焦る気持ち

 ノアの姿を見た両親──国王と王妃は、それはそれは大喜びだった。王妃は涙をいくつも流し、ノアを強く抱きしめている。国王も傍らで赤い瞳に涙を滲ませていた。

 致命傷を負ったと聞けば、誰でも最悪を想定する。二人は、兵士達は、国民は、ノアの帰還を諦めていたかもしれない。

 そこに傷一つない元気な姿を見せたのだから、二人の喜びもひとしおだ。ノア自身はどうすればいいのかと困惑している様子だが、遠慮がちに「ただいま戻りました」と呟いていた。

 心からよかったと思う。ノアを救えたこと。無事に国へ帰れたこと。けれど、自分はなんて惨めなのだろうと改めて実感した。

 ノアがいなくなると、悲しむ人達がいる。これは至極当然のこと。彼は一国の王子。落ちこぼれと蔑まれていたアリーシャとは違う。

 頭では理解していても、誰からも心配されていない、悲しまれていない自分と比べてしまう。そうして、勝手に惨めな気持ちになっている。この光景を見ているのが辛くなってしまい、自然と顔が俯いていった。


「アリーシャさん」


 鈴のような声で名が呼ばれたかと思えば、優しく抱きしめられる。その人が王妃だと気付くのに、時間はかからなかった。


「え、あ、あの」

「ノアを救っていただき、ありがとうございます」


 身体が離れたかと思うと、青空のように澄んだ青い瞳に涙を滲ませている王妃が頭を下げる。


「お、お待ちください! わたしにそのような」

「いいえ、いいえ。貴女はわたくし達の、ノアの命の恩人。ここで頭を下げなければ、いつ下げると言うのです」


 王妃の後ろに控えていた国王も、アリーシャに頭を下げた。


「王妃の言うとおり。アリーシャさん、貴女にはいくら礼を言っても言い足りないほどだ」

「……わたしは、できることをしただけなので、ですから」

「父上、母上。アリーシャが困っています。その辺りで」


 アリーシャの傍にやってきたノアが、頭を下げ続ける二人にそう言った。ようやく国王と王妃は頭を上げ、その瞳に滲む涙を拭う。


「あ、あの……このようなことを申して恐れ多いのですが、国王様も王妃様も、わたしの力を信じてくださるのですか」


 その目で確認したいとは思わないのですか、と続けたいところだったが、ここで口を噤む。国王と王妃は潤んだままの目を合わせると微笑み、アリーシャを見た。


「ノアは、嘘をついたことがありませんからね」


 とても真面目なのですよ、と王妃はそう話した。


「そのノアが、アリーシャさんの不思議な力で救ってもらったと言うのです。ならば、それは真実なのだろうと、我々は信じることにしました」


 国王が口元に笑みを浮かべた。ノア本人は、左手を首の後ろに持っていき、照れくさそうに視線を宙に彷徨わせている。


「別の世界から来られた、という話も、ノアが言うのであればそうなのだろうと」


 アリーシャが親子の再会を見て勝手に羨み、惨めになっている間に、もうそこまで話をしてあったのか。それもまた、ノアが言うのであれば信じると。


「住む場所もまだこれからだとお聞きしました。この城を拠点にしてください。部屋もお好きなところを」

「ですが、王妃様。そこまで、甘えるわけには」

「せめてもの礼であり……そして、申し訳ありませんが、これからもその力をお借りしたいのです」


 思いがけない言葉に、目を大きく見開いた。

 驚きから言葉が出ず、固まっていると、とん、と右肩に何かが当たる。振り向けば、何故かノアが嬉しそうに目を細めてこちらを見ていた。

 何かできれば、とは思っていた。ただ、おとぎ話の聖女であるモルガンとは程遠く、誰からも役に立たないと言われ続けた魔法だ。それでも、いいのだろうか。アリーシャは「はい」と震える声で小さく呟き、頷いた。


「父上も母上も、アリーシャの魔法を見れば必ず驚きます。彼女の魔法は、とてもあたたかく、数多の可能性に満ちていますから」


 ノアの言葉に、そのように思ってくれていたのかと、胸があたたかくなる。まるで、光が差し込んだかのようだ。


「いつになく饒舌だな」

「アリーシャさんの部屋も、自分の部屋の隣がいいと言うほどですから」

「……っ、別に、いいではないですか。アリーシャの魔法はすばらしいものですし、部屋だって、空いているのは事実ですし」


 国王と王妃にからかわれ、ノアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「食事などもすべて用意させますからね。アリーシャさんは、ここをご自身の家だと思って過ごしてくださいな」

「そこまでしていただけるなんて……ありがとうございます」

「あとは、レオとルカか。今は留守にしているため、またどこかで紹介しよう」


 ノアには兄が二人いると聞いていたが、名は初めて聞いた。

 二人は国王と王妃に頭を下げ、部屋を出る。ここまで案内をしてくれていた兵士が扉の外でいたものの、敬礼のみで動く気配はない。感謝の気持ちを込めて兵士に頭を下げ、その場を離れた。

 今度はノアに案内される形で城の中を歩く。廊下にも装飾が施された赤い絨毯が敷かれており、足音はそこまで響かない。


「アリーシャ、必要なものがあれば何でも言ってほしい。何かないか?」


 何か、と言われ、アリーシャは考え込むように視線を彷徨わせる。

 生活に必要なものは城にあるだろう。これがないと困るというものは特にない。それ以外に何か、と考えたとき、あるものが浮かんだ。


「宝石はありますか? 珍しいものではあるので、入手が困難かもしれませんが……」

「宝石?」

「はい。宝石は、魔法との親和性が高いです。そこに、わたしの治癒魔法を込めようと思っています。そうすれば、わたしがいなくても誰でも治癒が可能になるので」


 元の世界では、マジックアイテムがありふれていた。炎で燃やす、水で呑み込む、風で切り裂く、雷を落とすなど、簡易的な魔法が込められた代物。使い捨てにはなるが、魔法が使えない者でも使えるため、ショップではよく売れていたと聞く。それをこの世界でもできないかと思ったのだ。

 しかし、元の世界でのマジックアイテムは特殊な小瓶に入っている。ここでそれを用意することは難しいと思い、宝石を提案したのだ。

 とはいえ、宝石もそうそう手に入らない。ごく稀にドロップするか宝箱から見つかる程度だ。この世界はどうだろうか。

 マジックアイテムの生成については、授業で習った程度だが知識はしっかりとある。これがうまくいけば、アリーシャがいないところでも、マジックアイテムにより多少の怪我であれば治癒できるだろう。

 ずっと、気にはなっていたのだ。ティンタジェルの村で負傷した兵士達。彼らは、手当てはされていたものの、それだけだった。

 この世界には、魔法だけではなく回復薬というものが存在しないのだ。怪我をすれば手当てをし、本人の生命力や回復力を頼りにしている。

 それが悪いことだとは言わないが、魔王に狙われているのであれば悠長にはしていられない。治癒魔法を込めることができれば、いずれは防御魔法も込められるようになるだろう。そう簡単にはいかないだろうが、成功すれば皆の命を護るものになるはず。

 何より、この力を役立てられる。いや、とアリーシャは唇を噛んだ。

 これは建前だ。本当は、何もしていない時間が怖い。頼ってもらえたのだから何かしていたいと、気持ちばかりが焦っている。

 浅ましい。そんなことをアリーシャが思っているとは露知らず、ノアは腕を組み「宝石か」と首を傾げている。


「それはきちんとした形になっていないと駄目か? たとえば、加工する際にできた欠片でもいいのだろうか」

「欠片で十分です。わたしがしようとしていることはマジックアイテムの作成なのですが……一度使えば、それは宝石としては価値を失ってしまうと思うので」

「わかった。では、明日にでも揃えさせよう」


 話している間に、ノアの部屋に着いたようだ。アリーシャの部屋は、その隣。ノアに促され部屋の前へ行き、おそるおそる扉を開く。


「わあ……」


 なんと広い部屋なのだろうか。大きな窓、赤い絨毯。ベッドも天蓋が付いており、一人で眠るには広い。ドレッサーも置いてあり、至れり尽くせりだ。

 このような部屋に、住まわせてもらってもいいのだろうか。それも、何も支払わず。


「気にせず使ってくれ。何か使い方がわからないものがあれば、遠慮なく訊いてほしい。俺は隣にいるから。あと……」

「どうされましたか?」

「肩の力も、少しは抜こう」


 ノアは気が付いていた。アリーシャが焦燥感に駆られていることに。

 夕食までは休憩しようと一旦別れ、自室として与えられた部屋のベッドに腰掛ける。これまでのベッドとは違い、とてもやわらかく、つい寝転んでしまった。身体を優しく包むようにして、ベッドは沈む。


「焦らなくても、いいのでしょうか」


 アリーシャ以外誰もいない部屋で、独りごつ。

 何もしていないと、怒られはしないだろうか。いまだ不安はあるものの、今し方かけられた言葉がアリーシャの気持ちを少し楽にする。

 疲れとこれまでの緊張からの解放、何より気持ちが少し楽になったことから、抗えないほどの眠気が襲ってきた。

 少しだけ眠ろう、と瞼を閉じ、夢の世界へと旅立った。

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