第2話 行ってらっしゃい

 魔法が使える。この世界じゃあ普通のことだ。魔法というのは己の魔力で主に火、水、雷、土、風の力に変えそれを操ることを言う。実際、私は今しがた街を歩いているが、横を見れば大工さんたちは風魔法を使い木材を自在に加工し、重い物は浮かして屋根を作る。子どもたちは各々得意な属性を使い遊んでいる。それくらいに私達の生活と密接に関わっている。

「レーテちゃん、この前は薬草集め、やってくれてありがとうね。」

「おう、おばちゃん、いいってことよ。で、じーさんはよくなったのか?」

「えぇ、もうばっちりよ。明日から仕事復帰するって言って聞かないんだから。」

「そうかそうか、ならよかったよ。おばちゃんも気をつけろよ、じゃあまたな。」

 私はそれが一切できやしないのだ。


 昨日の喧嘩から一夜明けた今日の昼下がり、私はもう一度酒場に訪れると、何食わぬ顔でいつもと同じように働いてる凛火の姿があった。

「よう、無事だったみたいだな。」

「無事じゃないわよ、半年間減給だっての。」

 不満そうな彼女。昨日減給は免れない、と言ってはいたが間違いなくペナルティを無くしてくれとごねたのだろう。思い通りにいかず、悔しそうな顔をした珍しい姿をニヤニヤしながら彼女を見ていると、鋭く睨まれた。

「何よ。」

「いいや、上手くやってそうで何よりだと思っただけだよ。」

「どこがよ!」

 そう言うと彼女はカウンターの机を勢い良く叩いた。すると周りの視線が彼女に集まる。それを察したのか一つ咳払いをして恥ずかしそうにした後、気を取り直して話を始めだした。

「で、ここに来たってことは依頼、受けに来たんでしょ。」

「あぁ今日も私向きのやつを頼むぜ。」

 ごそごそとカウンター下を探り一枚の依頼書を私に差し出した。

「今日は一個だけか、どれどれ?…はぁ?」

 私は目を疑った。なぜならそこに書いていたのはモンスター、一頭の討伐クエストだったからだ。

「おい、私一人でこんなの行ける訳ないだろ。ふざけてんのか?」

 凛火を睨みつける。こいつはわかっているはずだ、私が能力的に一人でモンスターの討伐など受注できないことを。それなのにこいつはさも当たり前のように反論を語る。

「いいえ、ふざけてなんかいないわ。そろそろ草むしりなんか止めて獣の一頭や二頭倒してきなさいよ。」

 凛火から圧を感じる。絶対に逃がさないという確固たる意志の圧だ。気に食わない。

「お前、何した?」

「何も。」

 言う気は全くないらしく淡々と返される。じれったい。

「いいから行きなさい。それとも何?私がいないとこんな低ランクモンスターも倒せないの?腑抜けたわね、レーテ。」

 凛火は重ねて私を挑発する。なぜ突然こんな事を言われなくてはならないのか、我慢ならん、頭にきた。

「うるせぇな、急に何なんだよ!」

 今度は私が観衆の的になる。だが関係ないと澄まし顔の凛火にさらに言葉を重ねようとするが、彼女の私を睨んで離さない黒の瞳にに気圧されてしまった。

「…分かったよ、やりゃあいいんだろ。」

 渋々返事をする。すると凛火はその言葉を聞いて、今までの様相が噓のように優しく微笑んだ。私は途端、その笑顔が心につっかえた。なぜなら、こいつが何を思ってこんなことをしたのか、そもそもなぜ、私とのパーティーをやめ、明らかに向いていない受付嬢に転職したのかが、本当に分からなくなったからだ。

「行ってらっしゃい、レーテ。信じてるから。」

「あぁ、行ってくるよ。」

 だが、彼女はそんな私をよそに、とことんまで暖かく送り出してくれたのだ。

 さて気を取り直して、受けたものは受けたもの、私も冒険者の端くれだ、やると言ったからにはやりきる。それが私の心掛けていることだ。まずはクエストの詳細の確認をしよう。

「なになに?テーラー森林付近に現れたロアー・ボアの討伐か。てことは西の方か。」

 右手に持った箒を見て、ため息を一つついた。

「最近こいつ調子悪いんだよな~。」

 この箒は私お手製の自信作の箒だ。スピードは馬車よりも断然早く、こいつの放つ攻撃はそこいらの魔術師を遥かに凌駕する。エネルギー源は魔力なので気軽に補充できるのもポイントだ。実際私は魔法は使えないが、魔力はあるにはある。ちなみにだが、このような症状は実は珍しいだけで、全くないわけではない。

 まぁそれはさておいて、試しに一度跨ってみる。すると箒は浮いたがぎこちなく、がたがたと震えていて操作するのは大分難しい。

「うーん、これはー。……いや、久々の魔獣討伐、こいつが使えなきゃ話にならないんだよなぁ。」

 数分間、体を揺らされながら考え抜いた結果、結局リハビリも兼ねて箒で飛んで行くことにした。それを後悔するのに時間はかからなかった。

 それから四時間、日も傾き西日が周囲を橙色に染め上げた頃、あまりの揺れに酔いそうになりながらも何とか森の近くの拠点になる村まで来れたので、宿を探そうかとフラフラ歩いていると。

「コルトー!どこにいるのー!?」

 不安に満ちた女性の声が聞こえてきた。

「どうしたんだ?」

「あなたは…?」

 心痛の色が見える顔の彼女は、今にも泣き崩れそうなのを必死にこらえているようだった。

「安心しろ、私はギルドから来た冒険者だ。」

 そう言って私は銅色のタグを見せる。すると少し安心したようで息を一つついた。

「実は私の息子のコルトがまだ家に帰って来てないんです。最近はこの村の付近にまでロアー・ボアが出るから、日が傾くまでに帰ってくるようにと言いつけていたんですが。」

「その…コルト君は今まで何してたか分ったりするか?」

「いえ、実は出かけてくると言って家を出てったので何をしてたのか分かりません。」

 すると、黙り込んだ彼女は考えだした。必死に出来事を、些細な出来事を記憶の中から思い出し、見逃している部分が無いかを確かめているかのように。そしておもむろにある言葉を呟いた。

「薬…。」

 私は要領が掴めず復唱し聞き返した。すると彼女は堰を切ったように話し始める。

「薬草です!薬に使う薬草!きっとそれをテーラーの森まで取りに行ったんです!」

「なぜ?」

「実は、あの子の友達が風邪を拗らせてしまったんです、けれど、それに使う薬草が切れてしまっているとお医者様が言っていたのをコルトが聞いたと話してきたんです。もちろん私は行かないようにと釘を刺したのですが。」

 そう言うと彼女は膝から崩れ落ち嗚咽し土を握った。

ゆっくり彼女に近寄る。

「…お母さん、名前は?」

 彼女の肩にやさしく手を置いた。すると涙で濡れた顔を私に向けてポツリと教えてくれる。

「エスター…です。」

「よし、エスターさん、コルト君は私に任せな。きっちり責任もってこのレーテさんが連れて帰ってやる。」

「…本当ですか?」

 彼女の顔がほんの少しだけ安堵に移ろいだ。

「あぁもちろんだ。」

「あっ、では、心ばかりではありますが。」

「いいよいいよ。気持ちだけで」

 エスターさんの言葉を遮って続けた。

「その代わり豪勢な料理を作って待っててくれ。そうだなぁ、注文としてはコルト君の大好物なんかがよさそうだな。」

「っ…本当にありがとうございます!お帰り、お待ちしております。」

 彼女の涙が絶望から希望にあふれるものとなり、顔色が俄然良くなる。その様子に一安心ししっかりとした足取りで私はテーラーの森の方角に歩みを進めた。

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スターゲイザー~魔法が中心の世界で魔法の才能0でも勇者を目指す少女の話 河酉颯茲 @satuko0414

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