勝利

 巨人は何本もの鞭を自由自在に動かし、男性に対し無慈悲な攻撃を仕掛けていく。が、彼は巨人の動きを難なく見切り、鞭は地面を鋭く打ち付けた。男性は躱してからの立て直しが素早く、巨人は息をつく間も与えないように鞭で追いはするものの、捉えられていない。


「……すごい」


 無意識に、そう呟いていた。

 冒険にほとんど出たことがないアリーシャでもわかるほど、男性の動きは見事なものだ。とはいえ、休む暇すら与えられない攻撃を躱し続けるには限界がある。現に、巨人は更に鞭を増やし、男性を追い詰めようとしていた。このままでは男性の体力だけが消耗させられ、いつかは容赦のない攻撃が彼を襲うだろう。

 こうして見ているだけでいいのか。されど、通用するかわからない。魔法をかけ、男性に期待を持たせるだけ持たせて、結果その命を落とさせてしまうことだって考えられる。

 何もしない方が、男性の邪魔にならない。そう考えたが、言われた言葉が頭を過ぎる。

 ──二人で倒そう。

 彼はアリーシャの力を信じて、飛び出して行った。背を預けてくれたのだ。こんなこと、今までなかった。彼が初めてだ。

 息を吐き出すと、両手を前に出す。震えが止まらないが、力を込めた。

 何もしない方が、信じてくれた彼を裏切ることになる。それだけはしたくない。


(攻撃が一度でも当たれば、魔力がそこで途切れてしまい、防御魔法は消える。では、魔力が途切れないようにすれば、消えないように維持できるのでしょうか)


 躱せないときに力を借りたいと言っていたが、防戦一方だ。考えているとおりに魔法が使えれば、巨人を倒すことのみを考えて行動ができるようになる。

 問題は、維持ができるかどうか。そのようなことができるのは、僧侶が扱う防御魔法のみ。魔法使いや魔女が扱う防御魔法は、隙を作り、次の攻撃へと繋げるもの。アリーシャが考えているような使い方は想定されていない。

 けれど、と巨人に立ち向かっている男性を見る。

 力になりたい。維持ができるかどうかなんて悩んでいては駄目だ。必ず維持してみせる。彼を護るために。信頼に、応えるために。覚悟を決め、口を開いた。


「仇なす者の攻撃を防ぐ、堅牢けんろうの護り!」


 淡い光が男性の周りに球殻を作る。


「何があっても、維持させます! 攻撃を気にせず、突っ込んでください!」

「……っ、わかった!」


 アリーシャの意図を理解したのか、男性は巨人へ一直線に走り出した。

 本当に自分にできるのか。不安に圧し潰されそうになるが、彼は信じてくれたのだ。頼りにしてくれたのだ。やりきってみせる。

 どれだけの威力だろうと。どれだけの攻撃を浴びようと。この魔法を、維持させてみせる。

 巨人からいくつもの鞭が男性に降り注ぐが、球殻は消えることなく攻撃を防ぎ続けた。消えたところに即座に防御魔法をかける方法も考えたが、呪文を唱えるほんの数秒の間は無防備になってしまう。何か別の方法を模索するも時間が足りず、攻撃で魔力が途切れないよう、とにかく送り続けることに努めた。

 絶対に、男性を護ってみせる。その一心で。

 両親やウィリアムが知れば、魔力の無駄遣いだと嘲笑うだろう。魔法使いや魔女の魔力は、攻撃魔法のためにあるからだ。治癒や防御魔法などの下位の魔法に魔力を割くことを、よしとしない。

 だが、この方法は功を成したようだ。防御魔法を維持することができ、攻撃を通すことを許さない。

 やがて、男性は巨人の前に立った。自身に向かってくる巨人の鞭を利用して空中へ飛び上がり、そして──。


「俺達の勝ちだ!」


 今だ、とアリーシャが防御魔法を解除した瞬間、男性の剣が巨人の身体を切り裂いていく。

 左右対称に裂かれていく身体。綺麗に真っ二つにしてしまうと同時に、持っていた剣はその役目を終えたかのように折れて地面へ落ちた。

 降り立った男性と共に、巨人の最期を見届ける。二つに裂かれた巨人は倒れることなく、切断面からサラサラと黒い塵となり、宙に消えていく。

 本当に、不思議な存在だ。ダンジョンに現れるモンスターは、倒した後もこのように消えたりはしない。解体され、武器の素材や換金アイテムになるのだ。この巨人は、何なのだろうか。


「君のおかげで倒すことができた。ありがとう」


 隣から聞こえてきた男性の声に、アリーシャは視線を向ける。彼は優しげな笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「い、いえ、そんな……倒せて、よかったです」

「君に出会っていなければ、俺一人であれば……ここで死んでいた」


 男性は地面に片膝をつけ、アリーシャに右手を伸ばすと、そっと左手に触れる。


「──っ」


 突然のことに心臓が跳ね、顔には熱が集中する。

 鍛え上げられた戦士の手。逞しく骨ばっているが、その手は優しくアリーシャの手を包み込む。


「自己紹介が遅れてしまってすまない。俺は、ノア。ノア・フォン・モルガン。君の名を、教えてもらえないだろうか」

「あ、わ、わたしは、アリーシャです。アリーシャ・メイ・ホワイト……」


 男性──ノアはじっとアリーシャを見つめる。それが何だかくすぐったく、小さな声で「あの」と呟いた。


「どうか、されましたか……?」

「……いや、素敵な名前だなと」

「あ、ありがとうございます、ノア様」

「ノアでいい。……しかし、アリーシャの力は素晴らしいな」


 ここへ来てから、言われたことがない言葉をよく聞く。嬉しい気持ちはあるが、手放しでは喜べない。ゆるゆると首を横に振る。


「……嬉しいお言葉ですが、わたしには身に余ります」


 自然と顔が俯いていく。治癒と防御の魔法しか扱えない落ちこぼれ。見知らぬ場所に転送されたという現実が答えだ。

 すると、ノアに包み込まれている手に力が込められたため、どうしたのかと顔を上げる。彼の赤い瞳は、まっすぐにアリーシャを映していた。あの言葉に嘘偽りはないと、強く語りかけてくる。困惑していると、ノアが目を細め優しく微笑んだ。


「魔法、と言ったな。まるで、おとぎ話に出てくる聖女のようだ」

「聖女?」

「ああ。不思議な力で俺を救ってくれた君を、聖女と呼んでも過言ではない」


 聞いたことがない名称だ。ニュアンスから、僧侶のようなものだろうか。

 それにしても、その「聖女」もおとぎ話の存在だとは。治癒魔法をかけたときのノアの反応も今なら頷けるが、これでは治癒ができる者は誰一人としていないということになる。

 では、ここは──。信じがたい考えが脳裏をよぎるも、アリーシャ、と呼ぶノアの声に現実に引き戻される。


「助けてもらった礼がしたい。一緒に、来てもらえないだろうか」


 人として当然のことをしただけだ。が、この森を出るには一人では心細い。


「お礼は結構ですよ。ただ、一人では不安で……街や村へ連れて行っていただけると、嬉しいです」

「それは構わないが……せめて、その、食事だけでもどうだろうか。命の恩人に、何かさせてほしいんだ」


 縋りつくような目に、きゅっと胸が締め付けられる。このような目を向けられると、アリーシャもこれ以上断ることはできない。


「ありがとうございます、ノア。では……お食事だけ」

「よかった。それでは、行こうか」


 ホッとした様子で微笑むとノアは立ち上がり、歩き出した。アリーシャもその後ろに続いて歩く。

 巨人の姿は、もうなかった。

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