わたしのハレムに降りなさい!

長月遥

1・転生先は魔神の娘でした

 ドクン、と心臓が脈打つ音が聞こえた。

 そして心臓の鼓動こどうを自覚すると同時に、わたしは自分の存在に気が付く。


 ――どこ、ここ。


 暗い。何も見えない。

 でもわたしは世界がいろどり豊かなものだと知っている。


 ――ここから出ればいいんじゃないかな。


 手を伸ばす。動いた。

 しかしすぐにふにゃりとした柔らかい障害物に触れる。弾力があって温かい。その奥は、少し堅そう。でも壊せる気はする。


 思い切り叩いてみた。


 するとピシ、と軽い音がしてヒビが入る。何度か叩いているうちに、壁は壊れた。そして一気に外の光が流れ込んでくる。

 眩しく――は、ない。どっちかっていうと薄暗い。

 でも新鮮な空気が取りこめて、美味しい。でもちょっと青臭い? 草の匂いが強い感じがする。


「よい、しょ」


 自然に出てきた掛け声と一緒に、光へと這って向かう。狭くて立ち上がれないのだ。

 出口というには少し狭かったので、さらにもう少し穴を広げて――わっ。

 べしゃ、と落ちた。


「痛た……」


 顔を上げてみると、たった今までわたしがいたらしきまゆが見えた。


 ……うん。繭、だな。間違いない。

 …………何で繭?


「ええっと……。わたし……あれ? わたしって、なんだったっけ」


 ちょっと待って。落ち着いて思い出してみよう。

 ……。

 …………。おかしい、な?

 ――何も思い出せない!?


 あ、いや。でも自分以外のことなら覚えてる。地元の街並みとか、そういうの。

 ……覚えてるけど、ここは、地元とは違う気がする。

 記憶がないから定かじゃないけど、少なくともわたしが覚えている中にこんな深い森の風景はない。手入れされていない感満載の、原生林みたいだもの。

 というかそもそも、人間は繭に籠もったりしなかった気がする。

 もう一度、自分が出てきた繭を見上げてみた。黒みがかった紫色をしている。毒々しいなあ。


 ――鏡、鏡が欲しい。


 今のわたしは、一体どんな姿をしているんだろうか。

 手は二本。足も二本。顔をペタペタと触ってみる――うん、人間の顔してる。角が生えてたり鱗があったりとか、そういうこともない……ってか!

 気が付いちゃった! いやむしろ気が付いてよかった!

 わたし、裸だ。


 緊急事態に今さならながらわたわたする。

 ど、どうしたらいいの。葉っぱ? 葉っぱで隠す感じ? だってこの辺にあるのそれしかないもんね。

 うろたえ、無意味に辺りをきょろきょろしていると。


【――どうした。探し物か】

「!!」


 声がしたああぁぁっ!!

 しかも低い。男の人だ! 待って待ってさすがに嫌。


【落ち着け、騒がしい】


 いや無理無理! 何か隠す物隠す物! 切実に!


【己の欠片でしかない肉体に、何を思う者もいまい。そもそも、我に生き物のような欲求などない。落ち着け、ヒルデガルド】

「え?」


 相手の声が心底呆れて冷ややかだったこともあり、わたしも少し冷静になった。それに今、色々気になること言ってた。


 ――というか。


「ど、どこにいるの」


 さっきから探してるんだけど、声はこんなに近くから聞こえるのに、その主の姿がどこにもない。

 ど、ど、どういうこと。


【我はここにはいない。お前の肉に意識の欠片を移し、話しかけている】

「肉? 意識の欠片?」

【……何も分からぬのか】


 あれ? ちょっと落胆されてる? 知ってなきゃおかしい感じなのかしら。


「ええと……分かりません」

【喋らずともよい。お前の思考は我に伝わる】


 なんと! プライバシーの侵害過ぎやしませんか!? おちおち愚痴も考えられなじゃない。


【……】


 あれ、痛い雰囲気の無言が来た。嫌だなとか考えるのもアウト? いや、これぐらいは勘弁してもらわないと。


【……まあ、よい】


 疲れてる感満載だけど、まあいいや。わたしも突っ込まずにおこう。


【分からぬのならば教える必要があるな。我が名はヴレイスベルク。世の魔力の司であり、お前の父だ。ヒルデガルド】


 ええと……。

 どうやらわたしの名前、ヒルデガルド?


【そうだ】


 わ! 本当に考えただけのことに返事来たよ! 筒抜けなんだなあ。

 うう。やっぱりちょっと嫌。


【諦めよ】


 ハイ。

 ……というか。


「……お父様?」

【そうだ。お前の肉は我が肉体の欠片から作り出した。だからこのように我の意識が宿ることができる】


 ……うん?


「人間って、誰かの欠片から発生するものではなかったような……」

【何を言っている。お前は魔族だ、ヒルデガルド】

「……え?」


 つい、呆けて聞き返してしまった。


【我の欠片から生まれたお前は、我が分身も同じ。魔神と名乗っても構わぬぐらいだ】

「えええ!?」


 わたし、人間じゃないの!?

 思いきり驚いてから――納得した。

 そういえば、わたしも人間って繭から生まれるものじゃないよなー、って思ってた。そうかあ、魔族だったか……。


【なぜ己が人間だと思ったのか、そちらの方が理解に苦しむ】


 あ、お父様呆れてらっしゃる?


「多分、前世が人間だったような気がしなくもなく」

【前世の記憶があるのか?】

「いえ、全然。気配的な?」

【……】


 いやだって、そんな感じがするんだって、何となく。

 別に前世が人間でも、今生が魔族でも何でもいいけどね。あ、そうなんだ、ぐらい。

 ええと、とりあえず……。


「服が欲しいです。お父様」

【……そうだな】


 多分始めて、お父様に同意してもらえたんじゃないだろうか。

 しかし周りは大自然。服を調達しようにもどうしようもない。

 ちょっとだけ沈黙が流れて――


【ヒルデガルド】

「はい?」

【喜べ。当てが来たぞ】

「当て?」


 言葉通り、ちょっと嬉しそうな様子でお父様は言った。ただ何というか……。そこに含まれてるのは純粋な楽しさじゃなくて、嘲笑というか、そんな空気。


【人間だ。そいつらから奪え】

「奪う!?」


 それって追剥おいはぎ! 犯罪!!


「あの、わたし、犯罪者になるのはちょっと」

【何を言っている。相手は人間だ】

「種族が違ったら罪に問われなくていいよって考え方はいけないと思うの!」


 世の中、ラブ&ピースが一番ですから!

 しかし、そんなわたしの主張をお父様は――


【ふっ……】


 鼻で笑った!

 お、お父様、もしかして怖い人なのかしら。

 そ、そうよね。魔神だもんね……。


畏怖いふを覚えるのは当然だが、我が民であるお前が過剰に恐れる必要はない。我はお前たちの主であり、守護者なのだから】

「……でも、人間は入らないんですね?」

【奴らは違う。人間は移ろうものだから。それでも我が元に伏せ参じるのであれば加護を与えるのもやぶさかではないが……。今、奴らは煌神こうじんの手を取っている】

「煌神……」


 知らない単語だ。でも嫌な響き。本能的にぞわぞわくる。

 体全部で拒絶しているみたい。絶対、わたしにとって良くないものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る