第5話 万有は死に帰す、されど

 宿に戻ってから、夕ご飯を食べたりお風呂に入ったりした後の部屋でゆったりと過ごす時間。

 陽乃がベッドのヘッドボードに枕を立てかけてそこに寄りかかっていたので、私は彼女の足と足の間に入り込んで自身のつがいを背もたれにするようにして寄りかかる。そうすると、私の青色混じりの銀髪を右手で弄り始めたので、なすがままにされながら自分の『仮説』を述べることにした。


 ……部屋には、リンゴは無いので、リンゴ味のキャンディ缶を魔法で呼び寄せる。缶を開け、1つを陽乃の口に入れてから私は話し始めた。


「――今やったみたいにリンゴのキャンディに魔法の力が適用できるってことは、ニュートンと同じように考えるのなら、『天体』にも魔法の力が効くんじゃない?」


「それが夕方、明日葉が考えていたことなんだね。

 ……飴、美味し。明日葉も食べなー」


「……ん」


 陽乃は私が持っていた缶から左手で飴を取り出し、私の口に入れる。……確かに、甘い。


「そうなると、はいはーい! 明日葉センセー・・・・に質問っ!

 仮に明日葉の言ってることが合ってたとしてさ、星が魔法の力で動くと何か変わることってあるの?」


「……日本で学んだ物理の教科書の内容だけだと、足りなくなると思うのよね」


 それこそニュートンの見つけた理論が涙目――いや、もし魔法の力をニュートンが見つけたらむしろテンション上がりそうだけども。宇宙から崩されてしまっては物理学を一から再構築する必要がありそう……と、そう考えると例の『鉄道オタク』の獣人は凄い人だったのかもしれない。未知の力がある世界で鉄道を作り切ってはいるのだから。

 あるいは、あの人の出身世界に魔法があったかもしれないが。仮にそうだったらマジカル江戸存続日本出身だ、すごい。


「それって何か問題がある?」


「いや、普通は無いでしょうね。

 ただ……私たちの旅の最終目標を考えると、ちょっと不都合があるかも」


「――『世界の果て』、だよね明日葉?」


「うん」


 基本は影響は無いだろうが、星を頼りに進む……とかのケースになったときに既存の物理学、というか天文学のノリでやると魔法の力が全く考慮されていないが故に見当外れの方角へ突き進んでいく危険性が生じた。

 迷子になったときとか……後はほら、世界の果てに必ずしも町があるとは限らないし。


 そこまで告げると陽乃の雰囲気が一気に怪訝なことを聞いたような感じになった。実際顔を向ければそういう表情もしていた、至近距離で。


「そんな話は商会でも商業ギルドでも聞かなかったけどなー。

 方位磁石がずれてたなんて話も全然だし――」


「待って。陽乃、それ本当?」


「え、あ、うん。

 あ、磁鉄鉱でずれるとかは流石にウチも知ってるよっ! でも、そうじゃなければ基本北を向くよね?」


「いや、何も無くても数度は普通ずれるでしょうね。

 ……磁気偏差ってモノがあって、地図上の北と磁気の北はほぼ一致しないはず」



 もし『北』が寸分の狂いもなく正しいとしたら。

 ――魔法の力が磁気にも働いていることの証明なのかもしれない。




 *


 キャンディの缶を再び魔法でテーブルの上へと戻して、少し身体を動かして陽乃の胸元に頭を置きそのまま見上げると、彼女の顔を下から眺めることができる。……今の陽乃の瑠璃色の瞳って逆さになるとこんな感じで見えるんだ、ふーん。

 そのまま私の番の頬に両手をくっ付けると、陽乃は目を細める。あ、まつ毛は高校生の頃と同じケアしてる……。


「……それで、明日葉ー? 結局、どうするの?

 『鉄道』は見ちゃった今、次の行き先が決まってないけどさー」


 上から降ってくる・・・・・旋律に身を委ねながら、私は目を閉じつつこう答える。


「――『南』かしら。出発したコロニーから見れば南に来てはいるけど、陽乃さえ良ければ、もっと南下を続けて行きたいと思ってる」


「もー……忘れちゃった? 最初からウチは明日葉が行きたいところまで、とことん付き合うつもりだよっ!

 でも、どうして『南』なの?」


「……『南半球』に何かありそうだな、って気になっていたのよね。もちろん、根拠はあって――」



 理由というか大きな手掛かりは、時計が元居た世界とは反対の『左回り』であること。

 私たちの世界で時計が右回りだった理由は、日時計の動きに連動させたから。しかし、この街――フィオレンゼアで過ごした日々を思い返すだけでも明らかなように、日時計の動きと時計の動きは反対回りである。


 この不自然を解消する方法が1つある。

 それは『時計が南半球で発明された』という考えだ。南半球でも太陽は東から昇って西に沈むものの、経由するのは北であるため、その影の周回は北半球と逆転する。


 『左回りの時計』とは、先進的な南半球国家より北半球にもたらされたと考えるのが自然なものとなる。

 そうなると時間の概念……少なくとも時計の発明時点では、南半球の方が技術が進んでいた可能性が示唆されていて。


「あれ? でも地球って……」


「地球は、単純に南半球の陸地面積が狭くて海ばかりだったから。

 そこさえ違うのなら、他の星で南半球から発展することは有り得ると思うのよね。だから『南』に進むべきだと考えているし――


 それに最悪、そうした地域が無くても『南』へ進み続けることでも『世界の果て』には行けるはずでしょう?」


 そう言って陽乃の顔を再度見れば。

 彼女はまるで太陽のような笑みで私を照らして、そのままウインクをしてこう語った。


「へぇ……良いじゃん! それじゃ――『世界の果て』改め、『南の果て』を目指して行くぞー!

 くっくっ、行きつく先が南極みたいな氷の大地じゃないと良いね?」


「……せめて木が生えている場所をゴールにするのもありかもね。

 別に『南の果て』が南極点である必要は無いでしょう――」


「ふふっ……そうだね、明日葉っ!」




 *


 それから。

 フィオレンゼアの街には、『冬の煮物祭』が終わるまでは滞在してその後出立することにした。


 その話をこの街で知り合った人たちにもする。当然、立派なリンゴの木が庭に生えているおばあさんのところを訪ねることも忘れてはいない。

 おばあさんは、私たちの話を一通り聞いてから、


「……『南』ですか。そう……ですねえ。

 いや、でも……旅の人に頼み事をしても良いのかしら――」


 明らかに何かを逡巡している様子だったことから、口を挟もうとしたが陽乃の方が一息早かった。


「旅って言っても、全然寄り道とかオッケーなんで全然話しちゃってください!

 無理そうなら話を聞いてから断りますからっ!」


 話しやすい空気を作るのが陽乃は上手で、それから二言三言さらに畳みかけることで、おばあさんの重かった口は羽根のように軽くなった。


「そうかい……本当に申し訳ないねえ……。

 実はここから3週間ほど『南』に行った場所にある集落へ、このリンゴを届けて欲しくてね。もう老いぼれになってしまってから長らく届けることができなくなってしまって……」


「……ちょっと、すみません。

 リンゴの木ですが……触れても問題ないでしょうか?」


「え? ああ、そりゃ勿論構わないけれども」



 そうして、私はリンゴの木に触れて――




 *


「いやー、まさか目的地がエルフの里とはねえ。

 エルフに会うのは150年ぶりかなー」


「やっぱり、陽乃は社交的よね。私は会ったこと無いもの」


「ウチらのコロニーもエルフの里も森の奥だからねー、しょうがないよー」


 第一印象から立派な木だったので、ちょっと触れるのを躊躇していたが、幸い私でも念話ができる木だったので、目的地に関する情報を木からも・・・・聴けた。

 苗木だった頃に成長していた場所が件のエルフの里だったのだけど。


 木を触るのに許可を貰ったのは……うん、大切に育てられているって一目で分かったし……。それは、触りにくいでしょう。


 それで。リンゴの実に軽い防腐の術をかけてから、陽乃のアイテムボックスの中に傷つかないように入れて――


「じゃ、行こっか――エルフの里へ!」


「そうね……行きましょう」



 私たちは、フィオレンゼアを後にした。


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