くのだろう。アリーシャは城を出るルカの背を見送った。
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