第4話 鉄道
幸い、『鉄道』については宿屋の人に聞けばすぐに分かった。ただ街外れにあってちょっと遠いとのことだったので、翌朝に町の辻馬車を捕まえて向かうことにした。
……そこまでは、良かったのだが。
「……陽乃」
「いやいや、これは予想できないってば! ってか、明日葉だって商会で話を聞いたときには一緒に居たっしょ!?」
「……そうだけども」
町で運営するプレジャー・ガーデンと呼ばれるレクリエーションのための広場。鉄道はその中の『メナジェリー』と呼ばれる動物園みたいな場所に行くための『子供用パークライド』として存在していた。
「明日葉? ウチらの前の世界でも、鉄道の始まりがここからってコト……ないよね?」
「ええ、それはもう。……本当に、どんな技術ツリーで歩めばこんなことになるのよ一体……」
一応見た目は漆黒の蒸気機関車ではあるが、私たちが高身長種族であることを差し引いたとしても結構小さい。人族の子どもは大丈夫だろうが、大人は大分キツそう。
だから、このパークライドを動かす職員さんに『……乗ります?』と、お前らの身長だと流石に無理だろ、という言外のニュアンスを含んだ提案を一度断りつつも、傍から眺めながら私たちは話していた。
「――ねえ、明日葉ってば、聞いてる?」
「あ、ごめん陽乃。考え事してた」
「やっぱり! もー、明日葉はたまにそういうことあるよね。良いんだけどさー。
……気になる感じ?」
「この蒸気機関車のこと? ……気にならないと言えば嘘になるけれども」
何故、動物園の前身のような場所でパークライドをやっているのか。その理屈を知ったところで、まるでこれからの生活に役立つことは無いだろう。
けれども、知的好奇心というのはいつだって実用性とは無関係な場所で生じるものである。
「じゃあさ、じゃあさ! 調べてみようよっ!」
「調べるって言っても……そんな、時間――」
「それなら、有り余るほどあるよね、明日葉っ!」
「……確かにそうね」
きっと、前世であればスマートフォンで『鉄道 由来』とでも調べれば1フリックで終わったようなこと。
……ただ。
そうではない世界で。陽乃の紡ぐ言葉のリリックは、どうしようもなく魅力的で魅惑的で――結局のところ、私は陽乃に甘えてしまう。
*
「じゃあ、明日葉
「私は先生でもないし、電車じゃなくて蒸気機関車よ。
……最初に潰しておきたい可能性から行こうかしら。
――『鉄道敷設自体が法的規制を受けている』とかどう?」
地球ではあまり見られなかった選択肢だが、それでも類似例はいくつも散見される。産業革命当初、馬車や水運の関係者が鉄道敷設工事に圧力をかけた例はいくつもあるし、機械の話だがラッダイト運動なんかもある。
これらの運動によって鉄道が排斥には至らなかったが、この世界では分からない。
あるいは蒸気自動車の例では、蒸気機関は危ないから自動車の前を赤い旗を振る人間が先導する必要がある――なんて法律もあった。
もし法的規制があった場合、技術革新が歪な形になる可能性は十二分にある。
「それなら、ウチが商業ギルドで情報照会すれば分かることだね!
そういうことなら、まーかせてっ!」
「流石、陽乃商会長ね」
「明日葉に言われるとむずむずするなー……」
こうして、行動力の塊である陽乃は早速商業ギルドへ向かった。
その結果は――
「――特に鉄道に関する決まり事は無さそうだったよ。あ、もちろん成文法だけではなく商慣習周りも探りを入れてあるよー」
「……割と世辞抜きで、陽乃って仕事周りだと本当に頼りがいあるわね」
「へへ……明日葉に褒められちゃった」
「茶化さない。そこそこ本気で褒めているのだから」
冗談とか揶揄いなく、こういうところの手際の良さはやっぱり商会をほぼ独力で立ち上げて発展させた人物だと感じ入る。
「……となると第2仮説の時間かなっ!?
明日葉ハカセお任せします!」
「いつの間に博士号取ったのよ。でも、そうね。
逆に『まだ試験導入段階だから、テストも含めて小型のものをああいう場所で動かしている』……ってのはどう?」
これはむしろ幕末日本みたいなパターンの想定。つまり鉄道を作れる技術を持った国家が別に存在する前提の下で、そこからまだ導入したばかりという可能性。
実際、幕末とはいえ江戸時代に模型――とは言っても、小さい子供が1人くらいなら乗れる程度の規模だが――の実演を幕府の家臣に行っていたりする。
「ふむふむ……。この『明日葉第2仮説』を調べるためには、どこを探せばいいのかな?」
「おそらく、この町の『年代記』なりを確認すれば良いでしょう。
図書館とかがあれば楽、なのだけど――」
「あ。さっき商会で聞いてきたけど、図書館はこの町にあるみたいだよ。
お金がかかるっぽいけどね」
「本当に陽乃、優秀ね……」
ここまでくると言葉で感謝するだけでは足りないと私は思ったので、この日のお風呂に入った後、マッサージすることにした。
なお、マッサージ中に陽乃は爆睡したので、そのまま寝かせることになった。
*
「……『年代記』に大体書いてあったわよ陽乃。あの『鉄道』を作った人物は、一応この町の人だったらしいわ。幾何学模様のタペストリーなどで名を馳せた――ファッションデザイナーね」
「デザイナーが『鉄道』を作るなんて意外だ……」
記録を見るに、20年から30年ほど昔に亡くなっている獣人族のようだ。
「いや、でも。この人、多分『記憶持ち』よ。
それも十中八九『鉄道オタク』ね。そうじゃなければ昔の鉄道関係者とかじゃない?」
「オタクくんなのにファッション詳しいんだ、すごい人だねっ!」
金髪高身長女子の『オタクくん』呼びは、きっと亡くなった獣人族の人も浮かばれるだろう。もっともこの『鉄道オタクくん』は女性だったようだが。
ただ、誠に残念なことを1つ陽乃に知らせなければならない。実際に彼女が作製していたとされるタペストリーが描かれたデザイン書を持ってくる。
「……陽乃に残念なお知らせがあるのだけど。
多分、この人が流行に敏感かは、確定できないのよね……ほら」
「んんー? おー、アーガイルチェックの使い手っ! ウチは全然アリだと思うけどなー」
……アーガイル、なんて?
描かれている『デザイン』は交差する斜め線の集合体。それが何を意味しているか私には分からないものの、その横に置かれた文字のリストが肝要であった。
「いや……陽乃、こっち」
「えっと……江戸、浅草、上野……って、東京の地名?」
「で、この上のところ」
「……江浜本線? 電車の名前っぽいけど」
「ご明察。でも、東京に『江浜本線』なんて路線無かったはずなのよ。
――つまり、鉄道オタクは鉄道オタクでも、江戸が東京にならなかった世界の出身者でしょうね、この人」
「わお……パラレルワールド」
……江戸幕府のまま近代化に突入したのか首都が大阪や京都の世界線なのかは知らないが。ともかく、恐らく単に前世知識によるオーバーテクノロジーとして作ったものの需要が追い付かず、その残滓があの『パークライド』だったのだろう。
だって。すぐ隣にあった動物園の前身の『メナジェリー』とは。
上流階級の人が集めたコレクションの動物を見せる場所なのだから。
*
いつものように閑静な住宅街を経由して宿へ戻る。
高身長女子2人組である以上、相当に目立つようで、この辺りの周辺住民から挨拶されたりするようになった。半分は物珍しさかも。
それは……あの立派なリンゴの木が庭に生えているおばあさんも例外ではなく。
「あ! おばあさん、こんにちはっ!
いつもこの時間はお庭のお手入れしてますよねっ、何を栽培しているんです?」
人懐っこい陽乃は、はじめて関わりをもったこのおばあさんにこの街の住人では最も懐いているように思える。……たまにお菓子をくれる辺り、本当にいい人なのだろう。
「あらあら、こんなおばさんの庭いじりに興味を持つなんて年頃の子なのに変わっているのねー」
「私も陽乃も、貴女より年上ではあるのですが――」
――瞬間。
庭に生えているリンゴの木から、その実が落ちてくる。それは重力に従うようにそのまま地面へと落ちていく。
その様子を見た私は、反射的にリンゴが割れてしまうと考え、思わず――
「――よっと」
魔法を使ってリンゴを自分の手元まで操る。
「おおー、曲芸みたいなことするね、明日葉!」
「だって地面に落ちて割れたら勿体ないじゃない。
はい、お返しいたします――」
「おやおや、ありがとう――」
そんなことがあったから、感謝のしるしと言われて断り切れずまたお菓子を貰ってこのおばあさんと別れる。
「良いことしたら、気分が良いね!」
「こら、歩きながら食べないの陽乃」
「えへへ、ごめんごめん。
……でも、リンゴが木から落ちる瞬間なんて初めて見たかも!」
「日本に居た頃に、リンゴ狩りとか行かなかったものね。
ブドウなら何度か行ったけれど……うーん」
「あれ絶対、明日葉のおじさんがワイン目当てで行ってたっしょ! ……って、明日葉、どったの?」
「何か、引っかかるのよね。……リンゴ……落下……」
「……ニュートン? 明日葉の歴史語りにしては随分ベタな――」
……うん。陽乃の言う通りリンゴで落下と来れば、まあ万有引力の逸話を真っ先に思い浮かべる。史実の出来事かどうかは未確定だけど……って、それは今大事ではない。
でも。何か引っかかるんだよね。基本に立ち返ってみようか。
リンゴが落ちることでニュートンは何を見つけた? ――万有引力。
重力自体は既に分かっていたことだから、それがリンゴみたいな地上にある物体だけではなく、天体という領域でも適用できるのでは? と考え――
「あ……そうよね。確かに、その可能性はあるかもしれない。
ねえ、陽乃……」
「――良いよ。でも、ちゃんと落ち着いた場所で話そっか。
宿に戻ったら、教えて? 明日葉の『仮説』を――」
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