ノアの正体
「卑下、ですか?」
ノアは卑下していると言うが、アリーシャ自身の評価としては論を
「救うというのは、誰にでもできるわけではない。凄いことだ。素晴らしいことだ。それなのに、役割が異なるからと、本来の力の使い方ではないからと、不必要と切り捨てる」
そこで気が付いた。ノアの怒りは、アリーシャ自身にも向けられていたのだと。
結局のところ、理解はできない。落ちこぼれであるというところに怒るのであればわかるが、ノアはその部分に怒りを向けていない。
アリーシャが何の疑問も持たず、侮蔑を受け入れていることに怒っているのだ。
周りの評価は正しい。まさか、それを受け入れていることで怒りを向けられるとは。言葉に詰まっていると、ノアが「すまない」と呟いた。
「俺の言っていることは、アリーシャがいた世界では的外れなのだろう。それでも、アリーシャに救われた者として、どうしても言っておきたかった」
得体の知れない巨人を倒したあと、ノアはアリーシャの力を「素晴らしい」と言っていた。綺麗な赤い瞳で、まっすぐにこちらを見ていた。
(今も、わたしの話を聞いても変わらずに、まっすぐに見てくれています)
アリーシャは、頭を下げた。
「……わたしの方こそ、すみませんでした。ノアの言葉を、素直に受け取ることができなくて」
ここで謝るべきは、自分だ。頭を下げながら、唇を少し噛む。
正直なところ、今も素直に受け取ることはできない。そのように言ってもらう資格などない、自分にはもったいない、そう思っている。
されど、それを不快に思っている自分もいた。ノアからの言葉を、素直に受け取りたい。そうできない自分が、心底嫌だと。
(だって、こんなにもまっすぐに見てくれているのに。わたしは)
アリーシャ、と名を呼ばれ、ゆっくりと頭を上げる。目が合うと、ノアは口元に薄っすらと笑みを浮かべた。
「時間はかかるかもしれないが、剥ぎ取られた自信を取り戻そう」
「わ、わたしが自信を、持つ?」
「そうだ。俺の言葉が、しっかりと届いてほしい。受け止めてほしい。それに……アリーシャの笑顔が見たいからな」
ノアの言葉に、アリーシャは目を丸くした。
(笑顔が見たい? わたしの? どうして?)
笑顔など、最後に浮かべたのはいつだろう。攻撃魔法が使えない負い目から、いつも周りの目を気にして下を向いていた。笑顔など、以ての外。
困惑していると「行こう」とノアに左手を引かれ、アリーシャは歩き出した。
こうして誰かと手を繋いで歩くなど、幼少期以来だ。手を繋いでくれたのは、突然立ち止まったりしたからだろうか。歩幅も合わせてくれているため、ノアの歩みは先程と違いのんびりとしている。
なんて、穏やかな時間なのだろう。自然と心も和いでいる。今いる場所が、異なる世界だということを忘れてしまいそうなほどだ。
とん、とノアの腕にアリーシャの肩が当たる。隣に並んで歩いているため、時折こうして当たってしまうのだ。横目でノアを見る。
よく見れば、随分と身長が高い。同じ男性である父やウィリアムでも、ここまで高くはなかった気がする。加えて、非常に整った容姿。横顔もとても綺麗だ。
「……何かついてるか?」
視線に気付いたようで、ノアが照れくさそうに、しかし困っているような、そんな笑みを向けた。
「す、すみません」
慌てて視線を逸らし、前を見る。何か、何か話をして場を紛らわさなければ。恥ずかしい、と空いている手でぎゅっとスカートを軽く握った。
「あの、えっと、ノアは……わたしの話を、嘘だとは思わなかったのですか?」
何とか絞り出した話題だが、気にはなっていたことだ。信じてもらえたことはありがたいが、信じるに至った経緯が知りたい。
「言葉を選びながら、真剣に話をしているのが伝わってきたからだな」
隠さずに話してよかったと、スカートを握っていた指を離し、胸を撫で下ろす。が、ノアは「ん……」と何かを言い淀んでいる。ちらりとその様子を窺うと、眉間に皺を寄せ、思い悩んでいるような表情を浮かべていた。
「その……話を聞いて、腑に落ちたこともあったというか」
「腑に落ちた……あ、魔法のことですか?」
「それもあるにはある。ここには、魔法と呼ばれる力は存在しないからな」
二人の先に、森の出口が見えてきた。この先に街や村があるのだろう。そこで食事を終えれば、ノアとはお別れだ。
この穏やかな時間も終わりが近付いている。寂寞を覚えるも、口に出すつもりはない。ここで少しでも別れを惜しむ言葉を口にすれば、きっと彼は。
(ノアは、優しい人ですから)
あと少しで出口というところで、後ろに軽く引っ張られる。振り返ると、何故かノアの足が止まっていた。
「ノア?」
ノアはアリーシャから視線を逸らし、眉をへの字にして口を噤んでいる。まるで幼い子どものようだ。もう一度ノアの名を呼ぶと「ん……」と言い淀むものの、重たい口を開いた。
「その……俺も、話しておかなければいけないことがあるんだが、その」
もう何度目だろうか。「ん……」とノアは口を噤んでしまった。
「言いたくないことは、誰でもありますから。無理に話さなくても」
「違う、違うんだ。これは、俺の」
「ノア王子……!?」
後ろから聞こえてきた声に、アリーシャは目を丸くして振り向く。
そこには、へこみや切り傷が多分についた銀色の鎧を身に纏う男性が数人いた。その誰もが、アリーシャの後ろにいるノアを見て瞠目している。
男性達の統一された身なりは、まるで元の世界にいた王城を守護する兵士のよう。何よりも気になるのは、呼び方。
彼らは、ノアのことを何と呼んだ。
「……ノア、王子?」
声が震えた。
「アリーシャ、これは」
慌てた様子のノアがアリーシャに近寄るも、男性達もこちらに駆け寄ってきたため、二人の手が離れてしまった。
縮まりつつあった二人の距離が、開いていく。
「ノア王子! ああ、よかった!」
「これから捜索を開始するところだったのです。本当に、ご無事でよかった……!」
どのような状況でノアが致命傷を負い、一人でこの森にいたのかはわからない。けれども、男性達は口々に安堵の言葉を発し、中には涙を浮かべている者もいる。ノアのことを心から心配していた様子が、ひしひしと伝わってきた。
ノアは目を伏せ、男性達に頭を下げた。
「……心配をかけてすまない。魔王の手下は倒せた」
「我々こそ、加勢に間に合わず申し訳ございません」
「助けていただいた兵士は無事です」
ノアのあの酷い傷は、誰かを助けたときに負ったもののようだ。言い方は悪いが、ノアらしいとも思う。彼は、誰かのために戦える人。そのためには、自分の身すら投げ出してしまう。
それにしても、まおうとは。アリーシャにとっては初めて聞く言葉だ。如何なる存在なのか、それよりもノアは──などと考えていると、男性達が一斉にアリーシャに目を向けた。
見ず知らずの人間がいれば、気になるのは当然だ。そう頭では理解していても、反射的に身体が震える。緊張から、呼吸をすることすらままならない。
「失礼ですが、あちらの女性は?」
「詳しいことは後程話すが、俺は彼女に……アリーシャに助けられた。アリーシャがいなければ、死んでいただろうし、手下は倒せなかった」
騒然とする男性達だが、ノアは静かにアリーシャの名を呼んだ。ぎこちなく視線をノアに向けると、彼は顔を上げてこちらを見ていた。
とてもまっすぐに。ただ、瞳の奥が揺らいでいるようにも思える。
「彼らは俺の部下であり、勇敢な兵士達だ。……この先にあるティンタジェルの村で、話そう」
断る理由はない。アリーシャは小さく頷いた。
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